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【AI小説】数百光年先の友 #5

第5章「裏切りと陰謀」

 砂漠の夜は、静寂と冷気を伴ってアタカマの地を支配していた。しかし、ALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)の管制室が放つ光だけは、その闇を細く切り裂く。そこに集う人々の顔には、疲労と緊張が色濃く刻まれていた。先日の爆発事件をきっかけに警備体制は厳重となり、外部からのデモや脅迫の影響もあって、施設全体がまるで要塞のような雰囲気を漂わせている。

 その夜、研究者たちの中では小さな安堵の声が上がっていた。異星からの通信を担う個体──アヤメ──が示した言語符号や音響パターンの一部が、ようやく解読の進展を見せ始めたからだ。彼女(あるいは彼)を名乗る存在が、こちらの安否を窺うような“問いかけ”を繰り返しているらしい。だが、その安堵も束の間、暗い影がじわじわと忍び寄っていることに気づく者は少なかった。

施設内に漂う疑心
 夕刻、管制室にはいつものメンバーが顔を揃えていた。桐生遥、佐々木健太、エレーナ・ロマネンコ。UNSA特別調査官のエリック・ガードナーも加わり、これから日々の進捗報告を共有するミーティングを行うところだった。

「……昨日の解析結果ですが、“アヤメ”という名は確かに個人を示す符号として定着してきました。さらに、この部分に相当する記号列は“私”や“わたし”を意味する可能性が高いとみられています」
 エレーナがホワイトボードに記された図表を指し示す。そこには複雑な記号の並びと波形グラフが描かれている。
「つまり、“アヤメ”が、あくまで自分自身の呼称であると同時に、そこに相手の主体性を示す構文があるわけです。これほど早期に“一個人”の名前やアイデンティティが出てくるのは、地球外文明とのコンタクトとしては前例がありません」

「驚くべきことだな」
 ガードナーは深くうなずく。「通常、我々が期待していたのは文明全体のシステムを示すような符号や、集団的な呼称だった。だが今回、“個”としての名前を最初に提示してくるのは、何らかの意図があるに違いない。友好の証か、それとも別の理由か……」

 一方で、遠巻きにモニターを睨むだけで黙り込んでいる人物もいる。軍事アナリストのグレイだ。彼は相変わらず、不信感を隠さずに研究者たちの言動を見張っている。先日の爆破事件後、施設の警護は軍部に大きく依存する形となり、グレイの発言力は増していた。

「桐生博士、解析の進展は結構だが、例のデータ漏洩事件はどうなったんだ? 原因はまだ特定できていないのか?」
 グレイが静かな口調で尋ねる。その声には威圧感がこもり、管制室の空気がひりつく。

「今のところ、犯人は特定できていません。内部関係者によるものなのか、外部からのハッキングなのかも断言できない状況です」
 遥がそう答えると、グレイはふっと鼻で笑う。

「この期に及んでセキュリティも万全ではないとは、呆れた話だ。研究者は甘いんじゃないかね。いずれにせよ、われわれ軍がより強力に管理する必要がある。あなた方は素直に従ったほうが身のためだぞ」

 遥はこみ上げる苛立ちを抑えながら言葉を飲み込んだ。彼が言うことにも一理はある。情報漏洩は深刻な問題であり、軍の力を借りずにどう防ぐか、今の研究チームだけでは手に余るのも事実だ。しかし、軍事的アプローチばかりが先行すれば、アヤメとの微妙なやり取りを曲解してしまう危険性が大きい。

 その場はフェルナンデス所長の采配で、とりあえず話題を変える形で収束した。だが、管制室を後にする人々の表情からは、疑心暗鬼が拭いきれなかった。

“裏切り”の兆候
 夜半、遥が研究棟の一室で解析データをまとめていると、ふとした拍子にデスク上のタブレットが目に留まった。自分のものではない。おそらく誰かが忘れていったのだろう。アルミ合金製のカバーに企業ロゴらしきものが刻まれていた。

(ライジング・フロンティア社……?)

 今や火星資源開発や先端技術の投資などで名を馳せる巨大企業。そのロゴがタブレットの裏面にくっきりと輝いている。この会社は以前からALMA施設に調査員を送り込んでいるが、詳しい目的は公表されていない。ワームホール理論の軍事転用や、宇宙インフラ事業への投資など、数々の噂が絶えない企業だ。

 何となく嫌な予感を覚えた遥は、タブレットを拾い上げ、あたりを見回す。廊下の向こうには誰もいない。仕方なく落とし物として保管しようとしたそのとき、タブレットの画面がちらりと点灯した。セキュリティが甘いのか、パスワードがかかっていないようだ。

 思わず視線を走らせると、そこには“異星通信データの要約”や“言語解析のパッチ”といったフォルダが並んでいた。さらに目を引いたのは、“不要部分削除” という名称のファイル。押すつもりはなかったが、誤って指が触れてしまい、ファイルが開いてしまう。

「ライジング・フロンティア社 記録No.202:データ改ざん・情報工作計画 草案」

 ――瞬間、遥の心臓が大きく脈打った。そこには、ALMA管制室で取得した解析データの一部を編集・改ざんし、“アヤメ”側のメッセージを別の内容にすり替えるシミュレーションが記されている。要は、偽の翻訳結果を捏造して世論操作を狙うような文面。企業の利益に繋がりそうな技術情報だけを独占し、政治家へのロビー活動に活用する……まさしく陰謀そのものだ。

「……こんなの、許されるわけがない……!」
 思わず声を上げそうになり、遥は慌てて口を塞いだ。もしこれが本当に社内で作られた計画書なら、ライジング・フロンティア社の誰かが施設内に入り込み、情報を操作しようとしていることになる。しかも、この文書の日付はつい最近。ここ数日で爆破事件やデータ漏洩が起きていることを考えると、まさか関係がないとは思えない。

 画面を閉じようとしたとき、遠くから足音が近づいた。急いでタブレットを元に戻し、遥は部屋の明かりを落とす。人影が扉の前で立ち止まる気配がしたが、そのまま何も言わずに去っていった。

(もしかして、誰かがここにタブレットを置いて、私に見せようとした……? それとも、うっかり置き忘れたところを運悪く私が開いてしまっただけ?)

 いずれにせよ、企業による“裏切り”の計画が進んでいるのは間違いない。遥は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、タブレットをそっと抱え込んだ。この事実を誰にどのタイミングで伝えるべきか――判断を誤れば、逆に命を狙われるかもしれない。

不穏な足取り
 翌朝、遥は一睡もできぬまま管制室に向かった。だが、夜の出来事を話そうにも、周囲の人々はそれぞれ慌ただしく動き回っている。デモ隊の対応や軍の警備計画、そして研究運営に関わる調整など、細かいタスクが山積みなのだ。

「桐生さん、おはよう。顔色が悪いね……昨夜も遅くまで作業?」
 佐々木が声をかける。彼もまた疲れが隠せず、髪はぼさぼさだ。

「ちょっと色々あって……。ねえ佐々木さん、ライジング・フロンティア社の人たちって、最近どこまで深く施設に入り込んでいるか知ってる?」
 遥が真顔で尋ねると、佐々木は怪訝そうに眉をひそめた。

「それが問題なんだよ。ALMAの運営管理は国際協定に基づいているけど、あの企業は政治家やスポンサーを動かす力があって、結局は『研究協力』の名目でどんどん人を送り込んでる。僕ら技術者サイドは歓迎してないんだけど、上層部の決定には逆らえないんだ」

「そう……。ねえ、もし企業がこちらのデータを改変したり、情報を誤って流出させようとしたら、何か気づく手立てはあるのかしら」

 佐々木は目を丸くした。「どうしたんだいきなり。いや、システムログを毎日チェックしてはいるけど、完全に防げる保証はない。最近の不正アクセスもあって、僕らも追いきれてない部分があるからね……」

 言葉を濁す佐々木。明らかに状況は芳しくない。遥は夜に見た“計画書”のことを打ち明けたい気持ちを必死でこらえた。いま佐々木に話しても、どう対処すべきか分からないし、万が一耳目をつけられれば危険だ。
 とにかく今は慎重に証拠を保全し、もっとはっきりした証拠や関係者の動きを掴む必要がある。そう考えた遥は、その場では曖昧に話を切り上げた。

仲間の変化
 さらに気になる変化があった。エレーナ・ロマネンコの様子が、ここ数日どうも落ち着かないのだ。廊下で声をかけても焦点が合わず、上の空。誰かと連絡を取り合うようにしきりに端末を覗いている。彼女は言語解析の要であり、遥も深く信頼している同僚だが、まるで何かを隠しているように見える。

「エレーナ、大丈夫? 寝不足なら少し休んだほうがいいよ」
 休憩室で声をかけるが、彼女は驚いたように振り返り、表情をこわばらせた。

「桐生さん……ああ、ゴメン。ちょっと考えごとしてたの。最近、施設内の雰囲気がピリピリしてるから疲れちゃって……」
 視線を逸らしながら答えるエレーナ。変に言い訳がましいわけではないが、どこかぎこちない。いつもなら学術的な議論に熱中して笑い合っていたのに、今の彼女からはその明るさが失われている。

「……そう。もし何か悩みがあるなら遠慮なく言ってね。私たちは仲間なんだから」
 遥が穏やかな声を出すと、エレーナは少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。しかし、その笑顔はどこか引き攣っているようにも見える。

別人のようなエレーナ
 その夜、遥は偶然にもエレーナが管制室の片隅で誰かと通信している姿を目撃した。時計は深夜一時を回っている。警備員が巡回し、研究者の多くは休息を取っている時間帯だ。管制室は常時数名がシフトに入るが、こんな深夜にエレーナが一人で端末を操作しているのは珍しい。

(誰と話している……?)

 遠目に見ても、表情が険しいのが分かる。声は聞こえないが、激しく口論しているようにも見えた。やがて通信が終わると、彼女は深いため息をついて端末を閉じた。
 それでもまだ周囲を警戒しているようにキョロキョロと視線をめぐらし、誰もいないのを確かめると、足早に管制室を出ていった。その一連の様子は、いつものエレーナとはまるで別人のような振る舞いだった。

(何があったんだろう……。彼女まであの企業や誰かに脅されているのか、それとも……)

 遥は不安を抱えたまま、その場では声をかけることができなかった。

疑惑の終着点
 翌日の昼下がり、遥は久々にフェルナンデス所長を訪ねることにした。施設のトップとしてこの混乱をまとめ上げている彼なら、ライジング・フロンティア社の動きについて何か知っているかもしれないし、エレーナの不調についても相談に乗ってくれるだろう。
 しかし、所長室に向かうと、ドアの前に軍の警備員が立っている。珍しいことだ。

「すみません、所長にご用件ですか? 今はどなたも通せません」
 警備員は仏頂面で言い放つ。フェルナンデス所長が不在かと思えば、どうも中にいるらしいが、軍の都合で面会が制限されているようだ。

「どうして? 私は研究者ですし、緊急の解析に関して報告があります。所長には随時共有するよう指示されているんですが……」
 遥が抗議するものの、警備員は聞く耳を持たない。強硬な態度に、彼女は諦めて退散せざるを得なかった。

 廊下を歩きながら胸騒ぎが止まらない。軍が所長室を封鎖するなど異常事態だ。もしや所長にも圧力がかかり、施設の実権を軍や政治家が握りつつあるのではないか。そう考えた瞬間、遥は無性にエレーナのことが気になった。

(彼女は何かを知っている。たぶん、誰かに協力するよう強要されているか、もしくは……)

 その可能性が脳裏をよぎり、遥は急いでエレーナを捜しに管制室へ引き返した。だが、そこに彼女の姿はなく、佐々木や他のスタッフもエレーナの行方を把握していなかった。

裏切りの告白
 さらに数時間後、ようやく廊下でエレーナを捕まえたとき、彼女の表情はすでに限界を迎えているかのようだった。肩で息をし、目には涙が滲んでいる。遥が声をかけようとすると、エレーナが突然小さな会議室へと手招きし、人気のない場所へ促した。

「桐生さん……ごめんなさい。私……もう耐えられないわ」
 ドアが閉まるなり、エレーナは声を詰まらせ、項垂れた。

「落ち着いて。なにがあったの? エレーナ、あなた最近ずっと様子がおかしかった。私に話してくれない?」

 エレーナは唇を噛み、震える声で語り始めた。
「私……脅されていたの。ライジング・フロンティア社から、情報操作に協力するように強要されて……。最初は断ったけど、家族のことや私の研究キャリアを潰すだの、いろいろな手を使って脅してきた。データを改ざんしろとか、アヤメの翻訳を意図的に歪めて発表しろって……。爆破事件やデモも、あの企業が裏で支援している可能性があるって、彼ら自身が仄めかしてきたわ」

「……そんな。やっぱりライジング・フロンティア社が絡んでいたのね」
 遥は思わず拳を握りしめる。昨夜見たタブレットの計画書が頭を過る。いよいよ繋がったのだ。

「ごめんなさい。私は弱かった。研究費や家族の安全を握られたら、どうすることもできなくて……。でも、もう私……耐えられない」
 エレーナは堰を切ったように涙をこぼした。「彼らは、軍の一部とも繋がっているらしいわ。施設内にも協力者がいて、アヤメとの交流を軍事的に利用しようとしてる。あるいは、地球側に都合のいい“脅威のストーリー”を捏造して、莫大な予算を動かす狙いかもしれない」

「そんな……。ひどすぎる。何のために? 未知なる存在との対話は、人類にとって貴重な機会なのに。どうして……」
 遥の目頭が熱くなる。爆破事件もデモの過激化も、すべては利権と支配を狙う者たちの陰謀なのか。アヤメから届くメッセージは、純粋に対話を求めているように思えるのに、それを蹂躙する行為がこんなに身近で進行しているとは。

「桐生さん、逃げて……あなたもきっと狙われる。私もこれ以上は協力しないって決めたから、彼らにとっては危険人物になった」
 エレーナは苦しげに言う。「グレイや企業のエージェントが、私たちの研究を牛耳ろうとしている。私たちが逆らえば、次はどんな手を使われるか分からない。所長も上層部から圧力をかけられているらしいわ……」

「だけど、私たちに逃げ場なんてない。ここは国際機関の施設だけど、もうどこも安全とは言えない。アヤメとのやり取りを続けたければ、あの連中を排除するしかないってこと……?」
 思わず座り込んでしまう遥。エレーナも肩を寄せ合うようにうなだれる。二人はしばし沈黙し、互いの震えを感じ合った。

迫り来る陰謀の足音
 しばらくして、エレーナはハンカチで涙を拭き取ると、決意を宿した目で遥を見た。
「ごめんね、私、裏切りとも言える行為をしてしまった。でも、全部を彼らの思い通りにはさせたくない。今からでも、私たちの手で証拠を集めて、公にできれば……」

「……うん、分かった。あなたが勇気を出してくれたなら、私だって何とかしたい。軍や企業の陰謀に負けないで、アヤメとの正しい交流を守り抜く方法を探そう」
 遥はエレーナの手を強く握りしめる。そのとき、頭の中には昨夜のタブレットのファイルがはっきりと思い浮かんでいた。あの証拠があれば、ライジング・フロンティア社の工作計画が白日の下に晒されるかもしれない。

 二人はお互いに力を与え合いながら、密かに誓い合った。ここで逃げるのは簡単だ。しかし、それではアヤメが必死に差し伸べている手を、見捨てることになる。人類が積み上げてきた科学と希望の結晶を、闇に埋もれさせるわけにはいかないのだ。

暗雲の果て
 会議室を出ると、廊下を大勢の職員や軍の警備員が行き交っていた。どの顔も硬くこわばり、施設内に満ちる緊張は最高潮に近い。明らかに事態は何か大きく動こうとしている。それを肌で感じ取った遥とエレーナは、足早に管制室へと向かう。そこにはきっと、佐々木やガードナー、あるいは一握りの信頼できる仲間がいるだろう。彼らと手を組み、事態を打開する術を模索するほかない。

 だが、無情にも管制室の入口には武装した警備兵が立ち塞がっていた。
「申し訳ありません。このエリアは一時立ち入り禁止となりました。軍の命令です」

「軍の命令って、ここは研究の最重要拠点ですよ! 私たちが入れないってどういうこと!?」
 遥が声を荒げる。だが、警備兵は無表情のまま命令を繰り返すだけだった。やむを得ず引き下がると、背後から冷ややかな視線を感じた。振り返ると、グレイが小さく笑みを浮かべて立っている。

「桐生博士、それ以上騒がないほうがいい。今後は軍が全面的に観測と解析を引き継ぐ。あなた方民間の研究者は、すでに出る幕ではない」
 グレイは言い放つと、そのまま管制室へと通されていった。

「そんな……!」
 遥とエレーナは茫然とその場に立ち尽くす。せっかく手にした“アヤメ”との交流の糸口は、軍と企業による陰謀に奪われようとしている。今の彼らには、正式な権限も武力もない。かといって、黙って引き下がれば、アヤメとの通信が歪められ、地球側に都合のいい“物語”を捏造されるに違いない。

 施設の廊下を満たす沈黙の中、二人の耳には自分たちの心臓の鼓動だけがはっきりと聞こえた。裏切りと陰謀が渦巻く中、次に取るべき行動を見いだせぬまま、夜の帳が少しずつ降り始めていた。

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