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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#11

 私たちが突貫で作り上げようとしている壁は、文字通りコロニーを分断する境界線だった。干渉から生活区を守るために必要な措置だと説明しても、誰もが快く受け入れているわけではない。実際、壁が組みあがっていくにつれ、居住ブロックの住民たちから不満が噴き出し始めた。

 最初は低い囁きのような形で、「こんなの強引すぎる」「ここを封鎖されたら、どう暮らせばいいのか」という声が上がった。人間が生きていくうえで不可欠な空間が大幅に削られるのだから、当然といえば当然の反応だ。私は寝る間を惜しんで調整に当たり、犠牲を最小限にしようと努力しているつもりだったが、開拓隊リーダーである私自身が納得しきれていないのだから、住民たちの不安は計り知れない。

 その日、私は副リーダー格のアニタとともに、区画間の通路で議論に巻き込まれていた。何人かの住民が立ちはだかるように待ち受け、「もう少し待ってくれないか」「区画を減らすにしても、私たちの住む場所はどうなるんだ」と詰め寄ってくる。私の肩を掴む者すらいて、正直、他の隊員が止めに入らなければ小競り合いが起きてもおかしくない空気だった。

 私は表情をできるだけ穏やかに保ちながら説明を繰り返す。「申し訳ない。でも、このままでは干渉があらゆる機器と人間の精神をむしばんでしまう。抑止装置だけじゃ足りないんだ。被害を食い止めるには、区画ごと隔離するしかない」
 住民の一人が顔をこわばらせ、「そんなこと、どうして今更言うんだ」と声を荒げる。「最初から分かっていたのなら、きちんとルートを確保してくれれば……!」
 「最初はこんなに広範囲に干渉が拡大するなんて想定していなかった。だから皆も開拓を続けていたんだ。だが、状況が急変した」
 言いながら胸が軋む。実際、私たちは当初、干渉をほんの一部で食い止められると思っていた。だが、蓋を開けてみれば抑止は不十分で、連鎖的にこのコロニーの心臓を蝕んでいると判明した。悪化の速度を読み誤った責任は、リーダーである私にある。

 アニタが一歩前へ出て住民たちを宥めようとする。
 「私たちもできる限り住民の皆さんの負担を減らそうと尽くしています。でも、あの“干渉”にじわじわ追い詰められているいま、一時的にでも壁を作らないと……本当にコロニーが壊滅してしまうかもしれない」
 すると住民の一人が汗ばんだ額を拭い、「それは分かる。でも、どこまでが“一時的”なのか。もしこのまま封鎖が長引けば、私たちはどう生活を維持すればいい」と疑念を口にする。

 私も痛いほど理解している。区画封鎖によって水や酸素の供給経路を再配置する都合上、どうしても居住ブロックの一部は制約が強まるし、最悪、部屋ごと使用不可にする場合も出るかもしれない。抑止のためとはいえ、住民が生活を犠牲にする覚悟を強いられるのだ。
 「少しだけ時間をください。あくまで内部の本格的工事が完了するまでの措置です。決して皆さんの暮らしを捨てるわけじゃないし、経路の再構築が終われば……」と私が話すと、住民たちは納得しきれない様子ながらも、やや視線を下に落とす。彼らの顔に貼りつく不安と諦めをまざまざと見せつけられ、心が締め付けられるように痛む。

 「ライアン、工事はもう始まっているから、今さら止めようもない。責任はあなたが持つんだろうな?」年配の女性が問いかける。私は決然と頷く。そう、責任は私にある。この計画が失敗に終われば、コロニーは崩壊し、住民の生活はもとより命さえ危うくなる。逆に成功したとしても、いろいろな意味で取り返しがつかない傷が残るかもしれない。それでもやらなければ、干渉に飲み込まれてしまう。

 住民たちが散り、アニタが肩を落として私を見つめる。
 「私も何度も思うのよ。こんな壁を作って、本当にコロニーを守れるの? 完璧に干渉を抑えられるわけでもないのに、結果的に皆を苦しめているだけなんじゃないかって……」
 私も同じ懸念を抱えているが、あえて言葉にはしなかった。弱音を口にすれば、それこそ計画が頓挫してしまうだろう。アニタもそれを分かっているからこそ、言葉尻を震わせるだけで引き下がったのだろう。

 その後、私は作業用通路へ向かい、ノーマンに確認を取る。壁の基礎がほぼ組み上がり、抑止装置からの延長ケーブルを順次接続できる状態になったとのことだ。つまり、実際に大規模封鎖へ切り替える段階に近い。私の心臓がドクンと大きく鳴る。ここで失敗すれば、隊員と住民の信頼関係が一気に崩壊するだろう。もし成功しても、その先に待つのは“正体不明の干渉”を半ば隔離し続ける重苦しい日々かもしれない。

 「ライアン、そろそろだ。抑止装置の出力を増やしつつ、この壁にフィールドを接続する。準備はいいか?」ノーマンが汗混じりに問いかける。  「……ああ。もう引き返せないな」
 声が震えないように注意しながら答える。彼も分かっている。私たちは今まさに決裂寸前の選択肢を取ろうとしているが、これ以外の道は存在しない。

 同時に廊下の照明がふわりと揺れた。まるでこのコロニーが最後の声を上げているかのように思えて、背筋が冷える。「行こう」とノーマンに告げると、彼は頷き、私たちは工事班のもとへ足を速めた。壁の最後の仕上げと、フィールド接続の儀式じみた作業が待っている。躊躇している時間はない。干渉が弱まる一瞬の隙を捉え、全てを賭けるしかないのだ。

 こうして私は、何度も心の中で自問しつつも、工事の現場へと向かう。この隔離策が完全じゃないのは百も承知。それでも、“抑止”と呼べるほどの力を発揮すれば、コロニーがまるごと食われるよりはずっとましなのだ。いつの日か、もっと確かな方法が見つかるかもしれない――私自身がそれを信じていなければ、誰も賭けには乗らないだろう。

 だからこそ、私は立ち止まらない。この先で待ち構えるのは、区画封鎖による住民の怒りか、それとも干渉からの反撃か。もしかすると両方かもしれない。だが、今はただ、コロニー全体を守るために“決裂の先の大工事”を完遂する以外ない。胸奥に湧き起こる怖れを抑えながら、私は最後の望みへ向けて歩みを続けるのだった。

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