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ポンペイのトマトソース

近くの農家さんのトマト、
今年はたくさん届いたから
トマトソースを作ろうかニャ。

トマトソースの思い出は
ポンペイ近くの小さな田舎家、
あたりに広がる小麦の畑
トマトの畑。

            🍅

大学一年の春休み
ポンペイの遺跡調査に
くっついて行きました。

紀元一世紀の保養地で
ローマの大学猫たちと合流。
イタリア猫は超ゆっくりのイタリア語
フランス猫は超ゆっくりのフランス語
そのうち、だんだんゴチャゴチャになって
イタリア猫が、南仏訛りのフランス語、
フランス猫は、単語だけラテン語で先祖がえり。
それでも、手ぶり身ぶりも華やかに
古代の恋バナ、美味しいジェラートの屋台…と
話は弾み、あっという間に、全員が仲良し猫。

猫たちは発掘(?)に精を出し、
縄張り近くの隅っこでスコップ片手に
掘った穴を引っかいている猫もいて。
お砂場遊び、楽しいニャ~ ♪

「もうそろそろ引き上げるよ」って声がしたような
しなかったような……。

気がつくと
発掘現場には、はぐれ猫が数匹。
時計を見たら、午後三時前!

当時は、まだ観光客もまばら、
それに時分どきが過ぎれば
食事が出来そうなお店は
みな閉まっていました。

おまけに現場は野原の真ん中
ナポリまではたっぷり20キロ、
バスに乗るにも、タクシーを拾うにも
とにかく、道路へ出なくては。

学生猫たちは、丈高い草の間を
とぼとぼ歩いていました。
おニャカは空くは、
道は遠いは……。

「あんたたち、そこの工事現場の猫かい?」
太い声がして、声の方向には
麦わら帽子に農作業着、日焼けした
おじさん猫が立っていました。

イタリア猫が、ものすご~い早口で
どうやら、窮状を訴えているみたい。
おじさんと話すうち、笑顔に変わり
こんどは超ゆっくりのイタリア語で
「お昼をごちそうしてもらえる、って。
行こ、ミャー! Andiamo! 」

おじさんのお家は
森と畑の緑のなか。
粗く塗った白い壁と煤けた太い梁
大きな窓や開け放した扉から
光と風が駆け抜ける台所には
切り出した木材そのまま(?)の食卓。
その周りには、ゴッホの絵にあるような
藁あみ座面の白木の椅子が何脚か。

「とりあえず」と出された食前酒は
強くって、お水で割っているうちに
ほとんどお水になったけど、
涼しい木陰の湧水のよう。

「せっかくのお客さんなのに
なんにもなくて、悪いニャア……」

おじさん猫は、小麦粉と卵を合わせて捏ね
コネコネ生地を麵棒で伸ばし
大きな金属ヘラで切り分けていきます。
出来たのは、古代猫だって知っていれば
きっと大好き、幅広パスタ。

お湯を張った大きな寸胴鍋で
打ちたての麺を湯がいているあいだ
おばさん猫は、陶器の黒い甕から
何やら木杓子ですくっては、
火にかけた大きなフライパンへ。
それは、とろりと赤いトマトのソース。
"秘儀の館”のフレスコで見た
ポンペイの赤……。

ポンペイ ”秘儀の館  VILLA DEI MISTERI” の壁面フレスコ:狂乱の舞 La danza orgiastica

            🍅

温泉につかり、闘技を観戦
犬さんに気をつけながら(”犬に注意 Cave canem”)
横断歩道もわたって、海の幸の食べ歩き……
ポンペイが、休暇を楽しむ古代猫で賑わっていたころ、
トマトたちは、まだ西欧を知らずに
一族の故郷メキシコで育てられていました。

ヴェスヴィオの噴火から
千五百年近くたった十六世紀なかば、
トマトの種は、お船に乗せられスペインへ、
珍しいお花のはずが、二百年もするうちに
トマトは、野菜?果物? 世界中で 
煮ても焼いても、そのままでも
なくてはならない食材になりました。

ねこじゃら荘にやって来た農薬知らずのトマトたち、
大きさも形も、まちまち。ついさっきまでこんな風に
枝にぶら下がっていました、みたいな顔をして
再利用・再々利用(”濡らさず返却してください”)の
段ボール箱に収まっています。

横着子猫のトマトソースは
素材そのまま、手間いらず。
湯むきトマトをザクザク切って
テキトーに刻んだ玉ねぎ、
冬越しローリエの葉っぱもいっしょに
トロッとなるまで煮込むだけ。
お塩や香草、調味は
お相手の食材に応じて。

トマトソースは
たくさん作っても大丈夫。
ポンペイの陶製の甕はないけれど
お料理大好きフランス猫が教えてくれた
保存容器が大活躍。

厚めガラスの蓋と本体の広口瓶をつなぐ
ブリキの針金は留め金の役目も果たし
パッキンをはめてパチンと閉めると、
保存は完璧(商品名まで「完璧 Le Parfait」)!

おばあさんの、たぶんそのまた
おばあさんも使っていた保存容器に
今年のトマトソースを入れましょう。

イタリア語のトマトは
”黄金のまあるいモノ pomodoro” 
その金色はソースになると、茜色。
真昼の夏を抱いて
実りの季節を待つ夕べ、
日常の深みに存(あ)って、猫たちの
からだとこころを養い、いま、照り映える
<いのち>の色 —―

ポンペイの遥かな赤。