【れきし小話vol.2】ブスが好きなんじゃなくて好きになった人がブスだった話
たぶん世界一ひどい『無双』
我々の世代では『真・三國無双』シリーズというゲームが流行し、これをきっかけに三国志に興味を持つ人が増えたことがありました。
超人的な強さを誇る英雄がバッタバッタと敵をなぎ倒すというコンセプトは、その後『戦国無双』『ガンダム無双』『ワンピース海賊無双』等等多くの派生作品を世に生み出し、『無双する』という言葉まで定着してしまいました。今でも30代以降の人たちは普通に『無双する』で意味が通じるんじゃないでしょうか。
個人的に様々な『○○無双』の中でもひと際心に刻み込まれたフレーズが、『極醜無双』です。
それってただの悪口だよ!と突っ込んだ記憶があります。
もちろん日本のゲームではありません。前漢の劉向といいう人物が記した『列女伝』という書物に記載されたフレーズです。
極醜無双・鍾離春
「鍾離春は斉の無塩村の女性で斉の宣王の正夫人である。その様は極醜無双、頭は臼のようで、奥目、体格はごつくて、手は節くれ立っており、鼻が大きく、のどぼとけが出ており、うなじが太く、髪は少なく、腰は折れ曲がり、胸は突き出ており、お肌は漆のようであった。」
『列女伝』には彼女、鍾離春を上の様に記述しています。これでもかというほどに容姿に対するディスが続いています。
しかし、冒頭にもある通り鍾離春は斉の宣王の正夫人です。
何故、このように容姿に恵まれない鍾離春が国王の夫人という高い身分を得ることができたのか。彼女の実家が名家だったからでしょうか。それとも宣王が類稀なる異常性欲者だったからでしょうか。
鍾離春は明晰な頭脳と高潔な志の持ち主でした。低い身分の生まれではありましたが、国を憂い行動を起こします。
襤褸を纏った鍾離春は王宮に赴き雑用係として、宣王のそばに仕えるようになりました。持ち前の知性を活かして宣王を諫言します。
まず鍾離春は秦や楚といった強国の脅威を説きます。そして斉国内における内政や風紀の乱れを指摘しました。
宣王はこの諫言を容れて国を立て直します。そして宣王の弟である靖郭君・田嬰や、その子の孟嘗君・田文の活躍により斉は全盛期を迎えます。
鍾離春を王妃として迎えられ、斉の発展に貢献したといわれています。内助の功というやつですね。
独り歩きする醜女伝説
以上の記述は『列女伝』の一節・弁通伝に記載されています。弁通とは弁論に通じ博学であるという意味で、鍾離春にピッタリと言えるでしょう。
しかし、鍾離春の名はその知性以上に醜さで、後世有名になってしまいました。
彼女の出身地である無塩に由来する『無塩女』とは醜女の代名詞となってしまいます。また、無塩を無艶(=色気なし!)と掛けて『鍾無艶』というあだ名まで出来てしまいました。そもそも本名も『春が離れる』なのでなかなかヒドイのですが。
補足すると彼女は『鍾離』が姓で、『春』が名です。二文字の姓、復姓というやつです。
さらに20世紀になると香港の武侠小説家・金庸の『倚天屠龍記』という作品に『毒手無塩』というあだ名呼ばれる悪役キャラクターが登場します。もちろんこれは鍾離春の容貌のみにスポットあてたあだ名ですね。
もちろん鍾離春の能力にもスポットを当てた演劇『丑斉后無塩連環』や『智勇定斉』などでは戦場を駆け巡って大活躍する鍾離春の姿が描かれています。
……それもなんか違うんだよなぁ。