主夫家庭に向けられる目線と、その対処
「専業主夫」は極めて少数派だ。数字で言うと、既婚男性に占める主夫の割合は0.3%ほど。当然ながら、主夫は好奇の目に晒される。その目は主夫本人だけでなく「主夫の妻」に向けられることもある。
参考:【主夫とは】主夫に関するあらゆる疑問に答える【一問一答】
「周囲の目」とうまく付き合いたい
私や私の妻は、いわゆる「普通の夫婦」が聞かれないような質問をされる。なかには、否定的な感情をはらんだ質問もあるかもしれない。
なぜ主夫になったのか
主夫でもやっていけるのか
お金はどうしているのか
親はどう思っているのか
今後、主夫が急増することは考えにくい。さらに、日本には「普通じゃない人」を気にする人が多い。ゆえに、主夫家庭は否応なく「周囲の目」を意識させられる。
「周囲の目」を不快に思わない理由
ここまでは主夫家庭に関する一般論だ。私個人としては、好奇の目線を感じることはあっても、その目線により不安や嫌悪に陥ることはない(鬱陶しいとは思うが、心を揺さぶられることはない)。
主婦ですら「周囲の目」を気にして落ち込む人がいるのに、なぜ私は「周囲の目」が気にならないのか。純粋に疑問に思った。
参考:【主夫が語る】子なし専業主婦・主夫の罪悪感。働かないとダメ?
私が「周囲の目」を気にしないのは生来の気質や育った環境など、さまざまな要因があるだろう。それら複合要因のひとつに「自分の決断に自信がある」というのがある。
逆に「自分の決断に自信がない人は周囲の目を気にする」とも言える。では、自分の決断に自信を持つにはどうすればよいのか。私が意識しているのは次の二点だ。
屁理屈を考える
実際にやってみる
ものすごく稚拙だが、意外と効果がある。
屁理屈を考える
まずは、屁理屈を考えてみる。ここで言う屁理屈は、あくまで自分を納得させるためのもの。自分の中で筋が通っている理論を作り上げれば、周囲の目に晒されても、その理論を拠り所として再度自分を納得させられる。
「そんな屁理屈は通用しない」と一蹴されても構わない。多くの人は大して考えもせずに「そんな屁理屈は〜」と言う。世間や常識を盲信している人たちだ。まれに、真剣に論破してくれる人もいる。自分の屁理屈を論破されるのは、むしろありがたいこと。対論をもとに自分の理論を修正し、より強固な理論にアップグレードできる。こうして、屁理屈を種とし、太い幹や数多の枝葉を携えた巨木に育て上げる。この巨木は自分にとっての拠り所、すなわち自信となる。
誤解なきよう付しておくが、初志貫徹を理想としているのではない。最初に作り上げた屁理屈と、今現在の自分の理論が正反対でもいい。重要なのは「自分に対する納得感」だ。いわば、理論の中身はどうでもいい。
実際にやってみる
ここまでは理論のお話。実際にうまくいくかは不明だ。科学実験と同じで、理論と実験の両面から検証することで信頼性が高まる。理論で自信を得たら、その理論に従って行動してみる。
私の例で言えば「会社を辞めて専業主夫になってみる」だ。この決断に至るまでに「大人だからといって、必ずしも働く必要はない」「仕事か、家庭かに性的な合理性はない」などの理論を構築していた。あとは、この理論をもとに行動し、その結果を観察するだけ。
参考:【働かざる者食うべからず】働かないのは悪なのか無職が考えてみた
私は専業主夫になって1年になるが、私たちの家庭に不都合は生じていない。むしろ、私も私の妻も満足している。理論的にも、実験的にも自分の屁理屈が証明されたので、私は自信を持って「主夫になってよかった」と言える。周囲から否定的な意見を言われても、不快になることはあっても、不安や自己嫌悪に陥ることはない。
あとがき
今回は「専業主夫」を題材にして書いたが、それ以外の事柄にも応用している。私はアレコレと理屈をこねくり回すことが好きなので、この手法が適しているのかもしれない。この考え方に普遍性があるかは不明だが、一部でも何かの参考になれば嬉しい。
↓ブログでも主婦・主夫ネタ書いてます。