聴いてます⑥
これは、何度も聴いた曲について、少しだけかいた文章です。シリーズものです。前回のものはこちら
日本中が今まで経験したことのないような状態になっている。
毎年、気づいたら冬が来て、気づいたら夏になっているけれど、そういういつもの日常は、こういう非日常をきちんと乗り越えないとやってこない。
色んなうわさが飛び交ってみんな様々な心配をして、そういうすべてが正しかったのかどうか答え合わせをして反省会をするのも、きちんと非日常を乗り越えないとできないことだから、とりあえずは今生きている人が無事であるように。もちろん日常であっても、無事でないことはあるだろうけれど。生をきちんと消費できるように。
今回の「聴いてます」は長谷川白紙の『あなただけ』。
長谷川白紙のことは音楽が好きな人に教えてもらって、衝撃的だった。バランス感覚がすごい。難しいジャンル分けのことはわからないけれど、確実にいくつかのジャンルを横断して、たくさんの良いところを吸収してきたとわかる。
(長谷川白紙が出演するライブもこの騒ぎで中止となってしまった。たくさんのことが中止に、取りやめに、延期になって、けれど時間はとまらない。)
この曲は、大変明るい、朝のニュース番組のようなメロディラインに美しい歌詞が載せられたサビから展開していく。たくさんの細切れな音で構成された新しい朝に、不思議な声が載せていく「なんとなく幸せな世界」
一転して落ち着いて、階段を上って、手拍子で進んでいって、粒として見えるようなピアノの音。
祝福の歌のようで、あこがれの歌のようで、あいのうたのようで、本当は何の歌なのかわからないから、聞いていてとても心地よいということだけを何度も書いている。
この曲を聴いた人が書いた文章を読んでみたい。どう思うのか、言葉で教えてほしい。なぜかそう思う曲。
明かりが瞼弾く音が
聞こえてるのはあなただけ
天国くらいに遠くから
頭を掴む 色のない
えずきがわたしを直しても
愛しているわ
もしそこに祈りがなければ
どこまでも
いつまでだって難しい
美しいあなたの
役割が そう役割が
生きれる場所を
最後のこの一節が大好きで、そらで歌えるようになった。
「美しいあなた」にも役割があって、美しさには価値があるようで本当は「あなた」を特徴づける一つでしかない。「役割が 生きれる場所を」をどのように区切るのが正解かわからないけれど、この「生きれる」には願いや優しい感情がこもっているようで、実際の歌声には渇望すらにじんでいるように聞こえて。
長谷川白紙さんが誰かに対してこんな感情を抱いたのかどうかは全くわからないけれど、この感情を追体験(仮想体験?)できる、稀有なフレーズで、何度も何度も聴いてしまう。
でもこの曲は、長谷川白紙の他の曲に比べたら、とても人間的というか、一度きいて表面的にでもわかる魅力に満ちている気がします。もっと別の魅力があるので、良ければ、他の曲も。
こんな風に誰かが作り出したものに勝手に乗っかって、自分の創作のように文章をかくことって、、、と思わないでもないけど、自分が心揺れたことに関してかくことに(もちろん著作権はかなり怖いんだけど)許される必要はないというか、一次創作ができないからって創作そのものを辞めなくても良いだろ、というか。自分を鼓舞するためにこういうことを考えて、もう一度noteに戻ってきました。