喫茶店・コーヒーと私④

 秋から冬にかけての時期、バスに乗って「ちろる庵」に通う一週間が始まりました。原則、公共交通機関を使って出勤する、というのがルールでした。

 職場体験は、テーブルの片づけや、コーヒーカップに水を入れて運ぶ練習から始まりました。店員さんは軽々とコーヒーを運んでいますが、私はこの練習で、コーヒーをこぼさずに運ぶのはなんて難しいことなんだろうと思いました。オシャレなコーヒーカップが、すべてマグカップのように背が高くて安定した構造であったらなあ。カチカチ音を鳴らしながら揺れるカップとソーサーを、私は呪いました。

 とはいえ、ウェッジウッドの華やかなカップで飲むコーヒーが一段とおいしく感じるのは、私も認めざるをえません。だんだんコーヒーを運ぶ練習に慣れてくると、実際にお客さんに飲み物を運んだり、注文を伺ったりしました。

 事前の打ち合わせで、お昼ご飯はどうするのかと聞かれたとき、お弁当を持っていきますと答えてしまったので、お昼は持参の弁当を食べました。もう少し甘え上手になれていたら、毎日ポテトサンドを食べさせてもらえたかもしれないと思うと、少し後悔が残ります。

 お客さんにコーヒーをぶちまけるというようなハプニングを起こすこともなく、一週間はあっという間に過ぎていきました。お店の方もいい人ばかりで、ここで働くことができたのを幸せに思いました。

 そして、職場体験の最終日、せっかくだからとマスターは好きなメニューを注文してもよろしいと言ってくれました。おやつの時間だったので、私は散々迷った挙句、シフォンケーキとクリームソーダを頼みました。

 その時、マスターは少し驚いたというか意外そうな顔をしていましたが、注文通り作ってくれて、私はおいしく頂きました。今思い返せば、マスターはコーヒー系の飲み物を飲んでほしかったんだろうなあと、推測できます。コーヒーを出すお店に働きにきたんだからね。コーヒーはまだ飲めないにしても、カフェオレくらいは飲めただろうに、と思います。

 私が職場体験をしてから数年後、「ちろる庵」は当時の建物を取り壊し、同じ敷地内に新しい店舗を作って再オープンしました。詳細は分かりませんが、以前のような雰囲気ではなくなり、ポテトサンドやスクランブルエッグも、メニューから消えてしまいました。

 それは少し寂しいことですが、私は大学生になってからも、帰省の際などに「ちろる庵」に訪れます。バスはもう使いません。自分の手で運転していくのです。

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