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私たちはなぜ、物語を読まなくなったのか?

夫と久しぶりに、本の話をしました。

私も夫も同じ大学の文学部出身だったので、2人とも学生時代は物語をむさぼるように読んでいました。でも、今ではほとんど手に取ることがありません。

どうして私たちは、物語を読まなくなったのだろう?
そんな話をしていると、私と夫ではその理由がまったく異なるものだったことに気がつきました。



私は今も昔も読書量そのものはあまり変わっていませんが、読む本の内容が大きく変わりました。今はビジネス書をはじめとした実用書が中心になり、物語、いわゆる文学にふれる機会はぐっと減りました。

漫画は昔から好きで、今も変わらず読んでいますが、当然ながら、同じフィクションでも文学作品と漫画はまったく別のものだと感じています。

一方、夫は本そのものをほとんど読まなくなりました。今では新聞くらいしか読んでいません。


先日、そんな夫と
「なぜ、私たちはあんなに夢中になっていた物語を読まなくなったのか?」
ということについて話してみました。

その中で、お互いの考えがまったく異なっていたことが、とても印象的でした。



私は「ふとした瞬間にもろく崩れてしまいそうな、危うさや儚さのような、青春時代特有の繊細な感覚が失われつつあるからではないか」と考えていました。

年齢を重ねることで、さまざまな人生経験が増え、人はどんどんよりタフになっていきます。それは言い換えれば、良い意味での愚鈍さや図々しさを手に入れる、ということでもあります。

そのことで、昔のように、物語に出てくる登場人物達の、細やかな心の機微を感じ取る力が衰えてしまったことを、無意識のうちに悟ってしまい、何となく物語を遠ざけるようになってしまったのではないか、と考えたのです。


夫の意見は、まったく異なるものでした。

「物語の世界に没頭するには、かなりの精神力が必要だと思う。でも今は、日々の生活の中で、心を砕かなければいけないことが多くなりすぎて、物語を読むための精神力が残っていない気がする」

時間そのものがないから、というよりも、精神的な余白がないから、物語が読めないのだそうです。

この意見を聞いたとき、同じ本を読むという行為なのに、その捉え方がまったく異なることに驚くと同時に、文学の魅力に改めて感嘆し、より深い興味を覚えました。


また、この話を深めていく中で、学生時代の読書との向き合い方も、実は私と夫で真逆だったことが分かったのです。



私は学生時代をそれなりに楽しく過ごしていましたが、20歳くらいまでの間は、なかなかハードな出来事の多い人生で、有り体に言えば、心の奥に大きな傷を抱えていました。
何だかセンチメンタルな言い方かもしれませんが、一方でその表現がしっくりくる時期だったことも確かなのです。

今思えば、そんな私は、いつもひとりの時間に本を読むことで、その辛さから逃れていたのです。
辛いときほど物語を読み、その物語の世界へトリップすることで、自分の心と折り合ってきたのだと思います。

でも、今の私は、昔よりもずいぶんとタフになりました。
もう物語に頼らなくても大丈夫なくらい日々の生活を慈しめるようになり、また読書以外での心を癒す方法を知ったことで、物語を手に取らなくなったのかもしれません。


夫は、どうやらその真逆だったようなのです。

もともとタフな心を持っていて、小さな頃から比較的安定した人生を歩んできていた夫は、逆に、物語の世界に没頭することで、「あえて心を抉られる体験」「あえて心をかき乱される体験」を疑似体験していたようなのです。

ですが、大人になるにつれて、必然的に、現実の世界でも心を揺さぶられる場面は増えてきます。
それがゆえに、もう物語の世界で感情を揺さぶられる必要がなくなったのです。


この夫との会話は、私にとって、とても印象的で、また大きな気づきのある話にもなりました。

私たちは、今も昔も同じように物語が好きです。
そこに変わりはありません。
でも、その物語への向き合い方は、今も昔もまるで違います。
そして結果的に、今ではふたりとも物語を手にとらなくなってしまったのです。


正直に言うと、そのことに一抹の寂しさを感じます。

ですが、この話を通じて、もう物語の力を借りなくても大丈夫なくらいに、私たち夫婦は今の生活に満足していること、そして大変なことがありながらも、この日々を幸せだと思っていることにも気づくことができました。

そのこと自体は、とても喜ばしいことだと感じています。



大学卒業時、恩師の先生方からいただいた寄せ書きの中に、こんな言葉がありました。

「いつもポケットに文学を」

これから先、また文学の世界に飛び込み、物語に耽溺する日々が来るのかどうかはわかりません。

ですが、もし私の心が物語を求めたとき、いつでもすぐにその世界へ戻れるよう、あの日の私に寄り添ってくれた本達を手元に置いておくことだけは、忘れずにいたいと思っています。


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