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ゲームを遊ぶ意味なんてあるの?【ゲームの必要性を考える】

※このnoteでのゲームは”ビデオゲーム”の事を指します




「ゲームで遊ぶ意味なんて無くない?」

頭が真っ白になった。
遊ぶ意味…?ゲームを遊ぶのに理由なんているのか?
考えたことも無かった…

そんな質問をされたのは私が中学生の頃。
当時私はゲームでばかり遊んでおり、ゲームで遊ばない日なんて無い程ゲームに憑りつかれていた、そんな私は質問に対してハッキリと自分の意見を
伝えることが出来なかった。
自分の人生からゲームの無い生活なんて想像したこともなかったから。
 あれから時間が経ちゲームに対しても色々考えたり、思いをはせながらnoteでゲームのレビューを書くようになった。
かつての質問に対し、今改めて「ゲームで遊ぶ意味とゲームの必要性」
考えていこうと思う。
(あくまで個人の意見となります)

※普段のゲームレビューとはまったく違う感じで書いているので伝わりづらい所があるかもしれません。




・結論

まずは結論から、長々と話していてもつまらないからね。
結論はというと

「遊ぶ"必要"は無い」

遊ばなくたって生きてはいけるし、何か得をするわけでもない。
遊ばない選択肢は誰だって取れる。
そんなゲームに必要性なんてあるのだろうか。
 未だに自分は毎日のようにゲームで遊ぶし、いつも誰かと話をするには
ゲームの話題が鉄板だ、ゲームの無い生活なんて考えられない。

そんなゲームだが年々ゲーム業界は発展の一途を辿っており、ゲーム人口も増加する一方だ、はたしてそんなゲームに必要性はあるのだろうか…?




・ゲームの必要性

よくこういった話題でゲームが出るとメリットデメリットがよく挙げられるだが、私はそれもゲームの一つの特徴だと思っている。
「脳が活性化する」などの意見があるが脳を活性化させたいならゲーム以外の他の方法なんていくらでもある、代用ができるならばそれは必要性とは言えない。

では必要性とは何か。
私なりの意見ではあるが
「こういう理由があるからゲームは必要」というわけでなく
ゲームは必要なものでなく、残すべき文化(趣味)だと考えている
残すべき=必要性 ということだ。
また持論ではあるのだがゲームは「他の趣味と比べるとゲームには特別な点が多い」と私は思っている。

特別な点、言い換えてしまえば異質とも言えるだろう、ここからはそんな
異質な点を詳しく掘り下げていく。



・異質であり、特別なもの

‣歴史

まず第一に特別と言える点が歴史だ、ゲームの歴史というのは実に奇妙だ。
例えば何百、何千年前から存在するスポーツ等と比較すると、ゲームの歴史は半世紀程のものであり、歴史はまだまだ浅い。

だがその短い歴史の中でも進化のスピードは目まぐるしいものであり、
10~20年前の作品を比べると進化の差を実感できるだろう。
もちろん半導体やその他のコンピューターが発展しているというのもある。  数kBのカードリッジから現在では数分の一サイズとなった小型SDカードには何GBというデータが入る。
ドットで構成されていた画面が今では実物に近い3Dモデルになっていたり、一人で遊ぶのが主流だったのが、24時間365日誰とでもリアルタイムで情報を共有できるようになった。
これらの事が全て四半世紀で起きている、これがさらに10年、100年先ではどれほど進化しているのだろうか、今後の進化には目を見張るものがある。

近年では単なる趣味として終わらずeスポーツ(プロゲーマー)といった新たな職業が出てきている。
専門学校やセミナーまで存在しており、年々規模は拡大している。
ゲーム会社の企業もeスポーツに注目していたり、企業内でeスポーツチームが組まれていることも増えてきている。
多くの人が一方のチームを応援し一喜一憂する
感覚で言ったらプロ野球やサッカーの観戦と大差ないように思えてくる。
こういったゲームの祭典などが増え、多くの人が熱中する、今後もゲーム人口は増えていくだろう。



‣構成している要素

ゲームを構成しているのはプログラミングだがそういったことではない。
 ではここで質問、あなたはゲームといったら何を思い浮かべる?
キャラクター?BGM?ゲーム機? 様々な意見が出ると思う。

一概にゲームといってもこれといったものは決まっておらず色んな形がある
それもそのはず、ゲームにはイラスト、音楽などの様々な要素の全てが詰め込まれている。
これらの要素はゲームを構成する上ではどれも欠かせないものである。
そしてこれらの要素は単独で存在する場合一つの趣味として完結している。
つまりゲームは様々な趣味の集合体と言える。
 画面に写すキャラを描く必要があり、ゲームの最中にはプレイを印象付けるBGMが存在し、世界観を構成するためのモチーフも存在する。
そしてそれらをプログラミングという手法で形にする。
これほど一つの作品を作るのに膨大なリソースを必要とし、作るのがめんどくさい作品は恐らくゲームだけだろう。
 これだけめんどくさいのにも関わらず個人でゲーム作りを趣味とする人や
開発を行う企業は特段珍しいものでは無い。

そんなめんどくさいものを情熱を注いで作ってくれるクリエイターの方には頭が上がらない、普段何気なく遊んでいるゲームも影では多くの人の努力が存在しているのを忘れずにプレイしていきたいものだ。


‣多様性

近年多様性という言葉を色んな場面で耳にする。
映画のキャストやアニメキャラ、スポーツをする選手など、そういった場面で多様性を意識する声が増えてきている。
もちろんゲームも例外ではないのだが、私は
ゲームは多様性の極みみたいなものと思っている。

年齢、人種、国、性別、身分…
そういった事を気にせずフラットな土俵で多くの人と競い、協力し楽しむ。
これほど多様性に配慮したものも少ないだろう。
 ここ数年でインターネット技術は急速に発展し、海外のユーザーと繋がるのもなんら難しいことではなくなった。
私にもゲームを通じて仲良くなったフレンドも存在する (国内だが)
遠く離れたフレンドと一緒にゲームをしたり、雑談をしているとふと思うことがある。
それは「ゲームで遊んでいなかったらこのフレンドとは死ぬまで話せなかったかもしれないだろうなぁ」ということを思ったりする。

一つの趣味だけで繋がった友達。
もしそんなフレンドとゲーム無しで繋がれ と言われたら、まぁ不可能だろう。
こうして気軽にネット上で交流を図れるようになり、ゲーマーにとっては嬉しい限りだろう。
こんな気軽に友達を作れてしまう便利さもあるが問題もある
よくネット上のフレンドは「顔が見えないから危険」と言われてる。
それ自体はホントのことで否定するつもりはないのだが、
互いの顔や身分を知らないから楽しめている というのもあると思う。
もしこれが上司やどこかのお偉いさんだったらどうだろう、
とてもじゃ畏まってしまいゲームどころではない。

こうした 誰でも公平な立場で楽しめる場 があるというのはとても貴重な事だと思う。


‣影響力

ゲームの影響力は凄まじい。
インターネットの普及により その影響力は加速する一方だ。
 最近ではYoutube等でのゲーム実況、配信などインフルエンサーや著名人が取り上げることも当たり前となり、配信とゲームは切っても切れない関係となってきている。
 だがその影響力の高さ故に様々なトラブルが浮き彫りになってきている。
ゲームを通じて知り合い、オンライン上での付き合いがリアルにまで発展したり、課金での金銭的トラブル、オンラインの脆弱性を突いたツールによる違反行為等々….
正直全部挙げたらキリがない程絶えずトラブルは起きている。
だけどこればかりはどうしようもない。
 
第一にゲーム自体に罪があるわけでは無いし、個人でどう遊ぼうが自由な為、そういった被害はゼロにすることはできないだろう。
直近でも犯罪につながるケースやその一歩手前まで行くほどの問題がニュースになっている。
個人的にはNintendo Liveの件が衝撃的だった。(応募してたから)
他にもSNSを眺めていると不祥事を起こしているインフルエンサーのニュースを度々見かける。
こうしたトラブルが原因で作品のイメージが下がってしまう事が起きているととても悲しい気持ちになる。

だけどゲームの影響力は悪いことばかりではない。
幼少期に遊んだゲームが思い出になったり、他のゲームに影響を受け自身もゲーム作りに励んだり、ゲームで何かしらのインスピレーションを受けたりなど個人で感じることは様々だ。
  maincraftに影響を受け建築業界で活躍している人や、ポケモンで数字に対して興味を持った人がいる というのをいつか記事で読んだことがある。
たかかがゲーム と言ってしまえばそこまでだがそのゲームから与えられる
影響には無限の可能性があると思ってしまう。

・まとめ

長々と書いてきたがここでざっくりとまとめてみる。

まとめ
「やる必要はないけど、無限の可能性がある素晴らしい趣味だよね」


一言でまとめるとこんな感じ。
趣味に必要性を求めたらそれは趣味じゃないと何かだと思っている
だからゲームで楽しんでいる人に「意味無い」「時間の無駄」なんて
言うのはあまりにもお門違い。

よく、ゲームばかり遊ぶ人に対して世間一般のイメージは少し良くない印象がついてしまっている。
 というのも私が就活中、履歴書を書く際に
「履歴書の趣味欄などにゲームを書くことは控えた方がいい」
とネットの記事なんかで見かけた。
 なんで? どうして?
これがスポーツや読書にのめり込んでいる人ならイメージは
「健康な人」「勤勉な人」と良い印象に捉えられるだろう。
だけど他の趣味でも何か支障が出るほどハマってしまえば、どの趣味だって良くないものとなってしまう。
別にゲームが趣味な人も悪いことしてる訳じゃないんだし、もう少し良いイメージがついてくれてもいいんじゃないかな。

こんなに楽しくて良い趣味なんだから。




・あとがき

ここまで読んで下さりありがとうございます。

私は普段はゲームのレビューを書いていますが、今回は少し真面目な内容で
「ゲームの必要性」というテーマで書いてみました。

このような真面目な内容(個人の感想的な)noteは以前から書こうと思いながらも中々タイミングが合わず書けなかったのですが、今回note内で
「#創作大賞2024」というイベントが開催され、これはいい機会!だと思い執筆に至りました。
 書こうと思った理由もまとめで書いていた、就活中の出来事で ふと
「ゲームの印象ってそんなに悪いものなの?」
と 思うことがあり、ゲームについて考えることがありました。
あくまで今回のnoteは個人的な意見を私自身の解釈で書いたものなので
信憑性や確実性は無いのですが、こうした形で自分の考えをまとめることができたので個人的には満足です。
自分とゲームは長い付き合いなのでこれからもゲームを楽しみながら
ゲームに関するnoteを継続して書いていけたらなと思います。

ここまで拙く長々とした文章でしたが最後まで読んで下さりホントにありがとうございました。


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