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メイクアガールの話(2025年2月14日~)
このnoteは映画メイクアガールの本編、および2月7日~2月13日に来場者特典として配布されていた「メイク・ア・0」と、ノベライズおよびepisode0(2冊とも2月7日に発売)を読んでいるのが前提で書いているので、ネタバレを知りたくない人はここで帰ってくれ
先日に書いたnoteの答え合わせのようなものだね
ついでに筆者は2月14日から始まった副音声コメンタリーも聴いてるので、それも既知情報として扱う
視覚的な映像演出
ブラウザバックしようとしたら目次の項目でネタバレするかもしれないので、いくつか当たり障りのない見出しを置いていくよ
この作品に限らず登場人物の心情描写を外的要素に委ねて伝えてくる作品は多い。例えばだけど、登場人物は悲しみを表に出さないが頬を伝う雨だれを涙の代わりに見立てたりするね
序盤に0号ちゃんが尾行してた際、背景にある歩行者用信号機が茜の苛立ちに合わせて青の点灯から点滅し始めてそれが赤に変わった瞬間、振り向いて怒りをぶつけるのは「今から来るんだな」というのが観客にわかりやすくコミカルで楽しい
同様に拉致された0号ちゃんと「謎の覆面研究者」が車中で言い合いになっていたシーン、ここは既に拘束された0号ちゃんが立場的にも暴力にさらされているという意味でも弱い。その弱いはずの0号ちゃんから「稲葉メモリー」の中身を読めばいいと指摘された瞬間、研究者として圧倒的に力量が足りてない事実を突きつけられて(その自覚が0号ちゃんにはないけど)無力感に打ちひしがれた海中絵里との力関係が逆転する。その暗澹たる気持ちと同調するように車外の背景がトンネル内の照明に切り替わる
副音声コメンタリーから、このトンネル内の照明は作品内でのいわゆるボス戦を想定した配色になっているので、シンプルに直前より薄暗くなったというだけでなく、全体的に0号ちゃんの支配下にある空間になったとも読めるかもしれないね
あとは拉致した車が現存する一般社会の乗用車に近いデザインで、そのほかの多くの車が自動運転となっていることを視覚的に示す目玉のような装置、あれは現代技術で考えても当然もっと小さく隠せるはずではある。副音声コメンタリーによれば映画の観客向けにわかりやすい記号として残してあるという話だったが、おそらく現実社会に同じようなシステムが導入されることになってもそうすると思う。だって歩行者や周囲の車から見て、あの装置を積んでない車は(ATかMTかって意味じゃなく自動化されてないって方の意味で)マニュアル運転なので事故を起こす可能性が高く危険。劇中でも稲葉が交通網の制御を上書きした際に、灰色の車(装置あり)は止まれたが緑色の車(装置なし)は対応できずに追突事故を起こしている描写がある
見づらいがラボのクラゲたち、幼少期の明と稲葉が外へ出てから画面の暗転に沿って崩れていくように見える。あれは稲葉が去ったことでクラゲたちの生存維持を含め、ラボの機能が停止したことを意味しているのかな
ただ不死のクラゲを研究し続ける意味はなくなったが、いずれ稲葉が復活するときのためにラボそのものや記録は保管しておく必要があったので、やはり建物ごと水溜稲葉(とそれを相続する息子)の名義で不動産を遺してるよね
あのラボは、海中絵里を含めた住人の家賃収入により存続してると思う
普通に見てても途中で気付くが、副音声コメンタリーで言及されていたのが劇中に出てくる「黄色」の意味。最初に目立って示されるのは明の「友だちになろう」を承服できない0号ちゃんの言動が「造物主への反抗」として扱われて生体制御が働いたシーン。そこで明が水溜稲葉(およびその係累である水溜明)に逆らえないことを説明しながら義手と0号ちゃんに「黄色」を走らせて観客にも印象付けてる
厳密には支配ではなく、水溜稲葉からの命令が下されていることを示しているので、トンネルのシーンで0号ちゃんの目が「黄色」になるが、その命令に抗って自我のもとに行動できることを主張してる
他にも大小あるけど、いちいち書き出してられないくらいにはある
水溜明のメイクアガール
多分、前情報なしで映画を観たら大概はこの視点になるんじゃないかな
水溜明には「水溜稲葉の研究を継ぐ」という目的があって、それに有効な手段の一部として「カノジョを作る」ことを目指し、稲葉メモリーに遺されてた記録から実際に作り上げたが、目論んでいたような効果はないどころか悪影響が出た
カノジョと過ごすと研究の手が止まるので本来なら研究者としては避けたいはずの時間、それに安らぎを感じたことを自覚して0号ちゃんと距離を取る。そして研究を再開するがやはりうまくいかないままでスランプは抜けられない
劇中で深くは語られなかったが、最初にある目的が稲葉の意図を正しく汲み取れなかった明の勘違いで、それを正すために稲葉が制御したソルトの行動をきっかけに稲葉メモリーを読めるようになる
なお、明の手を引いてたソルトは「黄色」の支配下にあったので、水溜稲葉の勅命により電気ショックを与える行動に出たが、それ自体が水溜明を害する行動でもあるため直後に大破している
家族として0号ちゃんと過ごしてた安らぎの時間は否定されるべきものではなく、むしろ稲葉が望んでいたものでもあったので「仲直り」に向かったところから拉致に気付いて救出するまでの流れは観ての通り
それが独自のロジックで襲ってきた果てに、ちゃんと話し合えないまま眠り続け、ようやく目覚めた「家族」はそれまでとちょっと変わっていた
本作で2番目の被害者が水溜明
0号ちゃんのメイクアガール
カノジョであることを望まれて産まれ、彼氏である明さんや、友だちの茜さんや邦人さん、そして研究者である絵里さんや庄一さんなどとの交流から人間性を獲得して「普通の女の子」に近づいていく
ノベライズでは映画よりも深い心情描写や、省かれた人間関係などもあるがここでは書かない。なお部屋にあった私物の大半は、自我の薄かった頃の0号ちゃんのために周囲から持ち寄られたものであったことが副音声コメンタリーで語られていたので、机の上に飾られてた「茜と0号のツーショット写真」は茜自身が撮って渡したものなのだろう
アノマロカリスやチェス盤は誰の趣味だろうな?
「水溜明のカノジョ」であろうとして、明さんのことを考えて明さんのために動き明さんを好きでいることが自己の存在証明になる
それが急に否定されたことをきっかけに、先天的に組み込まれたプログラムと、後天的に獲得した自我とで、衝突しているのを自覚する。それを明さんに認めてもらうための方法として選んだのが、水溜稲葉の被造物として避けられない生体制御の支配に抗って「自我による行動」であることを示し続けること。ノベライズやepisode0まで含めて水溜稲葉の思い通りにならなかったのは「人の意思」のみであり、映画に限っては唯一0号ちゃんの凶行だけが稲葉の支配に逆らえていたため、事情を知ってしまった観客はナイフ振り下ろすのを応援する羽目になる。なんだこれ
副音声コメンタリーによれば、トンネルのシーンで意識を失ったのを最期として、再び目覚めた時点で完全に中身は水溜稲葉となっている
本作で1番の被害者
episode0を読んで思ったが、高峰庄一が明を引き取ったのって
「この子どう見ても川ノ瀬初の血を引いてる顔だよな」
ってところから妙な責任感とか情が湧いたんじゃなかろうか
水溜稲葉のメイクアガール
本作の主人公、映画の冒頭にもラストシーンにも出てる不動の主人公
ノベライズで詳しく語られるが、自らの死期が近いことを知っているために稲葉が計画したのは不死の存在となること。ただし科学的に観測できていない霊魂のような存在は一切の考慮に入れておらず、連続性も重要視しない
稲葉にとって生きていることとは「客観的に見て、そのものの機能や振る舞いを再現できていること」なので、自身の意識や記憶などが保持されていれば肉体は生身でなくとも構わない
まずはじめに着手したのは機械的な記憶媒体によるアプローチ。相互に自己を複製し続けられる機械を作れば、それに意識を移して不死になれると考えて、その構想を「第二人類」と呼んだ。ただこれは水溜明に研究が継承された後も失敗し続けており、水溜稲葉という巨大な中身を受け入れられる媒体が存在しないため現状では不可能。なお映画の冒頭で質問された絵里に対して明が「だと思います」と回答していたのは、稲葉メモリーを完全に把握できていないために第二人類構想が稲葉の復活に繋がるものだと知らないからですね
第二人類を諦めた稲葉による次のアプローチが「第三人類」で、機械の代わりに生身の人体を容れ物とする計画。これは水溜稲葉本人も既存の第一人類にあたるため、記憶媒体が生身の脳なら自身を再現できるだろうと考えてのこと。確かに既存の何かを再現するなら同じ素材を用意するって発想は正しいんだけど、それを生身の人間でやろうって倫理観は一般的とは言えない
ただ発想に基づいて実行もしかけたのだけど、水溜明を上書きすることができなくなるくらいには人の情も持ってるので経験がないから倫理観が人並に育ってないだけかもしれない。恋愛感情もないわけじゃなかったし
共に暮らすうち、元々は容れ物として作ったはずの明へも「もう着いちゃったか」と別れを惜しむくらいには愛情を持つようになってるので、本来この人にこそ家族が必要だったのだろう
映像の上では差異がなく見た目にわかりにくいが、ソルトやメモリー内にいるのは本人の遺したデータから模倣された水溜稲葉なので、オリジナルの水溜稲葉が映画の本編でやったことは
第三人類として水溜明を作る
水溜明にメモリーを預ける
復活後に備えて各所に仕掛けを遺す
そしてオリジナルとは別に、完全ではない水溜稲葉が劇中に複数いる。これはepisode0で腹話術のように使っていた、過去の言動から模倣された水溜稲葉。まずメモリー内にある記憶と人格がそうだし、ラボ内で失敗し続けていたブラウンソルトが成功したときの中身もそうだと言える。ブラウンソルトは根津の0号ちゃんハウスへ向かう明の後ろ姿に手を振り見送ってたのが、エンドロールの映像内で呆けた明に対して「大丈夫? 起きてる?」というような仕草で手を振ってたのと少し重なる
稲葉メモリーやソルトを介して模倣人格の稲葉がやったのは
水溜明にメモリーの中身を正しく伝える
ブラウンソルトの中から拉致の追跡をサポートする
看護ソルトとして0号ちゃん脳をフォーマットする
例のシーンで「関係ない人は引っ込んでてください」される水溜稲葉は、おそらく生体制御とともにプリインストールされてる意識の一部。完全ではないため0号ちゃんの強固な意志を乗っ取るほどの力はなかったので、まず生体制御で活動を停止させ、看護ソルトを介して生命維持のギリギリまで脳を追い込んで0号ちゃんとしての記憶や人格を消去し、その後に改めて水溜稲葉を再インストール
あのソルトにナースキャップ被せたのは誰の趣味だろうね
かくして復活を遂げた水溜稲葉は、肺癌のない健康な肉体と、川ノ瀬初の面影ある家族を手に入れた。おそらくこの先も何世代か繰り返して2000年は生き続けるのだろう。科学の未来は明るい
しかし0号ちゃんの記憶や経験を失った代わりに、病死する前の水溜稲葉の記憶すべてを継承しているなら、バイト先のJohn smithでハンバーグ焼かされてどんな気持ちになったのだろうか。深森ソナタのこと恋敵として認識してたなら、ハンバーグにも少なからず思うところあるだろうに
幸村茜のメイクアガール
登場人物の中で水溜の人間を除いて0号ちゃんにもっとも近いが、水溜の話からはもっとも遠い人物。バイト先での人間関係には早々に気付いて配慮できる洞察力はあるので、友人から「気付いてないの茜と水溜くんだけだよ」と評されるのは、こと恋愛に関しては自分のことだけで他人にまで気が回らないってことなのだろう。だから0号ちゃんのことも最初は敵視するが、頼られたら世話を焼いて面倒を見る。劇中で屈指の善人
その茜からの視点だと、
4月に水溜明が校内で騒動を起こして反省文を書かされる
数週間後、水溜0号が転校してくる
数日後、バイト先に0号ちゃんが着任する
(劇中に具体的描写はないが)0号ちゃんの住む部屋を訪ねる
邦人がカノジョと別れた件で揉める
0号ちゃんが登校しなくなる
明と0号ちゃんの住むマンションの半地下ラボを訪ねる
ラボを訪ねた翌日から明も登校しなくなる
左腕の治療を終えた明が登校する
数週間後、0号ちゃん(水溜稲葉)が登校およびバイトにも復帰
おそらくこんな感じ。時系列で数週間後と書いてるところは適当だけど、最後のは臥せってた間に伸びた髪からの想像。劇中に日時を示してるのが反省文の「 F18 / 4 / 27 」と、ラストシーンは東京都内で16時ごろに気温22度となる時期ってことくらいしかわからないけど、おおよそ半年以内くらいの出来事だとは思う
舞台は近未来だと言われてるけどepisode0時代がエイリアン4より後のシリーズ最新作が公開されてる時期なわけで、そのepisode0当時に高校生だった高峰庄一が17歳の水溜明を引き取ってるのだから和暦の元号も変わるだろう。深森ソナタが観てたエイリアン最新作がプロメテウスかコヴェナントかロムルスかはよくわからないが、少なくともメイクアガール時空はF18年の出来事なので令和ではない
閑話休題
茜の視点では「友だちになろう」のことは知らないが、ノベライズでその翌日から0号ちゃんは明と会っていないとされていたため、そこから登校拒否してる。それで心配して自宅を訪ねたが部屋にいないのでラボまで降りると、ソルトの電撃を喰らって放心した明がいた
ラボ内に茜と邦人が顔パスで入室できるのは、多分0号ちゃんの学習に必要な存在として登録されてたのだと思われる。絵里さんや庄一おじさんと同等かそれ以上の信用が置かれてる
稲葉メモリーの記憶と対話してた明が我に返った際、すでに数発はぶん殴った形跡がみられるので茜さん容赦ねえなとは思ったが、思い返すと邦人へも気軽にグーパン叩き込んでたね
エンディング内の映像でクッキー渡してたのは、メロンブックスの特典に書いてあったエピソードにも書かれているが、そのエピソード内でどうやら水溜稲葉は茜や邦人の前では0号として振る舞っているらしい。さすがに隠すか
茜にとっては「あんなに仲良くなったはずの0号さん」が妙に素っ気ないし教えたはずのことも忘れていることになるので、水溜稲葉から見ればかなり都合の悪い存在と言えそう。ホラー映画で言えば、隠れた怪物を見破れる子供のような存在
結局メイクアガールとは何なのか
まぁ、自主製作アニメの『メイクラブ』をそのまま長編にしたとしても、そうならなんやろって話なんですよね。水溜稲葉どこから来たんだよ
全体的な話の流れは『メイクラブ』で間違いなくて、それを広げて起きていたであろう細かいやり取りを追加し繋げただけなら、それはそれで好きな人もいるでしょうけど凡庸なお話なんですよね。いつかどこかで見たような気がするお話
造られた命、好きという気持ちはどこから来るのか、そういう話はSFやサブカルチャーで何度も主題にされるの見てきましたし、ノベライズで語られる0号ちゃんの「好き」について読み進めてたら『ディスコミュニケーション(著:植芝理一)』とか思い出しましたよ
そして、それら全部を飲み込む水溜稲葉という怪物の物語
ホラー映画でしたね、って感想が多いのもわかる
理解が及ばない恐怖の対象としてホラー映画
まだ実現できない科学技術のもとに繰り広げられるSF映画
生まれたての純粋な想いを阻む障害に抗う恋愛映画
どれを主軸に捉えるかは各自の主観でいいと思います
僕にとっては0号ちゃん可愛い恋愛映画寄りです
どちらかというと「やったぜ、成し遂げたぜ!」でホラーではない