『ザ☆ウルトラマン』第8話「ヒカリ隊員の秘密が盗まれた!?」
要するにそれは単なる騙りであって、「ウルトラマンの秘密を映したフィルム」なんてものはそもそも存在しなかったと考えるのが自然だと思われるところ、「秘密は秘密にしておこう」という流れになるあたり、不思議な気分になる。ただし、ヒカリがもしそのようなことを最後に気づいたのだとしたら、「そのようなことに振り回されてしまう孤独」というようなものを、ガラスの方を向いてみんなから背を向けていることから感じ取ってもよい。
そもそも、ヒカリが自分の秘密を知られたくないためにそれらしい理由をつけてフィルムのテレビ放映に反対しているのだとしたら(事実そうだと思うが、アニメーションの演出ではこのようなことが画面からは容易に察知できない)、それはやはり我々を不思議な気分にさせる事実だと認めざるを得ない。やはり、「ウルトラマンであることの秘密」は隠し通されなければならないことは約束事であるけれども、隠し通すためには、時には嘘をつかなければならないということも我々は認識しておかなければならないのかもしれない(例の「どこに行ってたんだ」というシークエンスはまあ、別としても…)。つまり衝撃的なことではあるが、ヒーローとして「汎」たるように思われる主人公にもdishonestの次元があるということであり、バルタン星人がヒカリを監禁するように、主人公はそこに隔絶されてしまうわけである。
おそらくバルタン星人とは、ウルトラマンシリーズすべてを通して、地球を介してその主人公に挑戦する存在であり、ウルトラマンとバルタン星人だけの次元において戦い、(望むらくは)和解するのである。地球人たる我々には彼らの会話に入り込めないわけである。ヒカリがひたすらに秘密を守ろうとすることに地球人がショックを受けることは仕方がないし、また一方で地球人の生活のためには、「秘密は秘密にしておこう」ということで、一件落着としてしまって構わないわけである。このあたり、『ウルトラセブン』の最終回を考えたりするわけだが、実際地球人が自らの態度として考えるべきこととしては、そのようなことになる。