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10年後の医療はどうなっているのか? 春木ゼミ課題
現在の医療における問題を列挙し、10年後、それらがどのようになるかを予想してみます。
病院での待ち時間が長い問題
診療している身として、待ち時間が長くなってくると、待合室がザワつくのを感じます。事務員さんや、看護師が患者をなだめている声も聞こえてきます。そのような方は、診療室に入ってくると、案外おとなしかったりもします。ほとんどが高齢ジジイか、中年のオバさんです。高齢ジジイは男尊女卑であるため、若い事務員や看護師にしか文句を言わず、私のような中年男性医師には文句を言いません。中年のオバさんは戦闘力が高いため、直接主治医である私に文句を言ってきます。その際に時々私は、「待ち時間を短くする方法は、診療を適当にするか、医者の数を増やすか、患者の数を減らすしかありませんが、現在のところ患者の数を減らす方法しか見当たりません。他の病院に行っていただいてもよろしいですが、どうされますか」と言ってしまう事がありますが、これは最上級にイライラした時です。中年のオバハンはコミュニケーション能力も高いため「そんな冗談よー。これからもよろしくね」と言って仲直りを希望します。こちらも「ごめんね。きついこと言って」と言って診療を開始します。
10年後はデジタルの力を借りて、これらの大部分が解決します。
医療情報を個人が所有するようになる
現在個人の医療情報は病院や検診施設が持っていますが、10年後は個人が所有するようになります。病院に行くたびに採血をされたり、レントゲンを撮ったり心電図を行ったり、同じ検査を繰り返して医療費と時間がかかっているのが現状です。なぜならば、医療機関同士で情報共有がされにくいためです。CD-ROMでデータがやりとりされるならまだしも、紙ベースでやりとりすることも多いです。
10年後は医療情報はすべて個人が所有しており、それを病院側が覗きに行くようになります。logが記録されるために不適切な使用は処罰の対象となります。
タバコ、アルコール、生活歴といった情報も全てそこにあるため、医療機関が改めて問診する必要もなくなり、時間が大幅に節約されます。過去の手術情報も全て個人が所有しているため、「この傷は何の手術跡ですか?」と腹部エコーの際に聞かれることもなくなります。
医師は患者の顔を見ずに、コンピューターばかり見ていると言われます。これは、カルテ入力に時間がかかっていることからくる問題です。秘書さんがディクテーションしてくれるところもありますが、10年後は会話がカルテに自動記録されるので、より患者と向き合えるようになります。医療裁判の際も、言った言わないの問題が回避されます。
母子手帳で管理されているワクチン情報も、個人情報として個人が所有するようになります。インフルエンザワクチンやコロナワクチン、肺炎球菌ワクチンもいつ打ったのか、そしてどのようなタイプを打ったのかを自分で参照することができます。
発癌との因果関係が明らかである、B型肝炎ウィルス、C肝炎ウィルス、ヘリコバクターピロリ感染も個人情報として管理されているため、もし未治療であればアラートが鳴らされ治療を促します。
現在健康診断を受けている方は多いと思います。残念ながら日本はそのような健康診断のデータをデータベースとして活用できていません。なぜならば、業者ごとに健康診断のデータが分断され、それを横断的に活用することができないからです。それを活動して、将来の疾病予測などできそうですが、残念ながら日本では行われていません。そのため久山町研究や田主丸研究といった自治体と医療チームが横断的に研究を行なっているのが現状です。オールジャパンのデータベースないので、日本の研究力は世界に大きく遅れをとっています。
10年後は個人が所有しているデータをオールジャパンで参照することができるようになるため、健康診断で行われた結果が将来どのようなアウトカムに結びつくのかわかるようになります。コレステロールが高い人が将来どのような確率で心筋梗塞になるのか、高血圧の人がどのぐらいの確率で脳梗塞になるのか、はたまたそれらを治療した人たち、治療しなかった人たちで、アウトカムにどのような差があるのかということがオールジャパンのデータとしてわかるようになります。
問診は自宅で診療を受ける前に完結する
病院に行くと書かされる問診、あれめんどくさくないですか?その情報をあらかじめネットで入力して、病院に送信しておけば、診察がスムーズに進めることができます。
症状や困っていることも、時系列であらかじめ記載することによって、医師の問診を大幅に減らすことができます。
過去の検査データをネットで参照できるために、必要最小限の検査で済むようになります。
会計は後程オンラインで引き落としになる
会計で待つ必要もありません。全て後から引き落としになるからです。引き落としが滞った場合は、ブラックリストに掲載されるため、医療機関への受診に制限がかかりますし、社会的信用度が低下します。そのような未払者の対応をするための保険会社も現れるでしょう。
多くの薬がセルフメディケーションの対象となり、薬局で購入可能となる
血圧の薬や花粉症の薬をもらうためだけに病院で並んでいる人も多いでしょう。そのような薬剤は、今後セルフメディケーションの対象が広がり、薬局で買えるため病院に行く必要がなくなります。
診療所で処方される処方箋も、多くはネット薬局を通じて郵送されるようになります。具体的には血圧の薬、高脂血症の薬などは自分で買うことができます。すべてそれらはマイナンバーで管理され、誰がどれだけの薬を飲んでるか分かるので、物理的な薬手帳も不要になります。家庭での血圧や、血糖値と照らし合わせ、現在の服薬で問題ないか常に検証できます。
当然多くの開業医は経営が成り立たなくなるため、倒産するところも出てくると思われます。コロナ禍で多くの開業医が廃業をしましたが、同じような事がおこるでしょう。
健康であればあるほど、健康保険にかけるお金が払い損になっている問題
健康な人ほど、健康保険料は安くなる
現在では、国民健康保険、社会保険ともに病気でない健康な人程多く負担し、医療費がかかる病気の人程負担が少ない現状があり、相互扶助の概念で成立しています。しかし、これは通常の保険の概念とは異なります。例えば自動車保険だと、事故を起こしていなければ保険料は安くなります。これと同じように10年後は健康を維持している人程、健康保険料が安くなります。
今でもApple watchなどで、不整脈の検出が出来、臨床現場で使用されています。10年後は睡眠、飲食、運動も全てデジタルで管理され、健康な人程健康保険が安くなるインセンティブが働き、多くの人が自己管理ができるようになります。また、遺伝子での疾患予測が普通に行われ、所有する遺伝子によって保険料が変わって来ます。
検尿や検便も家庭のトイレで自動計測されるので、健診が不要となるとともに、消化器系と泌尿器系の癌は早期発見されます。
今の社会保障は会社勤めの人と、そうでない人とのあいだで、健康保険の母体が異なりますが、これらは10年後には一体化されます。所得税率を変えずに、健康保険から税金を取るという、現在政府が行っている姑息な方法はできなくなります。
医師の力量がよく分からない問題
今までの治療実績が全てオープンになる
病院のホームページを見ると、手術執刀〜例、成功率〜%など記載してある。しかし、基礎疾患のない患者の手術は成功しやすいし、超重症な患者の手術を避けているだけかも知れない。
10年後は、疾患の適応(重症度)、手術時間、合併症率などが全て閲覧できるようになる。内科であれば、どのような疾患を診断し、治療したかが可視化される。当然、手術成績の良い外科医や、診断力の高い内科医の診療報酬は高くなり、医療費も変わってくる。
現在、医師の指標として専門医機構があるが、試験に受かれば取れるので、名医の指標にはならない。民間のベストドクターズ社が、医師同士の評価をもとに独自に名医を選定しているが、将来は医師のランキングが公に可視化されるかも知れない。
診断はAIがサポートし、医師はアドバイザー的役割になる
今でも画像診断はAIがかなりの精度で信頼できる。症状から診断するIsabelのようなものが現在も利用できるが、10年後は大きく変わる。例えば、歩くスピードの低下と体重増加、血圧と心拍数変化から心不全は容易に発見されるだろう。初期であれば、減塩食と睡眠を長くとることで、疾病の悪化を防げるかも知れない。病院に行った時には心不全の診断はついており、原因疾患としての虚血性心疾患の確率が〜%など、既にタグがついているのだ。
ここまで書いてみて、今すぐにでもできそうな事が多いと感じました。強力なキャプテンシーを持った人が、利権の荒波を打破すれば可能なのでしょうが、医師と薬剤師の多くが淘汰されるでしょう。そうすると、成績が良いから医学部という風潮もなくなり、中受なんてあったんだってね!みたいな未来が来たりして。
ここに示した未来はユートピアというよりは、ディストピアなのかも知れません。どこに辿り着くのか分からず、合わない人とぶつかって、身の丈に合わない事をやって失敗し続けるのも人生の醍醐味かも知れませんね。
春木先生、楽しいお題の提出ありがとうございました。