【解説】米国地方自治体に対する気候変動の影響
9月12日、米国企業にバリューチェーンにおける温室効果ガス(GHG)排出量の全面的な開示義務に関するカリフォルニア州の新法案が、同州議会を通過し、議員たちは41対20の賛成多数で法案を可決しました。
米国では今回のカリフォルニア州の件に加え、米国証券取引委員会(SEC)が米国企業向けの気候変動関連開示規則の最終版を準備している最中であり、気候変動に関する政策の動きがかなり加速してきています。
本日は、こういった気候変動の激動の中、米国の各州政府の新たな課題や役割、責任をご紹介します。日本の地方自治体の皆様は、気候変動の影響を受ける米国州政府が今抱えている問題から、何らかの学びがあるかもしれません。
さっそくご覧ください。
はじめに
大規模な被害をもたらす気候変動の影響が一般的に知られるようになっている昨今、多くの保険会社はリスクに対する評価の見直し始めています。
たとえば、業界大手のステート・ファームやオールステートは、山火事、ハリケーン、海面上昇に特に脆弱なエリアであるカリフォルニア、フロリダ、ルイジアナといった州から撤退を開始しています。
保険会社に頼れなくなる現状を踏まえ、州政府は市民を守るため、自ら保険業務に介入せざるを得なくなるかもしれません。州政府のこのような対応は、喫緊の課題に対して当面は有効かもしれませんが、州の信用格付け、ひいては州政府財務の安定性に重大なリスクをもたらす可能性があります。
州政府の財務リスク
民間企業が提供する保険が不十分な場合、あるいは過度に高額な場合、州政府がセーフティネットを提供しなくてはなりません。
たとえば、The Louisiana Citizens Property Insurance Corporation(ルイジアナ・シチズンズ・プロパティー・インシュランス・コーポレーション、以下「ルイジアナ・シチズンズ」)は、民間の保険会社の損害保険に加入できないルイジアナ住民に保険商品を提供するため、州政府の支援を受けて設立された保険会社です。特に自然災害が発生しやすいエリアでは、保険料の高騰や保険を提供する企業数の減少が起きていましたが、ルイジアナ・シチズンズは、「最後の切り札」としての役割を果たしています。ルイジアナ・シチズンズによる補償件数は過去3年間で増加しており、それに伴い州の財政リスクも拡大しています。
州が再保険プールの設立を支援する場合、大災害の発生に備えた多額の資金準備が必要になります。民間保険会社にとってはリスクが大きく、保険契約者を見捨てることが多いからです。州政府は引当金を用意する際、教育や医療、インフラなど他の必要不可欠な分野と資金を分け合うことになります。
さらに、たった一度でも大災害が起きれば、州の緊急資金が尽きてしまうことになりかねず、財務状況の悪化は免れません。
州の信用格付けへの悪影響
信用格付け機関は、州の信用を評価する際、財政の健全性、経済力、ガバナンスなど、さまざまな要素を検討します。州が「最後の切り札」として保険業務に乗り出すことで、これらの指標すべてに悪影響が生じる可能性があります。
財政の健全性:保険金の請求に備えて多額の資金を常に用意しなければならないために、州として他の支出に充てる資金に制約が生じます。特に、アンバランスな予算状態が定期的に生じることで、信用格付け機関からリスクが高いと見なされます。
経済力:ある地域で信頼性の高い民間保険が不在の場合、一般的にその土地の不動産価値は下落し、企業はその土地から移転していき、最終的に、失業率が上昇します。経済の後退は税収の減少を招くため、州財政の健全性は悪化し、投資家に州の魅力を訴求することは困難になります。
ガバナンス:保険市場に介入するという州政府の政治的判断は、リスクが高く予測のつかない支出の機会を増大させる可能性があるので、民間の監査が介入する場合もあります。州政府が保険業務に関する判断を誤れば、リスクや不確実性の増大につながり、信用格付けにも影響を与えかねません。
負のスパイラル
州の信用格付けが下がれば借入コストが上がり、債券による資金調達の能力が低下します。こうした状況は、負のスパイラルを招きます。債務返済コストの上昇により予算が圧迫され、格付けがさらに下がる可能性があるからです。
年金債務やインフラ事業による負債など、未確認債務を抱えている州にとって、保険会社としての役割を果たすという新たな負担は、財務状況の劇的な悪化のきっかけになる可能性があります。
収益性とサステナビリティ
保険会社は今後も、サステナブルな事業慣行よりも利益を優先し続けるでしょう。世界有数のサステナビリティコンサルティング専門企業であるERM、サステナブルファイナンスを提唱する公益活動団体Ceres、気候関連情報の算定・報告ソフトウェアを提供するパーセフォニが共同で先日発表した報告書によると、保険引受業務への気候リスクが上昇する現在においても、保険会社は化石燃料に投資していることが明らかになりました。さらに、近い将来、気候リスクや関連する災害的事象が加速度的に増大するとの見方を裏付けるデータもあります。
そうした中、保険会社はサステナブルファイナンスよりも利益を重視し、サステナビリティの見込めない市場は放棄することをいとわない傾向が生じています。これにより、州政府の財務的負担が一層重くなっているのです。
連邦政府による支援打ち切りの可能性
気候リスクが原因となり、複数の州の財政が安定性を失えば、連邦政府がこうした州を救済できるかは不明瞭になります。そもそも連邦政府にそのような救済意思があるかも不明です。こういった近未来に対する不確実性も、州の財政リスク増大させる一因になっています。
倫理的行動と財務責任
民間保険会社がある地域から撤退した場合、倫理的、そして社会的な義務として、該当州政府が身代わりとなり、保険を提供しなければならないことは間違いありません。
その一方で、州政府は、信用格付けへの長期的な影響もしっかりと意識しなければならないのです。レジリエンスに優れたインフラ投資から、保険業務介入に際した官民連携の促進など、気候リスクを緩和する包括的アプローチを採用することが必要です。
これを怠った州は、財政危機に陥るだけでなく、国家経済に影響を及ぼしうる大きなリスクの火種になりかねません。
最後に
今回は気候変動の影響を受けた、米国地方自治体の新たな課題、役割そして責任をご紹介しました。
日本の脱炭素につきましても、地方の脱炭素をどう進めるかは大きな課題になっています。気候変動の激動の中、脱炭素を進めるだけではなく、今回ご紹介したような新たな課題にも同時に取り組んでいくことになります。
役割や責任が多角化し、なかなか難しい局面もあろうかと思いますが、私たちパーセフォニにサポートできること最大限に実施し、複雑化している気候変動・脱炭素に対して一緒に取り組んでいければと思います。
それではまた次回!
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