小さいときから「出産の痛み」がすごく怖かった私が、前向きな気持ちで産めたのはなぜか
テレビのせいで出産が恐怖に
(はじめだけちょっと痛みへの恐怖にフォーカスした文章を書いています〜。もし、私のように出産に対する恐怖心が強い方が見に来てくださっていたら、次の見出しまで読み飛ばしてもいいかも。(私は妊婦のときそういうの読みたくなかったので。))
10歳の誕生日を迎える夜、ふとんの中で気がついてしまった。10歳になる。歳が2桁になる。大人に近づいている!
てことは、出産も近づいている...!!
恐怖!!(いろんな段階が飛んでいる。)
恐怖のきっかけは、確かテレビでやっていた出産のドキュメンタリー番組。妊婦さんはだいたいみんな痛みで叫んでいて、そのつらそうな表情と、人の中から人が出てくるという物理的意味不明さとで、むくむくと恐怖心がふくらんだ。そのあとやってくる感動的で幸せいっぱいなシーンもぜんぜん頭に入ってこない。私は恐怖を処理しようとすることに脳みそを支配されてしまった。
さらに怖かったのは、一度子どもを宿してしまったらもう後戻りができない感。十月十日その恐怖に耐えなければいけないのかという絶望。
小学生の私は、出産の喜びや幸せにフォーカスするような年齢でもなく、いつか自分にもやってくるかもしれない痛そうなイベントに、ネガティブな想像ばかりふくらませてしまっていた。
出産の痛みへの恐怖は残ったまま、高校、大学と進んでいく。
友人との他愛もない会話の中で、「私たちも将来子どもとか生むのかな〜」なんて話題になると、私はきまって「痛そうすぎてムリ!」と話していた。
もともとそんなに子どもを持つことの憧れも強い方ではなかったので、もし今後子どもが欲しいという気持ちになったら、養子を検討しようかななんてぼんやり浮かんでくるくらいだった。
この人となら、育てていけるかな。
私の夫は、とても人の気持がわかるタイプの人である。付き合ってからも妊娠中も今も、私の体調や気分、気持ちをとても尊重してくれる。自分が何をしていても手を止めて私に返事をしてくれるようなところなど、とても尊敬している。
それから、自分の家族をとても大事にしていて、同じように私の家族もとても大事にしてくれる。
そんな彼と結婚生活を送っていたら、自然と「この人となら子どもを育てていけそうな気がする」と漠然と思うようになった。
(この時点では、「育てていけそう」と思えてきたもののまだ「出産の痛みへの恐怖」はある状態。)
猛勉強と集中。私は何にフォーカスするのか
そんな気持ちの変化があったからなのか、息子は割とすぐに私のお腹にやってきた。お豆さんのようにエコーに映る影。これが赤ちゃんですよという説明。実感はぜんぜんなかったけれど、明らかに新しいステージのドアを入ったところに立っているんだということにちょっと心拍数が上がるような感覚だった。
夫と二人、いつもどおりの生活をしてたらクレーンゲームのようにういーんと移動してきて、ぱっと降ろされたところの景色に「うわぁ〜!」と目をパチクリしているような。
そして、
妊娠がわかってから「痛み」との向き合い方は自然と違う形に変わった。
それまでは、出産といえば「痛みへの恐怖」にだけフォーカスしていた。でも妊娠がわかってからは、「少しでも不安をなくすにはどうしたらいいか」に意識が向くようになった。そうしなければ、不安なまま出産に挑むという不安に押しつぶされてしまうかもしれないと思った。
まずはじめにしたのは、「無痛分娩」をさせてもらえる病院を探し。幸い、通える範囲に該当する病院があった。しかし私の地元にはそういった病院はなく、「無痛分娩」か「里帰り出産」どちらかを選ばないといけなくなった。
が、ここはほぼ迷わず「無痛分娩」を選んだ。(最終的には家族の協力で、無痛分娩で産んでから里帰るという、いいとこどりにすることができた。)
ネットで出産について調べていると、「感動のお産」という目からウロコすぎのワードに出会った。
これは、広島にあるクリニックが提唱しているもので、麻酔などの処置で痛みを感じなくするのではなく、妊婦さんのお産に対する捉え方を変えることで、だれでも幸せで笑顔あふれるお産が可能、というものだった。
『痛い、痛いと痛みにばかり注目していたお産は「痛いお産」になる』
『自分はどんなお産にしたいのか、そこにフォーカスするのが大事』
というようなことが、先生の口から語られていた。
この動画を見ていたら、なぜかどんどん涙があふれてきた。たぶん”もらい嬉し泣き”だったんだと思う。出産に挑む妊婦さんたちはみんな幸せそうで、旦那さんや幼い兄弟もとても笑顔だった。私もこんなふうに喜びにあふれるお産がいいなと心が共感していた。
それからは、「感動のお産」「笑うお産」「気持ちいいお産」などの情報を調べまくった。そこから得て実践したことは、
・まずは母体である自分自身を大事にすること。
・無理をしない。要望を口に出す。
・自分を責めない
・どんなお産にしたいのかをしっかりイメージする。
・お産に関するネガティブな情報は見ない
・なんか嫌なエネルギーを感じる人の言うことは聞き流す
・しっかりと準備する。陣痛シミュレーションをする
・おなかの赤ちゃんとの意思疎通をとる。感じる。
・子宮、おまたを冷やさない。布ナプキンやカイロを使う。
・会陰マッサージ
・腹式呼吸の練習。ゆっくり吐く練習。
・適度な運動。(苦手だったので、ハードル下げて。)
・舌や胃に違和感を感じたものを食べない(妊娠して添加物の味がダメになった)
・自分の感情と向き合う。
・赤ちゃんの産まれてくる力を信じる
妊娠8ヶ月で産休に入ってからは、特に本を読んだりYouTubeをみたりする時間がたくさんあったので、とことんインプットができた。もともと自分を知ることにつながるような勉強は好きだったので全く苦ではなくむしろ楽しかった。
無痛分娩は心のおまもり
私は計画無痛分娩(入院してから陣痛促進の処置をして、陣痛がある程度進んだところで麻酔を入れて出産する方法)を選んだ。
病院で開催された無痛分娩の説明会では、麻酔科医の先生が「無痛分娩のメリット・デメリット両方知っておいてほしいが、最大のメリットは、痛みが怖い妊婦さんの心のお守りになること。お産はリラックスすることが一番大事だからね」とおっしゃっていて、やっぱり私には必要だと確信できた。(あとで聞いたら、夫も母も、他にもいろんな人が心配してくれていたそうだ。尊重してくれて感謝。)
出産当日の分娩室で、「呼吸法うまいしこのまま自然分娩でいけそうなのに、無痛でいくのね〜」と助産師さんに言われたのだけれど、もしそういうふうに見えたのだとしたら、まちがいなく「無痛分娩だから大丈夫」と思えていたのが大きな要因の一つなのだ。
こうして、つわりや大きなトラブルもなく着々とおなかが大きくなっていき、いよいよ出産となった。
当日の気持ちは、「ネガティブなことを考えてる暇はない、私がしっかり赤ちゃんと呼吸を合わせることに集中しなきゃ」という感じ。
集中力を保ったままお産は順調に進み、麻酔もいい具合に効いてくれ、無事に息子は生まれてきてくれた。
我ながら、こんなにマイナス思考の少ない気持ちでこの大イベントを迎えられるとは思っていなかった。あんなに出産が怖かったのに。
妊娠出産はこわくないんだよと教えてくれたような長男
「赤ちゃんは自分でどの両親がいいか選んでくる」
という考え方があるそうだ。
ファンタジーっぽいけれど私は信じたいと思っていて、だとしたらきっとこの子は「妊娠、出産はこわくないんだよ」と教えてくれるためにきてくれたのかなと思っている。
つわりもなく、大きなトラブルもなく、計画無痛分娩かつ初産にしては短時間で出てきてくれて、ほぼ予定日だったおかげで夫にもそばに居てもらえ、そして元気に生まれてきてくれて、本当にありがとうという気持ちでいっぱいである。
いつか息子がしゃべれるようになったら、なんでうちを選んできてくれたのか聞いてみよう。ぜんぜん違う理由だったりして。
不安は成長の材料にできる
妊娠、出産を経験する前の私は、まだ起こっていないことに対して勝手にもくもくと不安を大きくさせていってしまうところがあった。不安にばかりフォーカスしていたらそれは怖くなって当然だった。
そんな私でも、不安をバネにしっかりと知識をつけることで、またその上で「自分はどうなりたいのか」に集中して行動することで、モヤモヤした霧を抜けて前に進んでいける感覚を知れた。
なにか行動するのに結構勇気がいる私だけれど、貴重な、大きな成功体験になった。自分を褒めてあげられて、それが本当にうれしかった。
また不安がもくもくと湧いてくるできごとがあったら、今回のことを思い出して役立てようと思う。
もし、2人目が来てくれるとしたら何を教えてくれるのだろう。
「つわりがひどくてもちゃんと赤ちゃんは生まれてこれるよ」かな?
ガグブル..