#202 海老の尻尾の本質

海老の尻尾とゴキブリが同じ成分であるという話がある。それは、誰かがエビフライや海老天の尻尾まで食べていると、ある種のイタズラめいた意思のもとで発せられるつまらねー言説でもある。

私も例に漏れず、エビフライや海老天を食べるときは尻尾までバリバリ食べる人間だ。そして、それを見た他の人に先述のことを言われたこともある。

おそらく、それを言ってくる人は私がそれを聞いて「きゃー、気持ち悪い!なんでそんなこと言うんですかぁー」と言うのを期待しているんだろう。だが残念ながら、私はそんな他人が設計したコミュニケーションのレールを何の工夫もなく走るほど従順ではない。「あっそ」で済ませる暴走機関車なのだ。

しかし、成分が同じだとして何だと言うのだ。海老の尻尾とゴキブリの構成成分が同じだとしても、海の中を悠々と泳ぎ透き通った油で揚げられた海老の尻尾と、冷蔵庫の裏やキッチン周りの隙間で埃と油汚れに塗れながら這いずり回ったゴキブリとでは、心理的瑕疵が違う。そう考えていた。

2〜3年前、マッチングアプリで知り合った男と話をしていた時に昆虫食が話題に出た。相手は興味があって食べてみたいというのだ。私もちゃんとしたものは食べたことがなかったので挑戦したいと思っていたため、その男を誘って昆虫料理を出す店に行ったことがある。

その店では、所謂ゲテモノ系やジビエといった普通のスーパーマーケットにはない食材を使った料理をいくつか出しており、ドリンクもハブやマムシ、スズメバチやタツノオトシゴなどを漬け込んだものが用意された徹底ぶりだった。

私とその男は、とりあえず数種類の食用虫を素揚げして塩で味付けしたプレートを注文した。

ややしばらくして、そのプレートが到着する。ラインナップはコオロギ、タガメ、種類は忘れたが芋虫が2種、そしてゴキブリだった。

割と姿形そのままの状態で調理されて出てきたので思わず笑ってしまう。まるでティモンとプンバァのディナープレートだ。

ラスボスのゴキブリはまず置いて、比較的昆虫食の中でも馴染みのあるコオロギから食べていく。いくつか食べてみて、ほとんどのものがやはり土臭さや青臭さを感じた。塩味がついているし、油で揚げられてサクサクとスナック感覚で食べられる食べやすさはあるものの、美味しいものではないな、というのが正直な感想だ。

さて、ゴキブリだ。
流石にこれは口に運ぶまで躊躇はしたものの、私は硬派な人間なので男の前だからといって「きゃー、気持ち悪ーい!私食べられないかもー!」なんて情け無い茶番はしない。

数回無言で呼吸を整えてから、勢いよく揚げゴキブリを口の中に放り込んだ。

結果として、このプレートに並んだ虫の中でゴキブリは断トツに美味しいと思った。まさしく海老の殻の味そのものに近く、海老を丸ごと使ったえびせんや、それこそ海老の尻尾の揚げ物と遜色なかった。

ゴキブリを食べたことで思ったのは、構成成分が同じなら全く同じ味になるというのであれば、やはり近い将来に代替肉を含むあらゆる代替食品は実現されるだろうという確信めいたものであった。

今後、あらゆる食品の構成成分が分析されきって、それらを混ぜたもので作られた代替料理プレートなんかも作られるかもしれない。コスト的な問題さえ克服したら、将来の食糧難の時代にはエヴァンゲリオンでシンジくんが食べさせられていたディストピア飯(正確にはポストアポカリプス飯)が主流になるかもと考えると、少しワクワクする。何故なら、その時代にそのプレートを食べて「若い頃に食った本物の肉がどれだけ美味かったか」という話をする鬱陶しいババアになれるからだ。

昆虫食を食べ終えて外に出た際、相手の男に言われた。
「もっと躊躇するかと思ってました……」
だから言ったじゃないか。
私は暴走機関車なんだよ。

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