#182 美容院変遷期
昨年末に久しぶりに髪を切りに行った。
普段なら3〜4カ月ごとに行くことが多いのだが、4月に切ってからしばらく行っていなかったので、かなり伸びきっていた。
髪を切る時は、いつも決まった美容師さんに切ってもらっている。Nさんとここでは呼ぼう。Nさんと出会うまでの道のりは長かった。それはもう、うんざりするほど。
美容院で髪を切るようになったのは、小学校中学年ごろからだったと思う。それまでは肩甲骨まで長く髪を伸ばしていたのであまり切る機会もなく、たまに自宅で母親に切ってもらうくらいであった。
10歳ごろにその長い髪をバッサリ切りたいと言い、初めて近所の美容院へ行った。短くなった髪を鏡越しに見て、初めて「自分」になった気がしたのを朧げに覚えている。
しかしその後が大変だった。
中学への進学と同時に引っ越しもあり、その美容院には行けなくなったことから、新しい美容院を探さねばならなくなったのだ。
まず、近所にあった一番安い美容院に行くことにした。ドラッグストアの2階にあったその店に行くと、なんとも軽い調子の若い男が担当になった。
その頃、私はフェミニンな可愛らしいスタイルより、マニッシュまたはユニセックスなスタイルに惹かれていた。それは今現在にも通ずる、自分の好きなスタイル(ないしは性自認やジェンダーアイデンティティ)が確立されつつあったのだと思う。それもあって、私は同級生のマニッシュな女の子がしていた、ツーブロックに憧れていた。
だから、私はその美容師の男に「今日はどうしますー?」と聞かれて「短くして、ツーブロックにしたいんですが」と言うと男は笑いながら言った。
「えー、やめた方がいいよ!モテないじゃん!」
モテ。さらにタメ口。
相手に比べれば私は年下だろうが、初めて会う人間……それも客に対してその態度である時点でもう帰りたい気持ちでいっぱいだ。
そもそもモテとかどうでもいい。
私はモテたくて美容院に来たのではなく、長くなって鬱陶しくなった髪をどうにかして欲しいだけなのだ。
まともに話す気も失せて「短く整えてください」とだけ言って、目の前にあった雑誌を手に取る。パラパラと捲ると、ディズニーランドの特集が載っている。
「ディズニーランド行きたいのー?」
また男が聞いてくる。
捲ったら出てきただけで、特別な感情はない。とにかくこの男と喋りたくない。
「あぁ、まぁ」
とだけ返事すると、男が返事を聞き終わる前に言った。
「俺も行きたーい!」
と男が言ってくる。知らねーよ、黙れ。行くとしてもお前とは絶対行かねーよ。
クソ男のカットは思うような仕上がりでは当然無く、鏡を見て「自分じゃないな」と思った。値段が安いのも、シャンプーがなく、仕上げのドライヤーを客に任せるからだと最後に分かり、ますます不服だった。何故最初に説明しないのだ。
この、美容院業界に蔓延る「モテファースト」のせいで、なかなか自分に合う美容院が見つからなかった。
少し良い美容院に行っても、ツーブロックこそしてくれても「こうした方がモテる」「こっちの髪型にした方がカワイイ」と言われて、思うような髪型にしてもらって帰ることは少なかった。何故、どいつもこいつも私をモテさせたがるんだ。
結局、母親が通っていたおばちゃんが一人でやっている美容院にややしばらく通っていたが、普段ハイエイジなマダムばかりを切っているからか、どうも垢抜けない。私の顔が昭和顔なのも相まって(Nさんに言われたこと)ずっと一昔前の子どもみたいな髪型になっていた。
大学生ごろまでそんな状態が続いていたが、コンビニでバイトしていたときに出会った、近くの美容師にカットモデルをお願いされたことで、この長く暗いトンネルを抜け出せた。
最初に担当してくれたのは、私ですらヘロヘロに照れてしまいそうになるほど、的確かつ気持ちの良い「褒め」を致死量投げかけてくる、その美容院の店長だった。
ツーブロックはもちろん、私の趣向をしっかり踏まえた上で、トレンドも抑えた髪型にいつもしてくれる。美容院で最後に鏡を見るのが楽しみになるのは、久しぶりのことだった。
その系列店はどの人もレベルが高く、仕上がりが不満だったことがあまり無かった。普段のカットはもちろん、カットモデルのバイトも沢山任せてくれたのも嬉しかった。
その中で、当時系列店に勤めていたNさんのカットモデルへ派遣されたことがきっかけで、私はずっとNさんをヘアカットのパートナーとしている。
Nさんは私を使って、系列店のHPに載せる特集カタログの表紙用の写真を撮ったり、コンテストに出場したり、ヘアカットのファッションショーに出してくれたりした。一緒に過ごす時間が長かったことから、Nさんは私の趣向を完全に把握し、いつだって最適な髪型にしてくれる。
Nさんは数年前にその系列店から独立し、今はフリーランスの美容師として2カ所のサロンで働いている。働き方が変わっても、Nさんはいつだって私の趣向にあった髪型にしてくれる。
Nさんの何が良いって!
私が椅子に座って髪型の希望をざっくりと伝えると、間髪入れずにバリカンで側頭部を刈り上げ始めてくれるところだ。