幸せについて
うちは年収1000万以上の世帯
両親は大学のサークルの先輩後輩で
恋愛結婚、夫婦円満でした。
それだけ聞いたら
結婚大成功、人生安泰
みたいな感じがしますが。
田舎出身の母は
都会に嫁いで苦労をしたようです。
まず、水が不味くて飲めない。
大気汚染による悪臭で外で嘔吐く。
高い建物の窓の反射の光で目がやられる。
夜中でも騒音が鳴り響き、頭痛がする。
電車がややこしくて混乱する
野菜が高くて不味いなどなど....
空気がよく、星がキラキラ見えて
新鮮な野菜が庭にあったりもらえたりするような
そんな当たり前の日常が一変したことによって
適応障害、うつ病になってしまったわけです。
これは相当きついことなのでしょうね。
もし私が明日から田舎で暮らせと言われたら
鬱になることは容易に想像できます。
今の時代だったら
同棲して、都会に暮らしてみて
色々準備したりして考えられるでしょうね。
そんな中で母は
子供(しかもW発達障害!?)を授かる訳です。
最近は「精神疾患の人は子供を産むな」的なことも言われます。
だけどどんな人も
結婚、出産、専業主婦が当たり前の時代がありました。
今のように
「どんな人が子供を持つべきか」議論される風潮とは違ったので
わたしのような人間が生まれても仕方なかったのです。
だから私は被虐待児。
鬱の人が子育てをすることがどれだけ大変かということです。
この大変さについては今も昔も変わらないと思います。
だから「精神疾患が子供を持つな」と言われているわけでしょうし。
鬱だと感情の波が強いし
常に体調が悪いので寝てばかりです。
うちの母も
たまに起きてきたかと思えばヒステリック。
甲高い声で怒鳴り続け、物を投げ、床に突っ伏して泣いていました。
だから幼少の記憶の中の母親は
ずっとパジャマを着ています。
都合が悪くなると殴り、蹴り、私を外に放り出す。
酷い時は熱湯をかけたり
周りが娘に関わらないように仕向けたりします。
そういうことを書くと
私はかわいそうな子だなと思えてくるのですが
かわいそうではない部分もありました。
発達障害故、
他の健常な子供のように、
また育児本のいうとおりに、すくすくとは育たなかったという
現実があります。
謎の言葉や謎の動き
癇癪、偏食、過敏症、こだわり、不眠
元気な人でも多分、私を殴ったんじゃないだろうかと思います。
これもね、
まあ仕方ないんです。
私もそう生まれてきたかったわけじゃないけど
後でわかった話、父親がアスペルガーなので
そうなる確率が高かったのです。
だけどそもそも発達障害なんて
昔はそんな言葉さえなかったですし。
今は療育とか支援級とか色々ありますけど
とりあえず問題のある子が行く
「ことばの遅い子の教室」みたいなのに通っていました。
(口は達者だったんですけどねえ…)
妹がうまれた頃には母親も落ち着いていて
都会にも慣れてきて
幸い彼女は多動児じゃなかったので
心静かに育児ができたと思います。
だから彼女は親から殴られたことがない。
とにかく人形みたいに
ずっと真顔でかたまっていたから
大人からすれば楽だけど
どこかおかしい子ではありましたね。
だけど妹も発達障害であることがのちにわかります。
余談ですが父はトランペット
母はフルートを吹いていた音楽一家だったんです。
毎日一流の音響からとめどなくクラシックが流れていた。
当然私も親の影響でピアノとフルートをやりました。
妹の方はというと楽器よりも踊りが好きで
幼い時からバレエをやっていました。
今思えばあれは摂食障害への入口でした。
幼い完璧主義のアスペルガーに
食事管理や体型管理をさせたらどうなるか。
人と並んで比べさせたらどうなるか、わかりますよね。
しかも
バレリーナになれる人というのは
ごくごく少数です。
もう生まれつきの骨格で決まっているのです。
股関節も人によって違います。
妹の場合は
バレエに向いている体ではありませんでした。
(私も、フルートに向いている唇の形ではありませんでした…)
だけど彼女は踊るのが好きで
しばらくやめられませんでした。
結局全く食べられなくなり、鬱になり、死にかけるのです。
彼女は今も「こどおば」です。20代も後半です。
学校もやめて、ずっと家の中にいます。
不幸中の幸い
私には社交性がそなわっていたため
外部の人に随分と助けられて来ました。
結婚もしました。
外の世界をよく見て、聞いて、
結局どうしようもない人間の集まりだったなと
今は家庭を振り返ります。
長々と話してきましたが
結局何が言いたいかと言いますと
「金がありゃ人生なんとかなるか」というと
ならなかったっぽい
という話です。
「鬱家系」
つまり、遺伝。
最近はその遺伝というものについて
熱心に調べています。
背が低い高いだとか、ひとえ、ふたえだとかみたいに
親から譲り受けたものは
自分の努力とは関係なくふりかかってくる
災害のようなもの。
遺伝したものが
時代に合っていて
社会的にも価値のあるものだったら幸せを感じやすいですね。
私は長らく自分を責めてきたんです。
なぜ鬱になったのか
なぜ鬱を脱せないのか
よくよく考えたら私は
鬱からうまれた鬱太郎なのでした
ここから脱せるわけがない。
だから
「親ガチャ」この言葉については
よくできた言葉だなと思っています。
自分はややハズレっぽいですね。
人生くじの
残念賞のポケットティッシュ
ではないけれど
E賞の携帯画面クリーナーストラップ
みたいなところでしょうか。
それはそれで良かったのですが
裕福だったから
A〜B賞の子ばかりが通う学校に入れられて
日々劣等感を育ててしまったんでしょうね。
もちろんもっと苦しんでいる人は
沢山いると思います。
世界規模で考えれば
日本に生まれただけでも幸せだからです。
そういうことも踏まえて、
もし優れた人はごくごく一部で
ほとんどがハズレなのだとしたら
自分はいうほどハズレか?
というような気持ちにもなってきています。
なので
「お互い大変だよね、
何があるか分からないけれど、よかったら
協力していこう。」
そう言い合える仲間がいれば心強いです。
だからアスペルガーなりに
思いやりを持ちたくて奮闘しています。
人間関係において、
時に媚びますし
時に無理もします
仲間を増やしたいからです。
SNSアカウントもそう。
好き勝手に話しているように見えるかもしれないけど
ここに何か生きるヒントはないかと探すし
何か誰かに与えることは出来ないかと言葉を残している。
昨今
スマホで繋がっている気にはなれるから
人生は孤独でいいと決める人も多いです。
だけど私は
自分のためにだけ生きられるほど
自分が好きじゃないんです。
だから結婚もしたし、多分子供も持つ気がする。
私から私への愛が一直線に向かわなくても
誰かに向かった愛が
私にも少し被弾して返って来れば
それだけでなんとか生きていける気がしたからです。
夫に味噌汁を作るとき思います。
私が私だけのために
こんなに丹精を込めて出汁をとることはありません。
だけど夫のためには良いものを作りたいので
その残りを自分もいただいていいかなと思えます。
それを口にした時
少し幸せを感じます。
それが今の私の生き方のようです。
将来私が生まれた子がどんな子であっても
その子を殴らないように
ここに文章を残しました。