「苔むさズ」 #05
ゴリさん担当の「港でデート」特別号の制作が始まった。ゴリさんは、モトヒロさんやタケシさん、ノリコさん達と違って、アンダーグラウンドやプロディジーやオアシスなんかをかけながらあーだこーだ語ることもなく、ひたすらに雑誌デザインに神経を注いでいた。
ゴリさんがデザインオタクというのではなく、それはゴリさんが元々ラグビーやスノボー・サーフィンを愛するスポーツマンであり、そこに注ぐ真っ直ぐでストイックなマインドを、仕事においては単純に雑誌にスライドしているだけなのだ。
そして、私はそのゴリさんの仕事の仕方が誰よりも好きだった。
ある日りんちゃんと私が、ゴリさんのデスクに置いてあった作りかけの手作りの表紙の試作を発見して、きゃっきゃっと騒いでいた。
そこには、ビルや大観覧車や港に停泊する船や歴史的建造物を厚紙でそれぞれかたどってランダムに並べ、敢えてごちゃごちゃと散りばめてあるのだ。ゴリさんは恐らくこれを元に、外部のプロのクラフトデザイナーに本物のデコレーションを作ってもらって、それを撮影したものをPhotoshop で加工し、表紙にしようという計画だ。まだ素人の私に、専門学校で雑誌デザインを学んだ20歳のりんちゃんが教えてくれた。
りんちゃんはとても興奮していた。
りんちゃん自体がこの港で生まれ育ち、また彼女もスノボーとサーフィンを愛する女子だったため、ゴリさんに対する憧れの眼差しは、
少なくともそこに居合わせているもう2人の男子に対するよりも遥かに鋭く期待を持つものだった。それは私も同じだった。
ゴリさんの容姿だけをとれば贔屓目にみても下の上なのに、りんちゃんも私も、彼のデザインの仕事の仕方や、健康的で優しい性格な所がとても気に入っていた。
かく言うりんちゃんも小悪魔的ないわゆる超可愛いギャルで人なつこい性格なので、彼女に関しては無条件に編集部・デザイン部の誰もが夢中だった。
そんな小悪魔りんちゃんが、きゃっきゃっとやってるので、当然モトヒロさんはいつもながら3時半頃出社するとすぐに、
「何騒いでんだよぉ〜」とりんちゃん・私、とゴリさんの間に無理やり割り込んできた。
「あ〜!またやっちゃってるのねーこれ系!くっくっくっ。ゴリ君もこりないよなー」
と、モトヒロさんは肩を揺らしながら大声を出したが、しかしこの時は目が笑っていなかった。その目には明らかな嫉妬と挑戦が入り混じったゴリさんへの反抗が見え隠れしていた。ましてや、アイドルのりんちゃんまでが夢中になって騒いでいるのだから虫が好かないのかもしれなかった。
ゴリさんの持つ創造性や細部までにこだわるエネルギー、またはその彼独自の表現を実現しようとする行動力を、モトヒロさんは持ち合わせておらず、繊細なモトヒロさんはそれを自覚している様だった。
「さぁーってと、またやるかー俺のいつものつまらんページをよぉー!」
と、マサヒロさんは相変わらず柄悪く気怠く不機嫌な態度を見せながら、ゴリさんの仕事はあくまでも与えられた特別号という仕事が、ゴリさんに有利に働いているかのように、その場を演出してみた。そして自分は平凡な連載ページが担当な為に実力が発揮できないのだ、とでもアピールするかの様に、特にりんちゃんにそれを訴えているようにみえた。
私は、ノリコさんの「子供」事件以来、皆と打ち解けるというよりは、少し距離を置いて自分を皆と違う次元の小さなカプセルボックスに隔離するイメージをもって過ごしていた。
それは、ノリコさんやモトヒロさんなどの攻撃性の強い人物から自分を保護すると同時に自分が仕事において皆より劣っている事を自分に言い聞かせる意味を持っており、そうすることで気持ちをニュートラルに保つことができた。
雑用係から少しずつ脱出し、QuarkXpressでのレイアウトを思ったより早く習得したことで、
私はサヤさんからの信頼を少しずつ得て来ている事を感じていた。だから尚更あくまでも機械的にPower Macと一緒に動く1人の人間として扱って貰う方がずっと楽だった。
8月に入ろうとする、真夏の夜に、
ショウタ君が、最後に一度ちゃんと会おうと言ってきた。
私が仕事をしている、この港の埠頭まで、最初のボーナスで買った中古の白いホンダのボックスカーでやってきた。
彼もまた、大学で造形物のデザインを専攻していたので、それを生かしてテレビの大道具やセットを制作する会社に入社した。
だから、仕事やキャンプなどのプライベートの両方で使えるこの大きなボックスカーがお気に入りのようだった。
この夜に話す内容はうすうす分かっていたものの、私はショウタ君の口から他の女の名前や2人の関係に関して直接的で決定的な何かが出てくるのを恐れていた。
その反面、わざわざここまで車を飛ばしてくるというのには、良い告白もあるようにも思え、内心少し期待した。
待ち合わせ予定の埠頭の近くにあるカフェに入ると、ショウタ君は窓際の港が見える角の席に座っていつものマイルドセブンをふかしていた。
私はドアに入ってから、ショウタ君に近づくまでの10Mほどの間にその彼の疲れ切った横顔を見て、こちらが来ることをそれほど楽しみに待っている様子ではないと感じた。真っ直ぐと暗闇の港に光る高速道路から落ちるライトが反射して揺れる水面をボーっと眺めている様子をみており、この後楽しく笑いながら話す内容はないのだと悟った。
私が1M位に接近した時に、やっとショウタ君は顔をこちらに向けた。
その顔は驚くほど憔悴しきっていて、落ち窪んだ目元は何か私には知り得ない様な事件の真相と責任でも抱えている様な悲しみを訴えていた。
「エリコ、おつかれ。」
#エッセイ #小説 #20代の苦悩 #デザインの仕事 #雑誌の仕事
[続く]