プラネタリウム版「宇宙の話をしよう」制作秘話 vol.4-[小野雅裕]
僕はだいたい毎年、エイプリルフールにしょうもない嘘をつく。オバマ政権が全米で寿司を半額にしたとか (2009年)、みーちゃんが赤ちゃん宇宙飛行士に選抜されたとか (2016年)、交信が途絶えた火星ローバー・オポチュニティをキュリオシティが救出したとか (2019年)。『宇宙に命はあるのか』を出版した直後の2018年にはこの本が映画化されるというネタを投下した。もちろんそんな話は宇宙のどこを探してもなかったわけだが、これをうかつにも信じてしまった読者の方達をガッカリさせてしまったことが、心に引っかかっていた。
ところが、2020年にこの本の第1章を子ども向けに書き直した『宇宙の話をしよう』が出版され、さらに今年の1月にそれがプラネタリウム番組化されたのである。嘘から出たまこと。形はだいぶ変わったにせよ、5年前に根拠もなく言ったことが本当になってしまった!
説教くさい校長先生やお坊さんがいつも「人の縁を大事にしろ」なんていうが、人の縁の大切さをこの時ほど実感したことはない。この思いがけない話が実現したのは人の縁のおかげに他ならないからだ。
本当に色々な縁と幸運が重なった。まず、今回の制作メンバーである西香織さんとミツマチヨシコさん。このメルマガに星空案内と切り絵を毎号届けてくれるこのお二人とは、たしか『宇宙に命はあるのか』を出した前後の読者イベントで知り合った。その西さん、単なる笑顔が朗らかなお姉さんではなく、素性はなんとコスモプラネタリウム渋谷の解説員さん。さらにミツマチさん経由で知己を得た村山能子さんという解説員さんも数年後にコスモに転勤になった。そんな縁で何度かコスモのイベントに呼んでもらった。
縁はこれだけではない。このコスモプラネタリウム渋谷、会社こそ違えど僕が子供の頃に足繁く通った渋谷の五島プラネタリウムの系譜を引いていて、五島の名物解説員だった村松さんや永田さんもおられるし、星座絵図投影など五島から引き継いだ機器もある。コスモプラネタリウム渋谷と同じビルの2階に当時の投影機が保存されている。巨大な蜘蛛のような投影機と再会した時、子供の頃に父に手を引かれてワクワクしながらプラネタリウムのドームに入った思い出が蘇ってきた。「そうか、お前が僕をここに連れてきてくれたのか。」そう心の中で語りかけた。
そんな縁があり、2020年に「レッドフロンティア」という火星探査のプラネタリウム番組の監修・ナレーションを担当させてもらった。村松さんや永田さんが喋るプラネタリウムのドームに自分の声が流れるなんて感無量だった。
そして2022年、西さんから『宇宙の話をしよう』のプラネタリウム化の話をいただいた。エイプリル・フールが形を変えて実現してしまった!「嘘だけど、嘘じゃなかった!」とドングリの芽を見つけた朝のサツキとメイのように喜んだ。縁が運を運んできてくれた。
同じクリエイティブな仕事でも、映像作品を創るのは一つの点において本を書く仕事と根本的に違う。
チームで創るという点だ。
本ももちろん編集者の助けを大いに借りて創るが、書くのは自分一人である。『宇宙の話をしよう』の時は100人近くの子供や大人からフィードバックをもらいながら書いたが、最終的に文章を書くのは僕、絵を描くのは利根川さんだけだった。
映像作品は一人では作れない。とはいえプラネタリウム番組は映画のように予算が潤沢ではないから、何百人ものチームは雇えない。制作チームは構成・演出・シナリオ制作を担当した西さん、イラストの利根川さん、背景画のミツマチさん、制作会社からは映像担当のマークさんとコーディネーターの松嶋さん、プロデューサーの三谷さんそして僕の7人だった。
チームで一つのものを創り上げるのは楽しいことも大変なこともある。クリエイティブな人がたくさん集まると、どんどん色々なアイデアが出てくる。しかし一方で意見が合わないことももちろんある。夏に帰国した時は対面で、僕がアメリカにいる時はメールやZoomで、ああしよう、こうしようと長い時間をかけて議論をし、アイデアを一つのストーリーにまとめていった。
『宇宙に命はあるのか』はNASAの技術者の「パパ」と12歳の娘の「みーちゃん」の会話を通して、SFのイマジネーションが実現していく歴史を追う話だ。もちろん「みーちゃん」は現実の僕の娘ではなく、僕自身や僕が知っている宇宙っ子たちをブレンドして創ったキャラクターである。宇宙開発の輝かしい側面だけではなく、ダークな面も隠さずに書いた。だから宇宙の本なのに奴隷貿易や戦争の話も出てくる。そのようなことも子どもに隠さず伝えるべきだと僕は考えているからだ。
僕が嬉しかったのは、制作メンバーのみんながこの話をどうやって楽しく、分かりやすく、印象深く映像にするかを真剣になって考えてくれたことだ。まるで「みーちゃん」の親が7人いるようだった。だからこそ意見が対立することもあるのだが、火山から新しい大地が生まれるように、衝突は創造の一過程なのである。この仲間と一緒にこの作品を作れて本当に良かったと思った。
みーちゃんとパパの声を吹き込む声優さんを誰にお願いするかについても、7人で真剣に話し合って決めた。みーちゃん役は岡田日花里さん、パパ役は織田優成さんに決まり、11月に収録が行われた。僕はアメリカだったので、夜に子守や家事をしながらZoom越しで収録を見守った。二人の声の魔法で、僕と利根川さんが創ったキャラクターに命が吹き込まれていった。
年末年始のマークさんの猛烈な追い込みのおかげで、7人が手塩にかけて育てた作品は無事に完成した。静止画だったみーちゃんが画面の中で飛び跳ねたり走り回ったりしていた。達成感とともに、みーちゃんが自分の手を離れて旅立ってしまったような寂しさも感じた。
僕はまだ、全天ドームでこの作品を見れていない。見た人がTwitterやFacebookに興奮をシェアするのを見るたびに羨ましくなる。7月に日本に帰るときに、コスモプラネタリウムのドームで、西さんと村山さんの解説でみなさんと一緒にぜひ見たいと思う。早く見たいよ〜!!!!
チームで作り上げたこの作品、もちろん老若男女・地球人宇宙人いろんな方に見てほしいが、とりわけ子供たちが見てくれたらと思う。30年以上前、父に連れられて行った渋谷の東急文化会館の古ぼけたドームで満天の星空を見た記憶は今も心に焼き付いている。
『宇宙の話をしよう』のプラネタリウムも、それを見た子供たちの心の片隅に二十年、三十年と残るものになったらいいなと思う。
ところで、この番組の制作中、現実の小野家にみーちゃんの弟のゆーちゃんが生まれた。いづれ、ゆーちゃんが登場する続編も作らなくてはならないと思っている。
小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。
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