宇宙とは何か vol.04「夜空が暗い理由」松原隆彦
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)で宇宙論の研究にあたる松原隆彦教授による、「宇宙とは何か」の講義をお届けします。今回は第4回。前回までは天動説から地動説へと通説が移り変わる宇宙観の歴史を見てきました。さて、古の人たちは、そして今も私たちは、何度も夜空を見上げるなかでそうした見識を得てきました。今回は、そんな「夜空」の話をしていきましょう。
※この原稿は、2024年1月7日発売の『宇宙とは何か』(松原隆彦/SB新書)を元に抜粋しています。続きをすぐに読みたい方は、ぜひ書籍をご購入ください。
また、宇宙にまつわる疑問について、松原先生が読者の皆さんからの質問にお答えいただく質問会も開催いたします!
下記のイベント日時をご確認の上、参加受付フォームよりお申込みください。質問会の申込みは、2月13日㈫23:59までにお申し込みください。
松原隆彦先生オンライン質問会 ※このイベントは終了しました。
開催日時:2024年2月15日(木) 19:00~21:00
参加費 :無料
対象年齢:小学生から大人まで
参加方法:オンライン(Zoom)後日、メールにてURLをお送りします。
申込み :参加受付フォーム
↑上記の参加受付フォームよりお申込みください。
主催 :宇宙メルマガTHE VOYAGE編集部、SBクリエイティブ株式会社
※質問会の申込みは、2月13日㈫23:59までにお申し込みください。
事前に書籍を読むことを推奨します。(あくまで推奨)
noteで公開する範囲を読んで、ご参加いただくというかたちでもOKです。
地球に似た惑星もあるのか?
夜空を見上げると、数えきれないほどの恒星が輝いています。太陽のような星が、太陽系の外に数多くあるのです。それでは、太陽系の外に地球に似た惑星(系外惑星)は存在するのでしょうか。つまり、夜空に見える恒星も太陽と同じように惑星を持つのでしょうか。次に気になるのはそこです。
大型望遠鏡が作られるようになった20世紀から、多くの天文学者たちが惑星を探すようになります。でも、惑星は恒星と違って光らないし、小さい。直接観測するのは相当難しいので、さまざまな手法を開発しながら探しました。
はじめて系外惑星が見つかったのは1990年代。スイスの天文学者ミシェル・マイヨールと、彼のもとで学んでいたディディエ・ケローが、ペガスス座51番星bの発見をイギリスの学術誌『ネイチャー』で発表しました。彼らはこの功績で2019年にノーベル物理学賞を受賞しています。意外と最近のことなんです。
その後もいくつか系外惑星が見つかりましたが、研究をするにはもっと数がなければなりません。系外惑星の観測数が飛躍的に増えたのは、NASAが2009年に打ち上げたケプラー探査機によってです。
燃料がなくなってミッションが終了する2018年までの9年半で、ケプラー探査機は膨大量の観測データを残しています。現在確認されている系外惑星は5000個以上です。ほとんどの恒星は惑星を持っているようだということがわかってきました。
――地球に似た惑星も見つかったんですか?
ハビタブルゾーンに存在する、地球サイズの惑星は20個ほど見つかっています。ハビタブルゾーンとは、生存可能な領域です。生命が存在するためには、液体の水が安定的にあること、温度が適度であることなどの条件を満たす必要があります。恒星に近すぎても遠すぎてもダメです。大きさも地球と大きく異なると、重力が強すぎたり弱すぎたりして活動ができません。
2019年に見つかった、ティーガーデン星の惑星2つのうち1つ「ティーガーデン星b」は、地球にかなり似ていると評価されています。水が存在できるハビタブルゾーンにあり、地球より少しだけ重い惑星です。
――じゃあ、人間が暮らせるんですね。
理論上はそうですが……。ティーガーデン星bは地球から約12光年です。つまり、光の速さで移動しても12年かかることになります。実際にはそんなスピードで進むことはできません。
2019年には、惑星「K2-18b」に、太陽系外ではじめて水蒸気の存在が確認されたことがニュースになりました。海があるかどうかまではわかっていませんが、今のところ最有力候補だと言われています。このK2-18bは約124光年先、しし座の方向にある赤色矮星のまわりを公転している惑星です。光でも124年ですから、遠いです。
でも、いよいよ地球がダメになると思えば、何世代をかけてでも移住する人はいるのではないでしょうか。移住のためのテクノロジーは、私のような研究者だけでなく、NASAをはじめとする技術開発者の出番です。
恒星が無数にあるのになぜ夜空は暗いのか?
宇宙空間に星が無数に散らばっているのであれば、星々から届く光であふれ、夜でも明るくなりそうなものです。だって無数なのですから、それらの星々の光が重なり、無限の明るさになってもいいのではないか。そんな疑問が湧いてきます。ではなぜ、現実の夜は暗いのでしょうか。
――夜は太陽の光が当たらないからと習った気がします。太陽の光が当たる半分が昼で、太陽の反対側が夜……え、違うんですか?
太陽が出ていない時間であっても、夜空には太陽のような恒星が無数にあるんですよ。仮に、明るく輝く星が無限に存在しているのだとしたら、どうですか。私たちの視界は、輝く星で埋め尽くされて、昼でも夜でも空一面が明るくなるはずなんです。
深い森の中にいることを想像するとわかりやすいでしょう。自分に近い位置から遠い位置まで、無数の木が生えています。木の壁によって、森の外を見通すことはできません。そんなイメージです。
近くにある星は明るく、遠くの星は暗く見えるはずですが、星の数は距離の二乗に比例して増えていきます。つまり、遠くなるほど、視界に入る星の数が増え、その分だけ明るくなる。それなら、どの方向を見ても夜空は明るくなくてはおかしいのです。
実はこの問題は長い間、科学者たちの頭を悩ませてきました。この謎に取り組んだ天文学者オルバースの名前から、「オルバースのパラドックス」と呼ばれています。
さて、どうやって解きましょうか。
まず「夜空は本来、光り輝いているべきだ」というとき、「宇宙は無限に広く、星の数は無限で、一様に分布している」ということを前提にしています。
オルバースがこのパラドックスを考えていた頃、「宇宙の広さも星の数も無限」と思われていたのは、星が1か所に集まっていないからです。質量のある物体同士は、引力で引き合いますから、星の数が有限だとすると、いずれ星々は1か所に集まってしまうはずです。そうなっていないのは、宇宙が無限で、星々が絶妙なバランスで均衡しながら、一様に分布しているからだろう、と思われていました。
そのうえで、オルバース自身はどう考えたか。オルバースは、「宇宙には何か不透明なものがあり、星々から放たれる光をさえぎっているのではないか」と考えていました。
確かに、宇宙空間には希薄なガスや、ちりがあります。「星間物質」です。星間物質の密度が高い場所では、確かに星の光がさえぎられてしまう。そのせいで暗く見える領域を「暗黒星雲」と呼びます。
でも、たとえ宇宙が星間物質で埋め尽くされていたとしても、無限の星から放たれた光により温められ、最終的には背後からの光と同程度の光を放つようになります。それに、実際は暗黒星雲がある場所のように不透明なのはごく一部で、宇宙空間のほとんどが透明です。残念ながら星間物質ではこのパラドックスを説明できません。
オルバース以外にも、このパラドックスを説明すべくさまざまな解答を出した科学者たちがいます。
1つ取り上げるなら、ヘルマン・ボンディが1952年に提示した赤方偏移による説です。20世紀前半になって宇宙が膨張していることがわかると、それにともなって光の波長が引き延ばされていることもわかりました。これが「赤方偏移」です。
はるか遠くにある恒星から可視光線が放たれても、地球に届く頃には波長が伸びて、目に見えない赤外線や電波になってしまうというわけです。
ボンディの説は間違ってはいないのですが、それでもやはり、赤方偏移の効果だけではこんなに暗くはなりません。
宇宙には始まりがある
さあ、そろそろ答えへと移りましょう。オルバースのパラドックスを解決する説明は、「宇宙には始まりがある」です。一言でいうなら、そうなります。
最初にこのパラドックスを説明したのはウィリアム・トムソンだと言われています。実はトムソンは1901年に解答を出していたのですが、しばらくの間、注目されませんでした。
トムソンは、昔の宇宙には星がまったく輝いていない時代があったことや、地球から見渡せる宇宙の広さには限界があることなど、現代の宇宙像に近い姿を想像していたようです。そして、星には寿命があり、見える宇宙の範囲も限られているから夜空は暗いのだと説明していました。
オルバースが活躍していた頃は、宇宙には始まりも終わりもなく、星々ははるか昔からそこに輝いていると考えられていました。
ところが、それは違いました。赤方偏移の説明をしたときに少し触れましたが、1929年、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルが、宇宙が膨張している証拠を発見しました。宇宙が膨張しているということは、昔にさかのぼれば宇宙が1点に集まっていたはずです。つまり、宇宙には始まりがあるということになります。
現在では、宇宙が約138億年前に誕生したことがわかっています。
光のスピードは有限です。100光年先の恒星から現在の地球に届いた光は、100年前に放たれた光です。宇宙が誕生した約138億年前から現在までに、光が到達できる距離の範囲にある星の光しか、観測することができないのです。宇宙が無限かどうかはさておき、見通せる宇宙の広さは、少なくとも有限ということです。
――ということは、時間が経つほど夜空は明るくなっていくのでしょうか?
膨張を無視すれば、より遠い恒星からの光が増えていくためそうなります。赤方偏移の効果は全体としては小さいので、単純に考えれば、時間が経つほど明るくなるとも考えられるでしょう。ただし、あまりにも時間が経ちすぎると、今度は近くに見えている星が燃え尽きて暗くなってしまいます。
《続きは次回、vol.05をお待ちください》
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松原隆彦
1966年、長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所(KEK素核研)教授。博士(理学)。京都大学理学部卒業。広島大学大学院博士課程修了。東京大学、ジョンズホプキンス大学、名古屋大学などを経て現職。専門は宇宙論。日本天文学会第17回林忠四郎賞受賞。著書多数。
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