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新札から学ぶ「信用」と「信頼」。お金の貸し借りの、一つの考察です😊

私が生まれ育ったのは、東京都北区中十条。

そしてこの7月3日より新しくなる1万円札の肖像となった、渋沢栄一翁にゆかりのある飛鳥山公園は、小学生時代の遊び場でした。

多くの方はご存知ないかもしれませんが、平成5年まで、スカイラウンジと呼ばれるこんなお洒落な展望台があった場所です。

そう言えば、、、小学校時代の写生会は飛鳥山で行われ、この展望台を描いた記憶があります😁


そしてその飛鳥山公園に隣接するのが、日本のお札を印刷している「国立印刷局」の東京工場。

そしてそして、私たちが昨年設立した「特定非営利活動法人マネースマイル探究所」は、どうやら国立印刷局さんと不思議なご縁があるようです。

新札が発行されるこのタイミング。

マネースマイル探究所としては、何かイベントを企画したいと考えていますが、その話はまた改めて😊

巷での新札の話しと言えば、やはり偽造防止技術が話題になることが多いと思いますが、このタイミングで私たちが学ぶべきことの一つには、

「なぜお札が生まれたのか」

ということもがあると思います。

新しくなったタイミングだからこそ改めてその歴史を紐解き、キャッシュレス社会となる前に、子どもたちに何か大切なことを伝えるヒントになったらと考えます。


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物々交換を媒介するものとして「お金」が生まれ、もともとは貝殻や布だった形が、金や銀という素材を使うようになり、そして「貨幣(コイン)」になっていったというのは、多くの方が知っているところだと思います。


世界で最初のお札は、1300年ごろに中国で生まれたとされています。

そして日本では、1610年ごろに「山田羽書(やまだはがき)」と呼ばれるお札が伊勢商人によって生み出され、明治時代まで約250年もの間、伊勢周辺で流通していたそうです。

ここで大きなポイントになるのは、それまでの「貨幣」は、いわば素材そのものに価値があったのに対し、紙である「お札」には、素材そのものに価値がないのに、お金として利用されていたことです。


ここでキーワードとなるのが「信用」です。

私たちがお金に対して価値を認めるのは、それを発行しているのが、国だからでしょう。

大きな意味で国を信用しているから、国の発行している「お札」の価値を私たちは信用しています。

まったく見ず知らずの団体が、勝手に紙に「1000ペペシ」とか書いて流通させても、それはただの紙切れに過ぎません🤣🤣🤣

つまり「お札」とは、「信用」が裏付けされて、初めて価値を持つものだということです。


ではなぜ、山田羽書が「信用」されたのか。

もともと重くかさ張る貨幣を使用していましたが、その不便さを解消するため、伊勢商人たちは金額を紙に書いた手形を個人的に発行し、利用し始めます。

ただ個人発行だったものが、早い時期から「御師」と呼ばれる伊勢神宮の神職である人たちが作った、三方会合という自治組織に管理が任されていたようです。

伊勢神宮は、今も昔も日本神社の総本山✨

つまり山田羽書の後ろ盾として伊勢神宮が存在したことが、このお札の信用力を爆上げしたものと考えられます。

日本人にとって普遍的な信用を持つ「伊勢神宮」という存在があったからこそ、250年もの長期間に渡って流通していたのでしょう。

ただの紙切れに、金額が書いてあるだけなのに、です。


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ところで、信用と似た言葉として「信頼」があります。

「信用」と「信頼」って違うのでしょうか?


ググってみると、ありました。


抜粋してまとめると、

  • 「信用」とは、これまでの実績や成果に対する評価から生まれるもの。すなわち客観的であり、数値化できる

  • 「信頼」とは、その人自身の人柄や考え方、立ち振る舞いなどに重きを置いた評価。つまり抽象的であり、感覚的なもの

この中で、個人的に良いこと言ってるなぁと思ったのが、次の一文。

信用過去から判断する現在の評価であるのに対し、信頼未来への期待も加わっている

山田羽書は、伊勢神宮というはるか昔から日本の神社の総本山という、客観的な事実があったから「信用」されたのです。


そして、この一文を読んで考えたのが、

お金のトラブルでよく聞く言葉として「信用して貸したのに・・・」。


この言葉、実は間違っているのでは?😅ということです。


多くの場合、「信頼して貸したのに・・・」、ではないでしょうか。

貸したのに返済されないパターンの多くって、ホントに「信用」して貸したわけではないですよね?

その相手に、「信用」できる何かの実績はありましたか?

ホントは、なんとなく「いい人」みたいに思って、貸してませんか?😁


私は、お金を貸すこと、借りることが、一概に悪いことだとは考えていません。

それが、たとえ子どもであっても、です。

ただ貸す時には、「信用」して貸すのか、「信頼」して貸すのか、きちんと自分の中で言語化し区別をしておいたほうがいいと思います。


「信用」して貸すならば、返してくれることを期待して良いかもしれません。

なぜならば、その相手に、何か信用に値する裏付けがあって貸しているのでしょうから。

その代わり、もし返してくれなかったときには、少々精神的に辛いかもしれませんね。

山田羽書がある日突然、紙っぺらになってしまうようなものです😳


一方「信頼」して貸すならば、そのお金は、貸した相手に対しての投資と言えるかもしれません。

なぜならば、「信頼」は未来への期待を含んだ言葉だからです。

返してくれることで「信用」実績がさらに積み上がれば、それはより大きな「信頼」を生み、もしかしたら一生の親友になれるかもしれません。

けれど返してくれなかったら、それは投資として割り切ればいいのでしょう。

投資は、リスクがあることも覚悟して、自分のお金を投じることですから😐


長い人生の中で、人間関係で良いことばかりでないことは、すべての人が知っていることです。

と言うか、人間関係こそが、もしかしたら一番難しいかもしれません😅


子どもたちに一律に、「お金の貸し借りはやめましょう」、と伝えるのも、金銭教育の一つのやり方かもしれません。

けれど、お金を貸すことや借りることを通じての学びも、人間形成の一端を担うのでは、と私個人的には考えています。

そこに大人たちのきちんとしたサポートがあり、信用して貸すことや信頼して貸すことの意味を、きちんと言語化して伝えることが、子どもたちの成長に繋がるものと考えます。


人を信用すること。

人を信頼すること。

いずれも、決して軽い言葉ではないと思います。


正しい大人とはどんな大人か。

人それぞれの価値観によるでしょうから、決して答えは一つではありません。

けれど良いことも痛かったことも含め、より多くの経験を積んでいる人の方が、他の人に優しかったり、自立できていたり、人の気持ちに寄り添えたりするような気がします。


お金は単なる道具の一つです。

けれどこの道具を通じて学べる「信用」とか「信頼」とかって、もしかしたら、他の道具では代わりができないものではないかなぁ、などと考えています😁


お札の成り立ちから、少々強引な展開だったでしょうか😅

最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^♪


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