名のない猫
美南さんは大の猫好きだ。けれど家族に猫アレルギーがおり、家で飼うことが許されなかった。そのため猫を愛でたい時は、お隣さんの所へ頻繁に遊びに行った。そこに住む夫婦が、猫を飼っていたからだ。
小柄な三毛猫で、とても静かな子だった。いつもお気に入りの座布団で眠っている。それがとても愛くるしく、見惚れるほど美しい。
ただ普段から優しい夫婦も、遊びに来る美南さんに約束事をさせた。「この子に名前を付けてはいけない。誰かのものにはなりたがらないから」何度も念を押す。二人は飼っている三毛猫に、名前を付けていなかった。
(可愛がっている子に何で名をつけないの?)
夫婦を見て、美南さんは不思議な気分になる。
むしろ三毛猫に対し、哀れみも感じるた。
けれど夫婦が、その三毛猫を溺愛し可愛がっているのは分かる。
「ほらお前こっち来なさい」
「ねぇカリカリ美味しいでしょ?」
優しい声を頻繁にかける。だが決して名前を呼ぼうとしない。
(やはり名前は付けていないのか)
子供ながら、モヤつく気持ちを持つ。ふかふかの毛並、ゴロゴロと鳴る喉、愛くるしい姿。見ても触っても癒される。美南さんの中に愛着というものが湧き出る。
そうなると物足りなくなる。
「名前」が必要だ。可愛いこの子を名前で呼びたい。けれど夫婦には名付けを禁止されている。
(こっそりと呼べばバレはしまい)
美南さんは毎日のように熟考する。そして、三毛猫をハナと名づけることにした。三毛猫は縁側に置かれた座布団の上で丸くなっている。何とも気持ち良さげだ。名を付けると決めたら、愛くるしさは今まで以上だ。早く名を呼びたい。美南さんは夫婦が目を離してる間に、こっそりと声を掛ける。
「今日からお前はハナだよ!」
すると眠っていたハナは、突然目を見開き、美南さんを見た。
「ここを離れなければ」
そして人の言葉を口にした。
それはハッキリと聞こえ理解出来た。ハナは名残惜しそうな表情を浮かべ、庭から出て行く。美南さんは驚きのあまりその場を離れ、家に戻った。そのうち隣の夫婦の口論の声が聞こえてくる。
「お前が名付けたのだろう!」そんな内容だ。それ以降、美南さんは罪悪感で隣の家に行くことが出来なくなり、しばらくして夫婦は別れた。つい最近別の家の庭で、ハナに瓜二つの三毛猫を見かけた。家の者に尋ねると、「名前はなく、これからも付けることもない」と答えたそうだ。
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