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神様の嫉妬

 長野さんの親友は町内の神輿行事に情熱を注いでいた。同級生でいつも一緒だったが、祭りや神輿の時は別だ。親友は毎年夏が来ると入念に準備をする。そして神輿を担いで楽しむ。それが親友の生き甲斐だと長野さんは感じていた。神輿に何度か誘われたりもしたが、体力に自信のない長野さんは断っていた。「他の場所以外で担ぐ気はない、神輿の中にいる神様が嫉妬するからな」いつも親友は冗談混じりで笑って話した。それほど町内の神輿を愛していた。そんな親友が結婚をすることになり、渋々地元を離れることになった。婿養子で妻の家の家業を継ぐことになったからだ。彼は長野さんや家族と別れることよりも、神輿行事に携われなくなることを残念がった。(おいおい……そこは俺達のことで寂しがってくれよ)長野さんは何とも複雑な気持ちになったそうだ。そんな心配をよそに、親友も引越した先で新たな生き甲斐を見つけた。妻の地元で、神輿行事を携わることになったからだ。彼から連絡が来た時、とても嬉しそうに話していたことを覚えている。「神輿の神様が嫉妬するんじゃないか?」「そんな意地悪言うなよ、きっと忘れてくれるはずさ」そんな問答を行う。けれどそれから数日もたたぬまま、親友の訃報が入った。神輿を担いだ後、急に倒れて息を引き取ったとのことだった。長野さんは驚きを隠せない。彼の妻に聞いても原因が分からないとだけ話した。ただ倒れる間際、「裏切ってごめんなさい裏切ってごめんなさい」と苦しみ叫び続けていたそうだ。長野さんの頭に、親友が言っていた、「神様の嫉妬」という言葉が浮かんだ。最近長野さんは町内の人間達に、神輿行事に携わって欲しいと頼まれている。町内には若い人間が少なく、親友が抜けた穴は大きいことも理由だ。けれどそれを受け入れるつもりもなければ、親友の意思を継ぐ気持ちもない。「神様にも嫉妬心てあるのでしょうか。もしあるのなら、それほど怖いものはないですよね」長野さんは真剣な表情で話した。

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