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海についてのふたつの随想

X上の企画『ペーパーウェル』のテーマは、海じゃなくて「空」だった。
うっかり間違えちゃったので、noteで公開します。。。

ペーパーウェルは楽しいよ!


◆ずっと凪いでいて



長らく、海は苦手だった。
大きくて、視界を覆う黒い塊のようで。夜に見る海なんて悪夢そのものだった。
海は黒い。私は小6の時、沖縄に行くまで海が青いと思ったことは一度もなかった。
そしてその青い海を知ってからもやっぱり、海は苦手。生き物を内包している、あのどろりとした感触が生々しくてこわかった。

海は、苦手「だった」。
大人になった今は、昔ほどではない。
水面がきらきらしていればきれいだと思えるし、黒い海も覗いて見られる程度にはなった。
海が見えるとテンションが上がる。「なんか楽しくなってきた!」と陽気な言葉が湧いてくる。海沿いの町や、道を通るのは楽しい。閑散とした冬の海水浴場も味わい深い。広々として何もない景色は正直、私の好みだ。

夏場は人だらけで混みあう場所が、冬場は誰もいなくなっていて。その場所自体の価値がなくなっていて、誰にも求められていない、気に留められていないあの空気が。私はいっとう好きである。

誰にも求められなくなって、存在感がなくなった海はすこしだけこわくない。
そのくらいでいてくれれば私はもっと海を愛せたのに。
ただでさえ巨大で、なかに世界が入っている。ずっと凪いでいてほしい。


◆破滅願望のある彼氏


大学時代に付き合っていた彼は、海が好きだと言っていた。

私は「ふうん」とか「へえ」としか返す言葉がなかった。海はきれいだとは思っていたから、海が好きと言われて「へぇ~私も好き(なところがある)!」と同意することもできた。だけど、人生初めての彼氏というものに対して私はひねくれていたので、ごにょごにょと言葉を濁していた。
彼はそれから「圧倒的に大きい存在に踏みにじられたい」といった願望を述べていたから、安易に同意しなくてよかったのかもしれない。

のちに彼は「時々、身を投げたしたくなる」と呟いたりする破滅願望の持ち主だということがわかった。考えてみてほしい。彼が運転する車の助手席でこのセリフを聞いた時の気持ちを。いや待てやめろ、今じゃない。それ以外に言える言葉はなかった。

だけど願望は願望で、彼は実行することはなかった。
そういうものかもしれない。圧倒的な何かに打ちのめされたいという願望は、お守りのようなもので。それを持っているということが一番の心の支えなんじゃないかと思う。

圧倒的な何かを相手として、手も足も出ない自分。
それに憧れる気持ちは私にもある。私の場合は「圧倒的な何かに甘えたい、甘やかされたい」というかたちの願望だ。自分を壊す、という意味では根っこにあるものが彼と同じなんじゃないかと私は見ている。


彼と別れた後、数年を経て再開した。
社会人になってからも彼はちいさな破滅を繰り返し、仕事と恋人につぶされて心身を壊していた。それから療養を経て復帰していったけど、自分を壊す、というか「自分を誰かに壊させる」癖をつけてしまった彼が元気でいるかはわからない。元気でいればいいな、とは思うけど。

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