母親を陰謀論から救い出した(ハナさんのケース)
「母親を陰謀論で失った」
つい最近まで、ハナさんもそう感じていた。
ハナさんは都内で勤める女性だ。
「三浦春馬は他殺」、「トランプ復活」、「緊急放送」などの陰謀論を語る母と、今年の2月頃から絶縁状態だった。
しかし、ある出来事をきっかけに母親と元の関係に戻ることができた。陰謀論の沼から母親を救い出すことができたのだ。
「今週末、久しぶりに実家に帰るんです!」嬉しそうに語るハナさんのお話を、「いつか俺も母親とこうなれるかな・・・」と思いながら聞いた。
異変
「わたしのお母さんヤバいんじゃない?」ハナさんがそう思い始めたのは昨年の秋ごろだった。
三浦春馬さんや竹内結子さんなどの「超」有名人が自ら命を絶つ悲劇が相次いだ。コロナ過で不安な生活を送るなか、ハナさんのお母さんはそこに疑問を感じた。
『こんなに有名な人が連続して自殺するなんて、なにか裏があるんじゃない!?春馬が最後に出ていたドラマで顔に殴られたような跡があるのよ!』
『トランプが緊急放送するから!そうなったら銀行からお金引き出せなくなるからね!』
『イルミナティって知ってる?調べたことあるでしょう!?』
超早口で陰謀論をまくしたてる母に、ハナさんは心底うんざりしていた。その都度、話を茶化しながらも関係を維持していた。
ある日、ハナさんは自分のYoutubeアカウントのページを見て驚愕する。そこには禍々しい動画を見た履歴が並んでいた。
ハナさんは、実家に住むお母さんのためにタブレット端末から自分のYoutubeアカウントを繋いであげていた。
お母さんが見た動画はすべて、ハナさんのアカウントに視聴履歴として記録されるのだ。
「昔のおかんに戻ってよ、頼むよ、辛いよ・・・。」画面を見てしまったハナさんのショックは大きかった。
衝突
「もともと私と母は、親子というより友達のような関係だったんです。洋服やメイクの話をよくしました。その母を失ってしまったと感じました。
わたしの友人には子供がいる人も多いんです。優しいおばあちゃんとして家族団らんしている姿を見たり聞いたりすると、『なんで私だけお母さんがこんななの!?』って悲しくて仕方がなかったです」
電話で大喧嘩をした。
「そんな陰謀論にハマるなんて、お母さんはただの養分だよ!搾取されてるんだよ!あと、私だけじゃなくてほかの家族にもデマ広めてるの知ってるんだからね!」
『なに私の裏で家族と話してるのよ!私がなに話そうとあんたに関係ないじゃん!!!』
しばらくお母さんから距離を置くしかなかった。
「もう一人で生きていきます。お母さんも陰謀論界隈で生きていってください。」行き場のない悲しみをTwitterで吐露した。
転機
それが起こったのは2021年ゴールデンウィーク中だ。仕事中に突然 母親から電話がかかってきたのだ。母は号泣していた。
『ハナちゃん、今までごめん!本当にごめんなさい!』
「なに!?お母さんどうしたの?大丈夫!?」
『いままでごめん!ごめん!本当にごめん・・・』
母はなにを聞いても『ごめん』を繰り返すばかりで、内容が掴めない。
いったん落ち着かせて話を聞くと、母の義母(姑)が倒れ、心肺停止状態だというのだ。つい数分前まで普通に話していたはずの義母が突然倒れているのを見つけ、そのまま病院に急送した。
輸血治療中にアナフィラキシーショックが起こり、容態が急速に悪化した。ハナさんのお母さんは、義母を失ってしまう恐怖でパニックになった。
病院の待合室で『いままで自分は娘になにをしていたんだ!?』そう想い、いてもたっても居られずハナさんに電話したのではないだろうか。
手術の甲斐もあって、ハナさんのおばあさんは一命をとりとめた。
「時間は有限だな。」そう感じたハナさんは、意を決して母と話すことにした。
勇気を振り絞ってかけた電話の第一声は、「お母さん元気?あんな喧嘩しちゃったからさ・・・。お母さんから私に話しかけ難いと思って、私から電話してあげたよ。」照れを隠しながら言った。
『本当に悪かったと思ってるよ。あんな情報を拡散した時点でデマに加担しちゃったよね、ごめんね。』
ハナさんのお母さんは陰謀論系Youtubeを見るのを一切辞めた。
お義母さんを失う恐怖、その後の介護などから色々と考えるきっかけになり「陰謀論どころじゃなくなった」という。
そんなタイミングで、ハナさんから電話がきて心の内を話す機会を得た。
『あんたのおばあちゃんが ああなっちゃって、私も考えたよ。家族は大切にしないとね。誕生日とか・・・そういうのも本当に大切にしなきゃだよね』
「お母さん、あのね、私たちみたいな辛い想いをした人が、コロナ過でいっぱいいるんだって。」
『そうなんだね・・・。わたしの世代でああいう情報にはまっちゃう人って結構いるんじゃないかな・・・。ただね、これは分かって欲しいんだけど、本心で自分の子供が心配なのよ。こんな大変なことが世の中で起こってる!教えて守ってあげなきゃって気持ちになっちゃうのよね・・・』
今まで、そしてこれから
ハナさんはこの経験を振り返って言った。
「母の根幹には不安があったんだと思います。母はもともと肺の基礎疾患がありましたし、わたしも昔は喘息もち。よくふたりで病院に通っていました。当時から母は祈るような想いで、何かにすがりたかったのかも知れません。
そんな不安に『すべて裏で仕切ってる存在がいるよ。真実教えてあげるよ』みたいな顔で、陰謀論が侵入しちゃうんでしょうね。その不安の本質は、ひとり娘である私と自分の安全を願う、純粋な気持ちだったんだと、いまはやっと思えます。」そういうハナさんの顔は慈愛に満ちていた。
「これ、最近の母のYoutube視聴履歴です!」
「笑えますよね!わたしのYoutubeアカウント使うと視聴履歴が丸見えだって まだ気づいてないんですよ!」はじけるような笑顔でハナさんが言った。
「昔のおかんに戻ってよ・・・。」その願いは通じた。
「母が陰謀論を言うようになって、わたしも正直逃げていたと思うんです。向き合うのが怖くて・・・。でも、この出来事を通じて、自分の気持ちを伝える事は大切だなって思えました。
現在進行形で家族の陰謀論に苦しんでいる人は、本当に大変な想いをしていると思います。でも、何らかのチャンスがどこかで来ると思います。
そのタイミングを逃さないで、自分が感じたこと、傷ついたこと、寂しかったこと、それらを正直に伝えるのは重要だなって思います。
『あなたが、〇〇〇でXXXだった!』ではなく、あくまで『私』を主語にして、私は辛かった、悲しかった、寂しかったと言えるオープンさは大切かな、って。
そんな真摯さが、大切な人を陰謀論から救うことに繋がってくれるんじゃないか。そう思うんです」
The Total
「母親を陰謀論で失った」を書いて今回が4エピソード目、ここがひとつの区切りになった。
大切なひとが陰謀論を信じてしまった方の話を聞く中で、ずっと考えていたことがある。
それは、「人間関係とは自分が思っている以上に不安定なものなんじゃないか」ということだ。
いつ、だれが、どうなるか、わたしたちは知る由もない。
急に病気になってしまうかもしれない。
急に逝なくなってしまうかもしれない。
そして、急に有害な思想に支配されるかもしれない。
薄い氷のうえを歩くような危うさのなか、人間関係は存在してるんじゃないだろうか。もう一度言うが、いつ、だれが、どうなるか、わたしたちは知る由もない。
でも、
だからこそ、
「いま目の前にある関係を大切にする」ことが、私たちにできることなんじゃないかと思えた。
「一期一会」という言葉を調べてみる。
『その人と交わることができているその瞬間は、一生に一度のものと心得て、誠意を尽くし臨むべき。そんな美しい瞬間は二度と来ないかも知れないから』
はるか昔の茶道から伝わる、そんな教えなんじゃないかと私は読んだ。
最後に母親に会えたあの日。お昼にてんぷら食べたあと、『カロリー消費しなきゃ!』ってひとつ先のバス停までいっしょに歩いたね。
あのとき、次にいつ会えるか分からないと思って、誠意を尽くしてお母さんと向き合うべきだったよ。
いまこれを読んでくださっている方にも、きっと大切な人がいるはずだ。
同時に、あなたは誰かにとって「なにより大切な存在」のはずだ。
次その人と会うときは、スマホを置いて、TVを消して、その人にだけ集中してみるのはどうだろうか?
二度と来ないかも知れない、その瞬間を強く抱きしめるように。
「母親を陰謀論で失った」を読んでくださった方すべてにお礼を申し上げます。いま似たような辛い想いをしている人の心が少しでも穏やかであることを願います。
(Twitter上でアンチ的なコメントを言う人が2~3人いました。あなたの幸せも願ってます)
*メールアドレスを作ってみました。inbouronhelp@gmail.com
身近な人が陰謀論やデマにはまってしまい、誰かに話を聞いて欲しい、アドバイスが欲しい、そのような方はメールを送ってください。
こっちは本業ではないのですぐには返信できないし、話を聞いてあげるくらいしかできません。
でも「助けはあること」を知って欲しいと思います。心から応援しています。
ぺんたん
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