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妻の「わたし死ぬのかな」という不安が薄れて、笑顔が増えてきた話
乳がんの手術を終えて退院してきた妻だが、その後、すぐに放射線治療が始まった。
主治医の先生が言うには、妻の乳がんの治療は、
①抗がん剤でがん細胞をやっつけ、患部を小さくして、
②外科手術で、可能な限り患部をキレイに切除し、
③放射線治療で残ったがん細胞も死滅させ、
④飲み薬で再発を防ぐ、
というプロセスで行われるそうで、②の手術と③の放射線治療の間は、短ければ短いほど良いらしかった。
2月に、妻の胸の中にがんが見つかってからおよそ9か月。いよいよ妻の治療も、③の放射線治療のフェーズに入ったわけである。
この放射線治療は、がん細胞をやっつけるためにX線を照射する治療なのだが、今までの週に一度の通院ではなく、ほぼ毎日――月曜日から金曜日まで週5日、およそ1か月にわたって通院する必要がある。
さすがに毎日の通院ともなると、家計的にも身体的にも、負担はそれなりに大きかった。
けど、そんな日々を乗り切ることが出来たのは、妻が徐々に、持ち前の『明るさ』を取り戻してくれたおかげだった。――今日は、そんな話をしよう。
******
妻の放射線治療の、初日。
治療を受けて帰宅してきた妻は、開口一番、僕にこう言ったのであった。
「今日は無機質な地下室であれこれ治療されて、綾波レイの気分だった」
在宅勤務で書類を作っていた僕であったが、妻の声のトーンが(聞いて!聞いて!)とアピールしていたので、キーボードを叩く手を止めることにした。
「……うん。聞こうか」
「まずね、放射線治療は強いX線を使うわけじゃん。だから、その治療室が地下にあるの。人気のない階段で、病院の地下に入っていく。ちょっとワクワクするよね」
「あー、なんとなくわかる気もする」
「で、地下だから、スマホの電波もぜんぜん入らなくて。みんな、待っている間はやることもないから、ぼーっと待合室のテレビを見てたりなんかして」
「まぁ、そうなるよね」
「でもわたし、ぼーっとテレビを見てるの、苦手なタイプじゃん? どちらかと言えば、じっとしてられないタイプじゃん?
通信簿の『落ち着き』の欄には、どうしたって△がつくタイプじゃん」
「ああ、たしかに」
「ちょっと!? 『たしかに』じゃないのよ! そこは、『そんなことないよ!』でしょ!?」
「あ、ごめん。妻の言うことにはイエスと言うべしという良き夫のセオリーがつい」
「続けます」
「はい」
「で、かしこい私は思ったわけです。スマホの電波も入らない。かといってボーっとテレビを見ている時間ももったいない。
おや? そういえば、この待合室はけっこう広いし、空いてるからスペースも十分だ。
そうだ、ここで手術後のリハビリの体操をしちゃおう、と」
「たぶん綾波レイは病院の待合室で体操しないんじゃないかな!?」
少し想像してみたが、コミカルを通り越してシュール過ぎる。
「っていうか、病院の待合室で体操してたの……?」
「体操って言っても、リハビリよ、リハビリ。通りかかる看護師さんたちが、みんな褒めてくれるの」
「そうなんだ……」
「うん。看護師さんが、まずは『ビクッ』って驚いた顔をして。
そのあと『ここは待合室なのでリハビリはちょっと……』って注意すべきかどうか迷った感じになって。
でも最終的に『……偉いですね』って少し困った顔で褒めてくれる」
「明日からはやめなさい」
「ですよね」
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「あとね、売店のお弁当が種類も豊富で、すごく美味しそうだったの。なのにワンコイン500円のお手頃価格なんだよ、すごくない!?」
ニコニコと笑う妻をみて、僕は不意に、――最近、妻の笑顔が増えてきたな。と、そう思った。
乳がんが見つかった直後なんかは、「わたし、死ぬのかな」とか、そんな不安の言葉が口ぐせのようになっていた時期もあったくらいだけど。
こうして抗がん剤治療も乗り越えて、手術も無事に終わり、治療のフェーズだけで言えば折り返し地点を超えたからだろう。
本当に、妻の笑顔が増えてきてくれた気がする。
「最近、また笑って話すことが増えたね」
「え? そうかな?」
「うん。そうだよ」
そしてきっと、もっと笑顔で話す時間が増えていくと――、僕はそう信じている。
あとがき
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2024年11月 ぺんたぶ
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