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小2のむすこが「なんでもきくけん(土日のうち5回つかえる)」をくれた話
とある冬の日のことである。
小学2年生のむすこのコトが、”なんでもきくけん”をプレゼントしてくれた。ちいさな付箋に、頑張って書き込んだ小さな字が、ずいぶんとかわいらしい。
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「……パパも小さいころ、パパの父さんや母さんに、”かたたたきけん”とか”おてつだいけん”をプレゼントしたなぁ」
そう僕がいうと、「ええ、ほんと?」と、コトが目をキラキラさせながら聞いてくる。
「ほんとだよ」
「え、じゃあパパは小さいころ、なにをてつだったの?」
「んー、どうだったっけな」
と、僕ははぐらかす。
コトがくれたこの”なんでもきくけん”は、有効期限が書いてあるわけではない。だったら、もう少しコトが大きくなったころに――例えば反抗期だったり、成人したり、就職したり、結婚したりしたときに使ってもいいわけだ。と、僕は意地の悪いことを考えた。
――それこそ、かつて僕の父がそうしたように。
今日は、そんなお話しをしようと思う。
******
僕の父は、いまから10年前に、がんで他界してしまった。
その2年後に生まれたコトは、「おじいちゃん」には会えなかったが、こればっかりはそういう運命だったのだと受け容れるしかあるまい。
ときどき僕の実家に帰省すると、コトは「パパのパパ」の仏壇に向かって、大きめの鈴を「ちりーん」と鳴らしては、小さな手をしっかりと合わせているので、きっと天国の父も、微笑みながらその様子を見守ってくれていることだろう。
(うちは、通常の仏壇に置いてあるような「チーン」と鳴らすお椀型のりん台ではなく、父が生前、病床に伏していた頃に家族を呼ぶ際に鳴らしていた”大きめの鈴”が仏壇に置いていて、お線香をあげるときなどに「ちりーん」と鳴らしているのだ。)
そんな天国の父が、まだまだ元気だったころ――具体的にいえば、僕が大学生四年生になり、就職活動を終えたころの話である。
******
もう、十数年も前の話になる。
就職先を決めた報告のために実家に帰ると、父が待ってましたと言わんばかりの満面の笑みで、「さぁ、就職祝いに、一杯やりにいこうぜ」と誘ってきた。
くいっと杯を傾けるジェスチャーがあまりサマにならないのは、僕と同じで、父もお酒が苦手なせいだろう。
「え、やだよ」
当時、僕はまだ22才の若者だったので、父と二人でお酒を飲みに行く画がうまく想像できなかった。照れ臭かったのもあるし、何よりせっかく実家に帰ってきた間くらい、地元の友人との予定を優先したいという思いもあった。
すると父は、先ほどの満面の笑みにさらに輪をかけて楽しそうな顔になって、僕に向かって1枚のカードを見せてきた。
100円ショップで買えるようなプラスチック製の透明なカードケースに入っているのは、小さな子供がハサミで適当に切ったコピー用紙に、えんぴつで幼い字で”おてつだいけん”と書かれた紙片だった。
見た感じ、僕が小学生の頃、それも1、2年生くらいのときに書いたもののようだ。
「うわ! いまごろそれを持ち出してくる!?」と驚く僕に、
「有効期限は書いてないからな」と父は笑って返してくる。
「わー、ずるいなー」
なんて言いつつも、こんなものを持ち出されてしまっては仕方あるまい。きっと父は、今日この日のために、ずっとこのチケットを大事にしまっていたのだろう。
結局、父に押し切られる形で”就職祝い”という名目で、父の行きつけの小料理屋でゆっくりと「これまで」と「これから」の話をしたのである。
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ちなみに余談ではあるが、以前、別のnoteにも書いたとおり、父の他界後、遺品の中から今度は「かたたたきけん」が出てきたのだが、そちらの方は、まだ使われていない。
まぁ、そちらはいつかずっと先の未来で、僕が父のところに旅立ったあとにでも使ってもらうことにしよう。
天国の父だって、別に「かたたたきけん」を急いで使いたいだなんて、これっぽっちも思っていないだろうし。
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――なんて、そんな昔のことを思い出していると、コトが「パパ?」と僕を呼んだ。
「ん、なんでもないよ」と、僕は小さな息子に向かって笑いかける。「ねぇ、コトくん、この”なんでもきくけん”は、いつ使ってもいいよね?」
「え?」と、コトは不思議そうに首をかしげた。
「あ、もしかして何回でも使えるのかな? もしそうなら、パパは嬉しいな」
「あ、そっか。じゃあ、ちょっと返して」
するとコトは僕から”なんでもきくけん”をさっと取り返し、かわいらしい字でこんな風に書き加えた。
――”土日のうち5回つかえる”、と。
「月曜から金曜だと、ぼくも学校とか学童でいそがしくて、つかれてるかもしれないからね」
「うん、そうだね。パパが悪い人だったら、毎日、何回でもつかっちゃうだろうから、このくらいの制限はあったほうがいいね。うん、大事に使うね。嬉しいなぁ」
「なくなったらまたあげるから、たくさん使ってね」
コトはそう言って、裏にこう書き足した。
――”ボーナス3回プラス”、と。
いやはや、うちの子はずいぶんと太っ腹である。
合計8回となると、そうだな。
大学に入ったときや、就職が決まったときに、結婚が決まったとき、子供が生まれたとき――指折り数えている間に、ずいぶんと表情がゆるんでしまったことを自覚する。
そう、きっとこの先、息子の未来には、楽しいイベントがいっぱい待っているのだ。
きっとかつての父も、そんな風に思いながら、僕があげた”おてつだいけん”を、失くさないように折れないように、プラスチックのカードケースに大事にしまっていたのだろう。
こうして、”いま”ではなく、少し未来に向かって思いをはせる――、たまにはこんな日があってもいい。
”いま”が、少し大変な日々だからこそ、僕はそう思った。
あとがき
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2024年12月 ぺんたぶ
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