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「この子は、少し人間が出来すぎているのでは?」そんな風に思った秋の日の話
妻が退院してきた、数日後のことである。
在宅勤務をしているところに、息子が通う小学校から、
「コトくんが、お昼休みにクラスのお友だちとぶつかってしまった」
「少し大きめのケガをしたので、いますぐ迎えに来てほしい」
と、そんな連絡が入った。
僕が慌てて小学校の保健室に向かうと、そこには自分がケガした部分を押さえながら、ニコニコとぶつかってしまった相手に「大丈夫だよ。痛くないよ。また遊ぼうね」と笑いかけている息子がいて、思わず、
――この子は、少し人間が出来すぎているのでは?
と、そんな風に思ってしまった親バカな僕がいるので、今日はその話をしようと思う。
******
乳がんの手術を終えたばかりの妻は、まだまだ体力の回復までに時間がかかる状況だった。
そんな妻をケアするため、僕は仕事のほとんどを在宅勤務に切り替えていた。
お昼ご飯をささっと済ませ、さぁ午後の仕事を始めようかと思った矢先のことである。
珍しく、スマホに小学校から着信が入った。
「はい、もしもし」と出てみると、相手は息子が通う2年1組の担任の先生だった。
「お忙しいところすみません。いま、少しよろしいでしょうか。先ほどコトくんが、お昼休みに遊んでいる最中にお友だちとぶつかって、ケガをしてしまいまして」
「え? ケガ?」
「はい。保健の先生がいうには、たぶん、縫うことになるだろうって」
「ええ?」
「とにかく、急いでこちらに来てもらうことはできますか?」
「もちろんです! 今日は在宅勤務だったので、すぐにそちらに着けます」
電話を切り、すぐに会社のチャットに「家庭の事情で、少し席を外します」とだけパッと打ち込む。
リビングに向かい、コトの保険証や診察券が入ったポーチを取ってくる際に、ぐったりと寝ている妻を起こすか一瞬迷ったが、まさか一緒に行くわけにもいかないと思い直し、そのまま静かに家を出た。
*****
ありがたいことに、息子が通う小学校は、家から十分以内で着ける距離にある。
校門のインターホンで息子のクラスと名前を告げて校舎に向かうと、正面玄関で担任の先生が待ってくれていた。
「早いですね、ありがとうございます」
「家がすぐそこですので。連絡、ありがとうございました。それで、コトがケガしたって」
「ええ。いまは保健室で休んでます。お昼休みに鬼ごっこをしていたときに、お友だちとぶつかってしまったようで。コトくんの口のあたりとお友だちの頭がこう、ごつんと」
担任の先生は、自分のこぶしを口元にあてる。
ジェスチャーだけで、もう痛そうである。
「下唇のあたりが深めに切れてしまっているので、保健の先生が言うには、縫うことになりそうとのことで」
まぁ、やんちゃな男の子だからな。いつかは部活なんかでそういうケガをすることもあるだろうとは思っていたけど、まさかこんなに早いとは。
「ちなみに、相手のお子さんの方は大丈夫ですか?」
「ええ、小さなたんこぶが出来ただけで、いまは冷やして様子をみているようです」
そんな会話をしたところで、保健室につく。扉を開けるなり、
「あ、パパ!」と、息子のコトが僕に気づいてこちらに駆け寄ってくる。
口元にあてたガーゼには、血がにじんでいた。
傷を見せてもらうと、たしかに縫ったほうが良さそうなほど、パックリと切れてしまっている。
「わー、痛かったね、大変だったね。すぐに病院に行こうね」と僕が言うと、コトはふるふると首を横に振った。
「あのね。ぜんぜん痛くないから大丈夫だよ!」
「え?」
そんなわけないでしょ。だって縫うほどパックリと切れてて、血だって……、とそこで気づく。
ニコニコと笑顔をつくるコトの向こうに、息子よりも小さな子供が困ったような表情を浮かべて、僕の方を見ていた。
頭に氷のうを当てているその子は、緊張した様子で、僕に頭を下げる。
「あの……コトくんのお父さん、ごめんなさい。ぼくが、前をよくみないで走ってて、ぶつかっちゃいました」
ああ、この子が。小さな子供が大人に向かって謝るのは、とても緊張するに違いない。いまにも目から涙がこぼれそうである。
僕は慌てて、精いっぱいの優しい顔を浮かべてしゃがむ。
「大丈夫だよ。きみの方も、たんこぶが出来ちゃったって聞いたよ。痛かっただろうに、謝ってくれてありがとうね」
「でも、コトくんは血が出ちゃってるの。ごめんなさい」
「ちゃんと謝れて、きみは偉いね。大丈夫。こういうのはお互いさまだよ。コトがぶつかっちゃって、ごめんね」
でもそうだよな……、血が出るようなケガをさせたとなると、そりゃあ気にしちゃうよな。
もう少しフォローしないと、と優しい言葉を選びはじめた、その時である。
僕の横にいたコトが、笑顔でその子に語りかけた。
「あのね、ぼくも周りをちゃんと見ないで走ってたのが悪いから、”おたがいさま”なんだよ。それに、血は出ているけど、ぜんぜん痛くないんだよ」
「そう?」と、心配そうに言うそのお友だちに。
コトは、「うん。だから、また一緒にあそぼうね」と、――しっかりとその子の目を見て、そう言ったのだった。
きちんと親の僕に向かって謝れる相手のお子さんも偉かったが、息子も息子で、かなり偉い。
担任の先生も、そして近所で傷を縫ってくれる病院を探してくれていた保健の先生も、そしてもちろん僕自身も、たまらず「二人とも、えらい!」と拍手をしてしまった。
******
その後、幸いにして近所の歯医者ですぐに傷口を縫ってもらうことができ、傷も残らないような(なんなら糸が自然に取れるような)驚異の回復力をみせる息子のコトなのだが、――実はもう一つ、余談がある。
保健室の中で、ぶつかってしまったお友だちの前では「痛くないよ」と気丈に振る舞っていたコトだが、相手のお友だちが先生に連れられ教室に戻ったところで、
「……やっぱり痛いよ……。怖かったよ……」
と、静かに泣き出していたのだ。
自分にケガをさせてしまった、と心配そうなお友だちの前では笑顔で振る舞い、その相手がいないところでは、こんな風に泣くなんて。
――まったくもってこの子は、少し人間が出来すぎているのでは?
親バカかもしれないが、息子に対してそんなことを思ってしまった、とある秋の日のエピソードである。
******
あとがき
さて、この記事も有料にするつもりで準備していましたが、書いてる途中で、息子くんのカッコよさはたくさんの人に知ってもらわねば…と思い直し、これまたいつもの「購入しなくても無料で全部読めます」の設定にしています。
よろしければ、僕たち家族が、「病めるとき」を無事に乗り越えられるよう、コーヒーを一杯飲んだつもりで購入やサポートのお力添えいただけますと、大変うれしく思います。
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2024年11月 ぺんたぶ
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