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妻が入院の前日に「前開きのブラがない」と言い出し、僕と息子で買い出しに出かけたときのこと
妻の胸にがんが見つかって、半年が経った。
長かった術前の抗がん剤治療もようやく終わりが見え、手術を受ける日程も決まった。
手術は、9月の上旬に行われる。
術前と術後を合わせ、だいたい二週間の入院が必要とのことだ。
この間、僕と息子のコトくんは、二人きりで過ごすことになる。
不安だらけの新学期にならないように、僕らは夏休み中から、念入りに新学期への準備をはじめていた。宿題は早めに終わらせたし、ボロボロになっていた上履きは買い換えた。短くなった鉛筆は新しいものに換えたし、新品のノートやぞうきんには、きっちり名前を書いておいた。
準備は、万端だ。
どんとこい新学期。家族みんなで力を合わせて、問題なく乗り越えてみせようではないか。
そうだな、こういうとき、息子が急に「やばい! 〇〇がいる!」とか言い出して慌てふためくものだよね、なんて思ったりしたり。
――そう思っていた、矢先のことである。
学校からもらった「二学期のおしらせ」をみながら新学期の準備を進める息子のコトのとなりで、病院からもらった「入院のしおり」をみながら明日に迫った入院の準備を進めていた妻が、こんなことを言い出した。
「やばい。前開きのブラジャーが、いる」と妻。
「そっち!?」と僕。
「どっち?」と、なんだか楽しそうな息子くん。
結果的に、体調が悪い妻に代わり、僕が閉店間際のショッピングセンターに向かい、人生で初めて”ブラジャーを購入する”という、おそらく二度はないであろう得がたい経験をすることとなった。
今日は、そんな話をしようと思う。
*****
夏休み、最後の日曜日のことである。
息子のコトは明日から新学期だし、妻は明日から入院だしで、我が家のさほど広いとは言えないリビングに家族みんなで集まって、それぞれ持ち物の準備をしていた。
「自由研究もおっけー。ふでばこもおっけー。つぎは、上履きー」
コトくんは着々と、始業式の持ち物をランドセルに詰めていく。
「ふふふ、こういうとき、いきなり”ラップの芯がいる”とか言われて、”なんでもっと早く言わないの!?”ってなるのが定番だよね」
と、そんな風にいって妻が優しい目で微笑む。
「そうだね。でもコトくんは、今のところそういうことはないね。しっかりしてきたってことかな」
そのとき。
妻が、「……あ、やばい」と、荷造りの手を止めた。
妻の視線の先には、病院からもらった「入院のしおり」が開かれている。
「やばい。前開きのブラジャーが、いる」と妻。
「そっち!?」と僕。
「どっち?」と、なんだか楽しそうな息子くん。
パパが動揺すると、なぜだか息子のコトは楽しそうに笑うのである(なんでだ)。
「ええと……ブラ?」
「うん。前開きのは持ってない。もちろん買ってない」
「なんでもっと早く言わないの!?」
「ちょっと待って。ここは明日、病院に行ってから気づくのではなく、ちゃんと前日に気づいたことを褒めて欲しい」
「あんまり自分で言わないやつ!」
とはいえ、まだ18時だ。
今から買いに行けば、まだまだ間に合う。
「よし、買いに行こう」
そう言って、妻は立ち上がろうとするが、やはり体調は少し辛そうだ。
抗がん剤の治療は、体力を奪っていく。気づけば、だいぶ腕もやせ細ってしまっている。
明日から入院する妻に、いまから外出させたくはない。
「……いいよ、僕が買いに行くよ」
「え、でもブラだよ? 買える?」
「その『入院のしおり』を借りていくよ。あとはコトくんと一緒に行けば、まぁ不審者とは思われないでしょ」
「じゃあ、甘えちゃうよ?」
「この程度、甘えのうちにも入らないよ。よし!じゃあコトくん、パパとお買い物だ!」
なお、コトの返事は「買いもの? おかし、買ってくれる?」だったので、僕も妻も笑ってしまった。
*****
下着売り場に息子のコトと一緒に向かい、中でも一番ベテランの風格を漂わせている店員さんに、「こんな下着を探しているのですが」と入院のしおりを見せたところ、大変親身になって接客してもらえた。
ちなみに。
お出かけ前に、妻から「パパが悪い人に間違われないように、店員さんに説明してね」とオーダーを受けていたコトくんも、
「ぼくはね、明日からパパと過ごすんだよ! ママは病院にお泊りだからね! 今日はそのための買い物なの!」
と、”パパは不審者ではありませんよ”というアピールに余念がない。
「すごいね、コトくん。なんでそんなに上手に説明できるの?」
「パパがブラを買えたら、ママがうまい棒を3本買っていいって」
……お駄賃にしてもシビアな価格設定である。
こっそりコト君が好きなチョコもつけてあげることにしよう。
結局のところ、心配していたようなトラブル(たとえば僕が不審者と思われるような)もなく、『前開きのブラジャー』という世の男性のほとんどが自分で購入したことがないであろう品は、無事に手に入った。
これで、妻の入院グッズはすべてきちんと揃えることができた。
あとは、明日の入院を待つばかりである。
*****
今日の大冒険の戦利品である『前開きのブラ』が入った買い物袋は、コトくんにしっかりと持ってもらうことにする。
「あとは、コトくんのご褒美だね!」
「やったー!」
コトくんと手をつなぎ下着売り場を出て、食品売り場へと向かう。
そのまま二人でお菓子を選びながら、明日からはじまる「ママの入院」についての作戦会議をはじめた。
「ぼくはね、ちゃんといい子にして、学校にいくし、宿題もやるの。パパのことはあんまり困らせないようにするの」
「あんまりって何さ」
「ゲームの時間とか、Youtubeの時間とか、ちょっとだけならワガママも許してくれるよって、ママが言ってた」
「なにそれ。まぁ、そのくらいなら全然いいけど。ほかにワガママがあれば言っていいからね」
「あとね、お休みの日には、ママの病院におみまいに行くの。おみまいの時には、ママが喜びそうなものをもっていく」
「そうだね。ママが喜びそうなもの、何がいいかなぁ」
「うーん……。あ、ぼくとパパとか?」
「ひとつ目にそう言える君は、けっこうすごい」
あと、そこにパパを入れてくれて本当に偉い。
「正解でしょ?」
「うん、大正解。あとでママに答え合わせをしてもらおうね」
*****
「ただいまー」と、二人で玄関に入る。
すると、「おかえりー」と、妻が笑顔で出迎えてくれる。
「よかった、ちゃんと捕まらずに買えたんだね」
「うん。たぶんぼくのおかげ!」と胸を張るコトくん。
「そっかー、コトくんありがとー!」
「だからね、パパがうまい棒だけじゃなくて、チョコとアイスとポテチも追加してくれたの!」
あ、こらコトくん、それは内緒……!
「……パパ?」
「アイスが溶けちゃうから、話はそのあとでね!」
と、そそくさとキッチンに逃げ込む僕である。
「あ、あとほらコレ! ママが好きな飴も、ちゃーんと買ってありますので! 明日からの入院バッグに入れておこうね!」
「うわーい、やったー! とは、絶対ならないからね?」
「……はい、すみません」
さて。
そんなこんなで、我が家史上はじめての、『妻が家にいない、パパと息子の二人きりの二週間』が、始まったのである。
あとがき
文中の「気づけばやせ細ってしまっている」というのは、例によって妻による加筆です(なぜここへきて痩せたアピールをするのだ……)。
さて。
ということで、今回も、いつもの「購入しなくても無料で全部読めます」の設定にしていますが、よろしければ、僕たち家族が、この「病めるとき」を無事に乗り越えられるよう、コーヒーを一杯飲んだつもりで、購入やサポートでお力添えいただけますと、大変うれしく思います。
もちろん、”いいね” や ”スキ” 、拡散だけでもありがたいです!
本当に、お気持ちは十分に届いております&とてもとても助かっております。いつもありがとう!
2024年9月 ぺんたぶ
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