川の風情
海なし県
私の住んでいる埼玉県は海なし県と言われており、海がない。だが、そのことを今までに残念に思ったことがない。もし、私の家がある南東部まで東京都の中に入れてしまえば、都内だから海があるという話になる。距離ではなく、都と県の線の引き具合で海があるかどうかという話でしかない。海に行きたければ、電車に乗って東京でも千葉でも神奈川にでも行けばいい。
海でも川でも
海の近くに住んでいれば、海水浴やサーフィン、海釣りなどを気楽に楽しむことができるだろう。せり出した崖や木々の多い島などがあれば美しい情景としても楽しめる。だが、だだっ広いだけの海面を眺めているだけなら次第に飽きてしまう。それは川においても同じで、東京の下流域などコンクリートを敷き詰め広い場所では、ただ川の水が流れているだけといった印象だ。周辺の高層ビルばかりが目につき何の情緒も感じられない。雑草の生い茂る江戸時代の下流域をできることなら眺めてみたいと思うが、浮世絵などから適当に想像をするしかない。
早慶レガッタとオックスブリッジのレガッタ
以前に浅草によった際に隅田川の川沿いを散歩した時があった。早稲田大学と慶応大学のボート部が早慶レガッタと称して複数人で手漕ぎボートの競漕をしていた。慶應側の土手では応援団が声は張り上げてカレッジソングの『若き血』を歌っており、「陸の王者」の歌詞の部分を「水の王者」に代えていた。応援団たちは川岸の応援席に通行人たちを招き入れて、声を張り上げながら手を叩いて盛り上げていた。
応援団たちの声が次第に大きくなり、手前の川面を選手たちが漕いでいる二艘のボートが移動していく。その後ろには、指示を出す監督の乗ったボートやTV中継の小型のモーターボートが続いていく。
イギリスのロンドンでは毎年4月に「ザ・ボート・レース」と称してオックスフォード大学とケンブリッジ大学のボートクラブがテムズ川で対抗レガッタの競漕をする。観客たちがたくさん集まり、露店などが並んで派手なイメージがある。
目の前では早慶レガッタをやっている。川岸の応援席や桜橋の上にはたくさんの観客たちが集まってきていた。早稲田・慶應の選手たちは大変な練習をつんでこの日を迎え、相当なエネルギーを注ぎ込んで現在漕いでいるのだろう。スマホなどでTV中継を確認すれば、選手たちの必死な競漕の姿がアップで認識できるに違いない。
私は8人が乗った早稲田と慶應の2艘のボートが通過していく様子を眺めていた。ゴールの位置は私のいる場所からは確認できず、応援席からの声でなんとなくゴールしたことを理解した。慶應が勝ったと騒ぎだし、再び『若き血』を歌い始めていた。橋の上にいた観客たちも笑顔で拍手を送っている。
ボート観戦は地味
拍手と歓声が響き渡っている中、私は呆気に取られていた。本当に彼らは喜んでいるのかと橋の上や応援席にいる人々を勘繰って見ていた。手漕ぎボートによる静かなる移動。私には選手たちの激しさも、漕いでいる疲労感も感じられず、ただ地味だという印象だけだが残っていた。残念ながら、私にはボート観戦が楽しめないことを理解した。きっと、オックスブリッジのレガッタを観ても同じような感覚なのだろうと思った。
江戸時代の浮世絵の中にある情景で、選手たちが競漕をするのならば趣もあったであろう。両岸には木造の平屋家屋が並び、川の中にはたくさんの葦が生い茂り、漁師たちが魚を捕っている舟の間を通り抜け、石垣と木でできた橋の下を2艘のボートが必死にくぐり抜けていくのだ。そんな情景ならば、きっと私も興奮したに違いない。
綾瀬川
埼玉県に海はないが川がある。私の家の近くには綾瀬川が流れている。昔は生活排水を多く垂れ流していたせいか、汚い川としてよく名前が挙がっていた。子供の頃の川の印象は黒く濁った感じがあり、それでも魚の数は信じられない程たくさんいた。
私は小学生の時には隣の市に住んでおり、自転車を30分程こいで綾瀬川まで来て釣りをしていた。ビンドウと呼ばれる透明の筒の容器に練り餌を入れて水の中に沈めておくと、あふれんばかりのタナゴやモツゴが入ってくる。それらの小魚を針にかけてナマズやライギョを狙う。釣れない時も多かったが、たまに大物を釣ると他クラスの釣り好きな生徒にまで情報が伝わり、ちょっとしたヒーローになっていた。
大人になって何度か引っ越しをした。東京にも千葉にも住んでいたが、また埼玉に戻ってきた。今は綾瀬川の近くに住んでいる。もう釣りをしなくなったが、川沿いをたまに散歩している。下水処理が進んだせいか昔のような黒さは感じられず、きれいになった印象はある。あいかわらず魚の数が豊富なため、シギや鴨などが川にたくさん集まってくる。夕陽に輝く土手の草花や川面に浮かぶ鳥たちの情景は、中流域特有の美しさがあるだろう。
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