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引越しがもたらす光と闇
先日、私は引越しをした。
理由はなんてことない。「契約更新のタイミングだったから」とか「なんとなく手狭になってきたから」とか「鳩が毎週のようにベランダにウ◯コを落としてくるストレスに堪えられなくなったから」とかいう、ごくごくありきたりなものである。
そもそも、引越しの理由なんてのは大抵がありきたりだ。
転勤や結婚、騒音問題や人間関係…思い当たるものは大体が想像のつくものばかり。
そしてこの日本に生きている人…少なくとも大人で一度も引越しを経験したことがないという人はそんなに多くないだろう。
つまり、めちゃくちゃ身近なイベントなのである。
その割にはめちゃくちゃ大変じゃないですか?
いやあの、めちゃくちゃ大変。以前に引越しをしたのは4年前なのだが、その時よりも遥かに大変だった。
私は大学進学のタイミングで地元福岡から東京へ引越してきた。その時はすでに東京に住んでいた姉と同居する手筈になっていたので持って行くのは私物のみ。まぁ楽器とかもあったのでそういう大変さはあったがそのくらいである。
そこに11年住むことになるわけだが、流石に同居生活にも疲れ2020年に引越しを決行した。それが前回だ。
その時も家電類は姉がそのまま使用することになったので持って行くのは私物のみ。引越してから家具家電を揃えていった。
そして今回。4年間住んでいた部屋との別れを決意し引越しに臨むことにしたわけだが…正直甘く見ていた。過去2回の引越しで引越しを経験した気になっていたのだ。
そう、私は退去の経験が無いのである。
すなわち退去童貞。退去のことはフィクションや噂話でしか聞いたことがなく、大学を卒業して社会に出る頃には周りの友人が続々と退去を経験して一皮むけて大人になっていくのを指をくわえて眺めていた。
友人が退去の話で盛り上がっている時には上手く輪に入ることが出来ず、「それでお前は?」なんて振られた時には「あ、あぁ…そりゃ大変だったよ。原状回復に手間取ってね…」などとわけのわからぬ作り話でその場をやり過ごしていた。原状回復など一度もしたことがないのに。
引越しに付随する作業は多い。
物件サイトを穴が空くほど閲覧しそこから不動産会社へ連絡、様々な条件から物件を絞り込み実際に内見、物件が決まればやれ審査だの前金の入金だのという手順を踏んで、審査が通れば引越し業者の選定、そしてついでにキャンペーンでオススメされるガスやら電気やらインターネットやらウォーターサーバーやらの申し込みを吟味したり手続きなどしつつ、その後も鳴り続けるほかの引越し業者からの営業電話を躱し続け、引越し先でやっておきたい作業の手配なども進めながら、仕事をする。正気かね?
というかここまでの作業がいわば前哨戦で、本当の引越しはここからはじまる。
とにかく捨てまくる。もう着ないであろう服や使わない調理器具、飾ってあるだけで実際には目もくれてない謎のグッズとか、忘れた頃に同人ショップから突き返された個人制作の同人CDとか。とにかく捨てまくる。
断捨離というものは一見気持ちがいいものだが、「本当に捨てていいものなのか…?」という疑念をいちいち振り解くのが軽微なストレスになる。
断捨離がある程度済んだら梱包だ。これも大変。
というか、自分の住まいの荷物が段ボール何個分になるかを正確に把握できる人っているんですかね?俺は足りなかったよ!
当たり前だが、手狭に感じていたということは4年間で物が増えていたということで、その分段ボールも必要になる。
やがて部屋は段ボールで埋め尽くされていく。段ボールが多すぎて、段ボールを広げる場所がないんですけど!
最終的には仕事で使うPC周辺機材も梱包しないといけないので、仕事を終わらせなくてはいけない。結局これが地味に一番の難関かもしれない。
あのなぁ、俺は仕事を終わらせるのが一番苦手なんだよ!
などと叫んでいても仕方がないので終わらせる。
あと、地味に”冷蔵庫の中身を無くす”のも大変すぎる。なるべくならきちんと消費してしまいたい。
私はnoshを愛食しているのだが、こんな時に限って冷凍庫には5〜6食もの冷凍弁当がひしめき合っていた。ええい、食えばいいんだろ食えば!
そんな中、水抜きなる工程の存在を知る。これは家電を持ち出さないと発生しない工程で、冷蔵庫や洗濯機の内部の水をあらかじめ抜いておく必要があるらしい。
調べてみると、冷蔵庫はあらかじめ引越しの24時間前くらいに電源を落として冷凍庫の霜やら水気を抜いた方がいいと書いてある。その記事をnoshを食いながら眺める引越し当日の俺。
うーんと、次は頑張ります(^o^)
洗濯機についても、「下の排水ホースをあらかじめ抜いておいて…」などと普通に書いてあったりする。どうやって一人で洗濯機持ち上げて下のホース抜くんだよ!
もう知るか!
などと騒いでいたら引越し業者が到着してあれよあれよと言う間に荷物が運び出されていった。
先ほども申し上げたとおり、普通に段ボールが足りなかったので梱包しきれなかった細かい荷物がチラホラ残っている。
幸いにも今回はギリ徒歩圏内での引越しで、退去自体も1週間後だったのでその間にチマチマ運ぶ予定だった。
あと、そもそも捨てるつもりの粗大ごみ(ベッドフレームとか)をまとめて不用品回収に出すつもりだったのでなんだかんだで結構荷物が残されていた。
本来なら引越し前にその辺の処分も終わらせとくべきなんだろうが、今回はスケジュール的に色々とギリギリだったので引越し業者も不用品回収業者もどこも空いておらずこのような流れになった。徒歩圏内だからよかったものの、地方への転勤とかだったら詰んでたんじゃないか。
…この辺りで、「なんで俺はこんな思いをしてまで引越しをしてるんだ?」という気持ちになっていた。
物件を決めた辺りでは新生活に胸を躍らせていたものだった。家の付近の飲食店を調べたり、新しく設置する予定の家具をウキウキで眺めたりしていた。
ところが現実ではひと駅分の距離キャリーケースを転がしながら、パンパンの紙袋を片手に抱えて何往復もする羽目になっていた。自分ひとりで。
なぁ、これが俺の望んだ引越しだったのか?
引越しってのはこんなにも孤独で、こんなにも救いがなく、こんなにも他人事だったのか?
もちろん、この引越しはすべてが自分で決めたことで、すべてが自分の責任で、すべてが自分に返ってくるものだ。
誰かに強制されることでもなく、誰かのためになることでもない。
誰かに自慢できるような偉業でもなければ、新しい技術が身につくわけでもない。
誰もが経験したことがある、人生のただの1ページでしかないのだ。
それにこれだけのリソースを割いて、
これだけの汗をかいて、
得られる対価が"引っ越せるだけ"だと?
一人の部屋で闇に飲まれそうになっていたある時、一本の電話が鳴った。
大学時代の仲間が駆けつけてくれて、車を出してくれて、あろうことかベッドの組立てまで手伝ってくれたのだ。
おかげでその日は新しいベッドで眠ることができたし、何より気持ちが嬉しかった。
引越し、悪くないじゃねぇか…
そして、ありとあらゆる解約手続きやら回収作業やらを詰め込んでしまいロックフェスみたいなスケジュールになってしまった退去日を迎え、無事に旧宅を退去することができたのだった。
俺は、退去童貞を卒業した───
…ここまで散々今回の引越しの大変さを語ってきたのだが、引越しを何度か経験している方はこう思っているだろう。
「まぁ、引越しってそういうもんだから」
と。
いや、そうなんですけど、違うんですよ。今回私が言いたいのは、引越しが大変すぎることがあんまり共有・共感されてなくない?ってことなんですよ。
なんかみんな普通〜に引越ししてないですか?それがどんなに大変だったとしても、あんまり主張しないですよね。「引越し作業大変や〜(>_<;)」くらいのテンション感でポストしてませんか?私もそうだったんですが、やっぱり「そういうもの」っていう感覚がある。大変で当たり前というか。自業自得というか。
でも今回思った。引越しってもっと褒められていいんじゃないか?
今回のことはいいんです。次に引越しするであろう自分自身や、周りの人の引越しをもっと褒めてあげませんか?
引越しはありきたりなイベントなんかじゃない。
もっと褒められるべき行いなんです。
もっと称賛されて、後世に語り継がれるべき偉業なんですよ!!
あなたの次の引越しが、あなたへ大いなる光をもたらすことを祈っています・・・
俺はもう引越したくない。