わたしのなかには海がある
海のなかにはわたしがいる
空を映した海 わたしは魚になりゆくあなた

あなたが流した汗だの涙だの
どちらかといえばみにくい汁
そのひとつひとつに 愛を込めて
拝啓 あなたを愛しむ誰か

どこかの誰かが地面に吐いた
憎しみとくやしさと 形にしたくない情(きもち)
痰のしみたアスファルトに 接吻がつづく夜明け前

明け方の湯船に沈む顔は いつも泣きはらしている
かなしみにもなりきれない 泥だらけのこころ
なさけもざまもない 雨あがりの灼熱
やさしさを忘れたつま先で押す
「追い炊きを 開始します」

湯気でくもる視界
見えないから雨を願った
てるてるぼうずがかなえてくれなかった
祈っても会えない気まぐれと
熱と
ひたむきな涙

頬を切りつけられたように
あつくてつめたい
ひとすじの痛み

こころの粒子がときはなたれて
宙を舞い 風を呼び
しろい綿ぐもになる
やさしそうで やわらかそうで あたたかそうな
空のいきものになる

かわいいいのちには旅をさせましょう
緑の大地や灼熱の砂漠 魚の腹が空を映す海原
病めるときも すこやかなるときも
にくたらしいほど 刹那の今日も

かわいかったいのちにも旅の終わり
音のしない世界に したたる音だけがこだまする
いのちは海へ還る
綿ぐものままでは手が届かぬ
なつかしい あこがれの 海へ
くらくて しずかな てのひらのなかへ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?