連載note小説「藤塚耳のコーライティング」第1回
「藤塚耳のコーライティング」
ペンギンス
「耳祭り」まで、あと19日
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声、聞こえてますか?
……時間になりましたので、始めたいと思います。僕の声は聞こえてますでしょうか?
それでは、オンラインでの開催となりますが、始めたいと思います。「ZOOM」はみなさん、不自由なく利用できていますか? きょう、質問などは都度お手元のマイクをオンにして、僕に声をかけてくださって結構です。もちろん、このあとのチームわけを経て、実際の「ワークショップ」が始まりましたら、チームごとにオンラインで個別ミーティングルームに割り振られますから、積極的にコミュニケーションを取っていただきたいなと思います。
改めまして、本日は「作曲家をめざす! コーライティング・ワークショップ」にお越しくださりありがとうございます。申し遅れましたが、ここで僕の自己紹介をしたいと思います。僕は「NAOTO」というクレジット……失礼、ペンネームのことですね……で作曲家の仕事をしています。大学を卒業してから去年までは、ずっとビジネスパーソンとして、システムエンジニアの仕事をしていました。並行して、J-POP……いわゆるアイドルさんたちですとか、時にはシンガーソングライターさんに、楽曲を提供する、という音楽家の仕事、それをいわば「二足の草鞋」で続けてきたんですが、ありがたいことにだんだんそれだけで仕事がまわるようになり、この前の年末で一念発起して会社を退職し、作曲家に専念するようになった、というタイミングです。今日、お集まりいただいている皆様も、いろいろなアイデンティティの方がいると思います。なにかの参考になれば、幸いです。……
シンガーソングライター、藤塚耳(ふじつかみみ)は6畳のワンルームと外界をつなぐ唯一の手段であるモバイルルーターの貧弱な回線速度に悩まされながら、コーディネーターのナオトと名乗った男の指示通りテレビ会議システム「ZOOM」の音声をオフにして、自室のMacBookの前で走り回っていた。昨夜遅くまで動画生配信サービスで自身のファンを相手にライブ配信を数時間にわたり続けたあと、オンラインゲームに明け方までログインして、そのまま爆睡していた。昼からこのオンラインワークショップを覗いてみようという意志はあったのだが、目が覚めたのは開始時刻の5分前で、化粧も服装もなにひとつままならないままなのだった。今や画面に映る藤塚耳が真実の藤塚耳として扱われる時代だ。万事が整うまでは姿をあらわしてはならないのだ。
……コーライティング、と聞いて、まずみなさん、なんじゃそりゃ、という方がほとんどなんじゃないかなと思います。「広辞苑」に載っているかは、僕は知らないですけど。
コーライティング、これは「co-writing」と書きます。読んで字の如く、「co-」共に、「write」書く、ということですね。これは音楽の用語で、今日はみな、音楽をつくるためにここに集まってくださいましたので、われわれにとっての意味合いとしては「共同で作曲する」ということになります。以前から「共作」という言葉、概念はありました。それを改めて掘り起こして磨き上げたようなものだと思っていただければと思います。
本日はこの「コーライティング」の「ワークショップ」ということになります。お集まりの皆様は、作曲の経験はある。あるいは、シンガー・ソングライターとして歌手活動をされているといった方が多いのではないでしょうか。(藤塚耳は一瞬どきりとするが、数十名いる参加者のなかの自分にスポットがあたることはありえないとすぐに気づき、化粧をつづける)皆様それぞれの個性をいかした、コラボレーションを体験していただき、コーライティングすることの楽しさにめざめてくださったら幸いです。もちろん僕としては、こういった場所を主宰することで、そこですばらしい才能、突然変異をおこす可能性を秘めた存在と出会えることができたら、作曲家としてさっそくコーライティングの仲間を増やすきっかけとしていきたい、と考えています。これは、この場にいる全員にとって同じ目標だと思います。
耳はようやく化粧を終えるとMacBookの前に座り、一度振り返って、動画配信をするとき同様、へんなものが映り込んでいないかを入念にチェックしてからMacBookのカメラをONにした。数秒のタイムラグがあって、耳の顔が画面に映る。数十名のワークショップの参加者の顔が、タテ×ヨコ5名ずつ、いわばビンゴゲームの要領で並ぶ。そのなかのひとりがわたし、藤塚耳だ。午後おそくにならないと陽が差し込まないこの部屋にいると、画面上のわたしはずいぶん暗い人間みたいだ、と耳は思った。また「女優ライト」を買うのを忘れてしまった。役者が楽屋で化粧をするときのために、円形のLEDライトを縦に置けるようにしたものだ。動画配信が見づらいとファンに言われて、買わなければと思っていたのに。
……「作曲、という行為は、一般の社会で暮らしている方からすると、ちょっとそもそもどういうことなのかわかりづらいだろうなと想像します。ここまでの話を、道を歩いている人に説明しても、クエッションマークが浮かぶだけです。なので、手短に説明させてください」ナオトはつづけた。
今日お集まりいただいた方のなかには、すでに音楽制作のお仕事をされている方もちらほらいらっしゃいます。そう言った方には言うまでもないことですが、いま、作曲というのは完全にデジタルな行為になっています。WindowsやMacBookなどのいわゆるパソコンに、音楽制作のための専用のソフトウェアをインストールする。そのソフトウェアで、メロディーや伴奏を作る。ピアノ、ドラム等、いわゆる楽器の音色はもちろん全て、パソコンにインストールされています。ギターを演奏したり、歌を歌ったりする場合も、オーディオ・インターフェース、という、文字通り「接続装置」を介して、デジタルな入力に変換されてパソコンに取り込まれる。最終的に音楽制作ソフトの中で、ドラム、ギター、歌などを調整して、ひとつの音楽が生まれる。ということですね。改めて言葉にするとなんか大げさに聞こえますが、僕らがやっていること、今日これからはじめることをいちいち言語化すると、そういうことになります。
そして、コーライティングというのは、これを複数名でやる、ということです。シンプルですよね?
いちばんよくあるのは、「トラックメーカー」とよばれる、コンピューターでビートを組み立て、ピアノやギター、シンセサイザーやサンプラーを使ってサウンドスケープをデザインする人間と、「シンガーソングライター」、これは説明不要ですね、詞を書き、メロディーにのせ、楽器を弾きながら歌う人間。この組み合わせが一番多い。シンガーソングライターは、私小説的なじぶんの世界を歌にすることには長けている場合が多いですが、そのぶんプライベートになりすぎて、商業的に一歩踏み出したり、あるいはなにか新しいトレンドを取り入れるのは苦手なケースが多い。いっぽうトラックメーカーというのはテクノロジーに強く、最新のグローバルなダンスミュージック等のトレンドも抑えているけれど、なにしろ彼……失礼、男性とは限りません……彼あるいは彼女は、歌えないわけですね。歌がないので、フィジカルに最終的にリスナーにとどく音楽としては、歌がなくっちゃ、はじまらない。そこでトラックメーカーによるサウンドスケープと、シンガーソングライターによるフィジカルな表現の双方をいかせるのが、コーライティングというわけです。チェックされてる方も多いとは思いますが、いまや海外の、米国などのヒット・チャートは、ほとんどすべての曲が、この「コーライティング」の手法を当然の前提としています……
今日はくる場所をまちがえたかもしれない、と耳は思った。ちょっと初心者向けの場所に迷いこんでしまっただろうか? 作曲とはなにか、デジタル・ツールの説明。さすがに耳には今更確認するまでもないことの連続だ。シンガー・ソングライターとしてみずからピアノを弾きながらメロディーをつむぎ、歌詞を書き、そして歌う。路上やライブハウスでそれを観客の前で披露する。そうやって生きてきた。子どものころからその日あったことを歌にして母親に伝えたり、あたらしくみつけたおいしいレシピを歌にして覚えたりしていた。ピアノと、じぶんの声は、耳にとって常に共にあるものだった。デジタル・ツールにしたって同じことだ。思春期を迎えるとそうやってつくった曲をスマートフォンのアプリで録音し、「みみ」というアカウントを作ってネットにアップするようになった。最初のうちはただそれだけだったが、そのうちに思った以上にそれを耳にしたひとびとのリアクションを得られるようになった。次回のアップを楽しみにする人が生まれた。耳も自然と力をいれるようになり、スマートフォンで録音した自宅のアップライト(縦型)ピアノの弾き語りだけだったのが、そのうちデジタル・ツールによるレコーディングがはじまる。間違えても、直せばよい。編集が加わる。ビートが加わる。自分が弾けぬ楽器を、友人に頼む。そうやってじぶんの創作の必要性と必然性のままに、耳はみずからの音楽をみずから進化させてきた。大好きです、といってくれる人がコップのふちまで溢れ出したころ、それはビジネスになった。一時は大手のレコード会社と契約をして、良質の環境で創作をするチャンスも得た。経験をつんで、さまざまな音楽的状況のなかでじぶんのベストを出すスキルをつんできた耳にとって、オンラインで延々つづけられる説明は、分量といい内容といい、いささか退屈に感じられた。せっかく化粧をしたばかりだったけど、画面をオフにして、休み休み聞くことにする。
さて、ではそんなコーライティングを、実際に体験してみよう、というのが今日の趣旨となります。すでにオンラインで事前に告知のとおり、これから私、オーガナイザーのNAOTOのほうで、事前にみなさんからいただいたアンケート……ご経歴、得意不得意、好きな音楽などの情報をもとに、チームわけをさせていただきます。このチームなんですが、基本的に3名で構成します。おい、と思われた方もいるかもしれません。さっきお前シンガーソングライターとトラックメーカーで組むのがいいと言ったじゃないか、と。
良い質問です! 私はコーライティングの豊富な経験の中で、理想のバランスですぐれた音楽ができたケースと、残念ながらそうではなかったケース、両方をたくさんみてきました。そこで発見したのが、三人目の存在の重要性です。機能性だけで、音楽を分業にしてはいけないんです。トラックメーカーがテクノロジーをあやつり音をつむぎ出す。シンガーソングライターがフィジカルをいかして音をひとびとに届ける。この機能性に、ひとつ足りないものがあります。それが、コンセプトです。
たんなる迫力ある、最先端のサウンドだけでは駄目なんです。たんなる「歌がうまいね」だけでは駄目なんです。双方をむすびつけるための説得力あるコンセプト。それが歌詞にも、メロディーにも、ドラムにも、音楽の至る所に一気通貫していること。シンガーソングライターのプライベートな歌声と、トラックメーカーのテクノロジーを有機的にむすびつけ、問題を解決するソリューション型の音楽。そのために必要なのが、コンセプトをかかげ、リーダーシップをもってコーライティングをリードする、第三のメンバーの存在なんです。もちろん、たんなるコンセプトでは口だけの、絵に描いた餅です。具体的な音楽として仕上げるために、第三の人物は「ディレクション」をします。メロディーをより良くする。歌詞にエッセンスを加える。ビートの音色を提案する。全体の構成を工夫する。俯瞰的な視点でのマクロとミクロのディレクションが、音楽を決定的にレベルアップさせるのです。
耳は無印良品の生気をうしなった灰色のナマコのようなソファから身をおこし、ふたたび画面をオンにした。そこがわかっているなら、このひとは大丈夫だ、と思った。たんなる音楽家同士の「人脈づくり」、いわゆるネットワーキングは耳には不要だ。そうではなくて、今回の目的を理解してくれる人物と、そのために必要なスキルを持ち合わせたスペシャリストに出会うのだ。そして私は、自らの強い意思で、私じしんをこの危険な状況から救い出すのだ。
いつしかオーガナイザーの話は終わり、自動的に会議システムにより参加者がふりわけられ、藤塚耳は「ルーム1」と名付けられた、オンライン上の個室に存在していた。画面には美大の学生のような雰囲気の、長い髪をおろした若い男と、そしてさきほどからレクチャーをしていた、白いワイシャツを着た会社員ふうがぬけきれない作曲家、NAOTO、ナオトがいた。
藤塚耳は挨拶もそこそこに言った。
「私の音楽を、みんなに破壊してほしいんです」
(続く)