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内田樹帯文(推薦文)一覧
はじめに
本稿では、内田樹が帯文、あるいは推薦文を執筆した書籍、音楽、映画の発表年を基準に古いものから順に並べた。自らを「帯文作家」と呼ぶことからも分かるように、内田は帯文(推薦文)に限っても、膨大な数を手掛けている。筆者の寡聞の及ぶ限り収集したが、不十分な点も多々あろうかと思う。今後も随時更新する予定ではあるが、至らぬ点については、読者諸氏からのご指摘を賜りたい。
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2002
町山智浩『映画の見方がわかる本 『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで』
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超人的な映画記憶力と、人間性の暗部への深く容赦ない洞察の例外的な出会い。町山智浩以外には誰も書けない映画論。
2004
山本浩二『ちきゅうぐるぐる』
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対話と挑発から破格の美を生み出す、山本浩二の逆説的な美術教育の方法と作品。
「子どもには無限の可能性がある」と口で言うことはたやすい。けれども、その可能性をほんとうに信じている人は少ない。その可能性を開花させるための術を知っている人はもっと少ない。山本浩二はその稀有なひとりである。
2007
友野祐介『プライス タグ』
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「子どもとお金」という主題は考えてみたら触れられることの少ない(というより無意識的には避けられてきた)ものだということを映画を見て思い出しました。おそらく「子どもはできるだけお金に触れない方がいい」という
人類学的な知恵がまだ残存しているためでしょう。それも当然で、子どもというのは定義状「労働しないもの」だからです。労働しないものにとって、貨幣はただの「記号」あるいはただの「数字」です。でも、労働しようがしまいが、貨幣を持つものはそれを使用するときに、貨幣がある種の全能性をもつことを知ります。子どもがお金をもち、それを使うというのは、言い換えると「記号は全能である」という倒錯のうちに投じられることです。その倒錯に迷い込まないために、子どもに対しても、貨幣は「労働の対価」としてしか与えられないといううるさい条件が課された。そうすれば、貨幣を媒介にして、「労働は全能である」という(健全な)幻想を子どもに刷り込むことができるからです。映画の主人公の「正ちゃん」は「お金を持たない存在」(赤ちゃん)から、記号としてのお金を持つ存在」(子ども)、「労働の対価としてお金を得る存在」(大人)へと急ぎ足で階梯をのぼり、最後はなんと「担保を差し出し、有利子のお金を借りる存在」(投資家)へと成長してゆきます。「投資家」段階まで子どもが行き着く必要があるかどうかについては(人類学的見地からは)疑問があるのですが、そこらへんがあるいは「現代的」な切なさなのかも知れません。
2008
釈徹宗『いきなりはじめるダンマパダ お寺で学ぶ「法句経」講座』
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ほんものの批評性は手触りがやわらかい。風雪に耐えた叡智には暖かみがある。釈先生の書いた物を読むと、いつもそのことを実感する。
2009
江弘毅『街場の大阪論』
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読んだら、串カツとトロが無性に食べたくなった。もちろん、冷たいビール付き。江さんの文章には、読んだ人間に何かを始めさせる力がある。
2012
平川克美『俺に似たひと』
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介護の経験が、生きている父親への、子の側から「供養」として引き受けられた。この「私小説」の完成度の高さは、ここから来たと私は思う。
想田和弘『演劇1 演劇2』
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たいへんに面白かった。何がどう面白かったのか、手持ちの映画批評の用語ではうまく表現できない。そういう種類の経験だった。この映画の「成功」(と言ってよいと思う)の理由は二つある。一つは「観察映画」という独特のドキュメンタリーの方法を貫いた想田和弘監督のクリエーターとしての破格であり、もう一つは素材に選ばれた平田オリザという世界的な戯曲家・演出家その人の破格である。この二つの「破格」が出会うことで「ケミストリー」が生み出された。二人がそれぞれのしかたで発信している、微細な歪音がぶつかりあい、周波数を増幅し、倍音をつくり出し、ある種の「音楽」を作り出している。
想田和弘『演劇 vs. 映画 ドキュメンタリーは「虚構」を映せるか』
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『演劇1』『演劇2』は大変に面白かった。何がどう面白かったのか、手持ちの映画批評の用語ではうまく表現できない。そういう種類の経験だった。
2013
水野和夫、大澤真幸『資本主義という謎「成長なき時代」をどう生きるか』
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広大な歴史的射程の中で、資本主義の成立から終焉までをみごとに論じている。
白井聡『永続敗戦論 戦後日本の核心』
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いまの政治をめぐる言説、特に日米、日中、日韓、日ロ関係をめぐる外交にかかわる言説の本質的な欺瞞性を、若い世代もちゃんと感じ取ってくれていると知って、ほっとしました。
岡田斗司夫『超情報化社会におけるサバイバル術「いいひと」戦略 増補改訂版』
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『その通り!』と膝を叩き続けながら読みました。
光嶋裕介『建築武者修行 放課後のベルリン』
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旅の記憶について書くことのリスクは、一度書いてしまった言葉が書き手自身を呪縛して、経験の意味を固定化してしまうことにある。この書物はその陥穽をみごとに免れている。書き手である青年は、彼の旅の経験を一意的なものに還元することを自制し、経験から終わりなく意味を汲み出し続けようとしているからである。自己抑制と知的貪欲。その緊張のうちにこの本の文体の魅力は棲まっている。
2014
中村加菜子『トトとムー おかしのまちへいく』
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作者の中村加菜子さんは僕のゼミの卒業生です。卒業したあとイギリスに留学しているとき、愉快なメールをときどき頂きました。そのときの経験がこんなかわいい絵本になるとはね。
圡方宏史『ホームレス理事長 退学球児再生計画』
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興味深く拝見しました。テレビのローカル局がこういう手間暇のかかるわりには、商業性のない作品を作るようになったのは「テレビはもう終わりかもしれない」という危機感に衝き動かされてのことではないでしょうか。その危機感をもつ人々にしか「終わり」を先送りできるチャンスはないようにも思いました。
平川克美『グローバリズムという病』
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これは平川君の書き物のうちでも最良のもののひとつだと思う。僕はこの本のすべての頁に同意署名できる。
植島啓司『処女神 少女が神になるとき』
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ネパールの温気が行間から漏れ出して、読み手の肌にじかに触れてくるようでした。フィールドワーカー植島啓司の強靭な足腰と、霊的感受性のおおらかさにただ感服。
尹雄大『体の知性を取り戻す』
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身体を語る言語はつねに身体を裏切る。言葉で身体を語りきれるはずがないからだ。その根源的矛盾に耐えるためには、『居着かない文体』が必要になる。その困難な要請に著者は懸命に応えようとしている。
平尾剛『近くて遠いこの身体』
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個人的なものであっても汎通性の高い知見は「パブリックドメイン」として共有できるし、すべきだと僕は思っている。平尾さんが獲得した人間の心身についての経験知は「すぐれたアスリートしか所有できないこと、すぐれたアスリートしか口にすることが許されないこと」ではないと僕は思う。この本に書いてあるすべてのことを僕は「僕自身の経験知」として語りたい。平尾さんもきっとそれを望んでいると思う。
平川克美『復路の哲学 されど、語るに足る人生』
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ある年齢を過ぎると、男は「自慢話」を語るものと、「遺言」を語るものに分かれる。今の平川君の言葉はどれも後続世代への「遺言」である。噓も衒いもない。
2015
毛丹青、蘇静、馬仕睿『知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!』
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「え? 日本のこんなところに興味があるの?」そんなズレと新発見を楽しみたい。
内藤正典『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』
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イスラムをめぐる政治状況を精密なロジックと平明な文体で腑分けしてくれる一冊。多くを教えられた。
デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』
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戦争はときに兵士を高揚させ、ときに兵士たちを奈落に突き落とす。若い兵士たちは心身に負った外傷をかかえて長い余生を過ごすことを強いられる。
その細部について私たち日本人は何も知らない。何も知らないまま戦争を始めようとしている人たちがいる。
山田奨治『東京ブギウギと鈴木大拙』
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たいへん面白く、一気に読んでしまいました。鈴木大拙という武士的風貌の思想家の弱く、やわらかい部分に触れていて、大拙への親近感が一層深まりました。
平川克美『「あまのじゃく」に考える 時流に流されず、群れをつくらず、本質を見失わず』
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平川くんのこの本は、正直に書く、論点を絞り込む、たいせつなことは(くどく)繰り返す、ロジカルな説明よりも嗅覚や触覚に触れる言葉を好む・・・という本です。渋茶を飲みながら、ときどき遠い眼をしながら読んでください。———推薦文、長いですね・・・すみません。
奥村宏『資本主義という病 ピケティに欠けている株式会社という視点』
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日本ではいま官民をあげて社会制度の『株式会社化』を推進している。国民国家も地方自治体も医療も教育も、株式会社に似せて組織化されねばならないと人々は呼号している。しかし、本書は株式会社が滅びを宿命づけられた、深く病んだシステムであることを教えてくれる。
高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』
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高橋さんは文学者の視点から、人々が「現実」だと思っているものの虚構性を剥ぎ取って、それが「物語」にすぎないことをあらわにする。でも、それは告発したり冷笑したりするためではない。高橋さんにとって、「物語」はしばしば「現実」以上に現実的だからだ。
山崎雅弘『戦前回帰 「大日本病」の再発』
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安倍政治が一政治家の資質に還元できる一過性のものではなく、明治以来日本を深く冒してきた「種族の病」の劇症的な再帰であることを本書はみごとに解明した。「病」は想像以上に深く、致死的だ。
松本創『誰が「橋下徹」をつくったか 大阪都構想とメディアの迷走』
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松本さんの文体は熱があるけれど、荒々しくない。論理的だけれど、情味がある。彼の書くものの信頼性と奥行きは松本創という個人の生身によって担保されている。
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祖国のために身銭を切る人たち
私が現代シンガポールについて一番知りたかったことは、シンガポール人は自国に対してどういう帰属意識を持っているのかということである。どんなふうに国を愛しているか、と言い換えてもいい。この本はその問いへの重要な手がかりを与えてくれた。
2016
デイヴィッド・フィンケル『兵士は戦場で何を見たのか』
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戦争は兵士たちの身体を無慈悲にかつ無意味に破壊する。失明、火傷、四肢切断……本書はイラクで米軍兵士たちの身体がどう破壊されたかを詳細に描いている。自衛隊の派兵の可能性について語る人たちにまず読んで欲しい。
鉄筆『日本国憲法 9条に込められた魂』
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憲法9条の成立過程については諸説がある。私にはその当否を判断することはできない。けれども、9条2項は弊原喜重郎の創案であるという話を弊原の秘書役であった岳父平野三郎からは繰り返し聞いた。岳父はそういうことで嘘を言う人ではなかった。平野三郎の書き物が今の時期に再評価されることを大変嬉しく思っております。
山本太郎『山本太郎 闘いの原点 ひとり舞台』
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山本太郎さんは勇敢で、それでいて優しさにあふれた人だ。自分が信じることはたとえ孤立しても貫くが、見知らぬ人でも困っていれば手を差し伸べずにいられない。烈しさと優しさの同居が山本さんに例外的な人間的深みを与えている。
山崎雅弘『日本会議 戦前回帰への情念』
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独創的な思想も組織的実力も持たない少数者たちが、私たちの眼に触れぬままに、気づけば現実の政治を動かしているという事実に慄然とする。
山﨑雅弘『【新版】中東戦争全史』
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山崎さんの本書はこの『中立的・非党派的であることが許される例外的な言論環境』が生み出したものである。アメリカやフランスやイギリスやあるいはロシアや中国では、このような書物はおそらく書かれないし、刊行もされない。それらの国々では、入りみだれる敵味方のどの陣営にも与しない中東論などありえないからである。
2017
星野文紘『感じるままに生きなさい 山伏の流儀』
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星野さんは「山のような人」である。山は何も話さないけれど、もし口があったら、星野さんみたいに話すんだと思う。めっちゃ面白い本です。
神吉直人『小さな会社でぼくは育つ』
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神吉くんは人からものを習う達人である。これは若い人に仕事のしかたを教える本だけれど、神吉くんはここでも「教えること」を通じてぐいぐい新しいことを学んでいる。すごい。
エドワード・スノーデン『スノーデン 日本への警告』
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アメリカでは、テロ防止という名分に基づくマス・サーベイランス(無差別監視)が結果的に“監視するだけで監視されない”特権的な権力領域を政府内部に創り出した。スノーデンは特定秘密保護法以後の安倍政権の真のねらいが何であるかを教えてくれる。
ミシェル・ウエルベック『服従』
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全方位的にお薦めの本です。フランスの政治的・思想的・霊的な劣化という現実を自虐的なまでに鮮やかに摘抉。細部が異常にリアルで、もうほんとのこととしか思えない。
光嶋裕介『建築という対話 僕はこうして家をつくる』
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施主として、師範として、オススメします!。
安田登『あわいの時代の『論語』ヒューマン2.0』
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安田さんは世にもまれな『死語』の使い手である。遠い過去に生きた人たちの、安易な想像や共感を許さない特異な思念や体感をありありと現出させる才能において、柳田國男、白川静の学統を継いでいる。
2018
アルボムッレ・スマナサーラ、想田和弘『観察 「生きる」という謎を解く鍵』
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「観察」をキーワードにした映画監督と宗教者の間の、ずれそうで噛み合う不思議な触感の対談。どの頁を開いても、どこから読んでも、刺激的です。
平川克美『21世紀の楕円幻想論 その日暮らしの哲学』
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人は必ず病み、衰え、老い、死んで土に還る。でも、その可傷性・可死性ゆえに、生きている間だけ人は暖かい。平川君が構築しようとしているのは、壊れやすく、傷つきやすいけれど、それゆえ暖かい「生身の人間の経済学」である。
山納洋『地域プロデュース、はじめの一歩』
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仕事をするならこういう人としたい。
岩田健太郎『 ジェネシャリスト宣言』
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岩田先生は素人に自分の専門領域の本質をわかりやすく説明する能力において際立っている。それは『知らない』立場に仮想的に立つことができるからだ。言うと簡単なようだけれど、自分の『知っていること』をいったん『抜いてみる』ためには例外的な知力が要る。岩田先生はその例外的な一人である。
2019
坪井香譲『呼吸する身体 武術と芸術を結ぶ』
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坪井香譲先生は、宗教、哲学、芸術と武道の技法と術理の内在的なつながりを深く考究することで武道の可能性を大きく広げてくださった。先生の独創的な知見は、われわれ後続する武道家にとって掬すべき貴重な水源のひとつである。
池田達也『しょぼい喫茶店の本』
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この本の中では劇的な事件は何も起こらない。ふつうの人の労働の日々が静かな筆致で書かれているだけだ。でも、現代の若者の本質とこの世界の一面が鮮やかな筆致で切り取られている。
加藤典洋『9条入門』
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これはすごいです。『敗戦後論』以来の衝撃でした。いいから黙って書店に走るなり、密林でぽちるなりしてください。加藤さんはこれで九条をめぐる70余年の議論にけりをつけるつもりみたいです。
山崎雅弘『歴史戦と思想戦 歴史問題の読み解き方』
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『歴史戦』と称する企てがいかに日本人の知的・倫理的威信を損ない、国益に反するものであるかを実証的に論じています。山崎さん、ほんとはものすごく怒っているのだけれど、冷静さを保っているのが偉いです。僕にはとても真似できない。
ロマン・ポランスキー『オフィサー・アンド・スパイ』
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ポランスキーは大戦中のフランスでユダヤ人狩りから逃げ回るという痛ましい少年時代を過ごした。彼はそのトラウマからついに自由になれなかった。彼の映画に”底知れず邪悪なものへ”の恐怖が伏流しているのはそのせいだと思う。この映画も例外ではない。
是枝裕和『万引き家族』
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家族を成り立たせるためには理解も共感も要らない。『この人のことを私は何も知らない』という断念の方がむしろ家を安全で快適なものにしてくれる。
橋本治『失われた近代を求めて 』(上下巻)
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橋本さんは天才的に説明がうまい。それは橋本さんがご自身を読者に想定して説明しているからである。他人は煙に巻くことができるけれど、自分相手に「わかっているふり」をしたって仕方がない。
青木真兵、青木海青子『彼岸の図書館 ぼくたちの「移住」のかたち』
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人文知の拠点は「地面に近いところ」に構築されるべきというシンペイ君の直感にぼくからも一票。
松竹伸幸『日韓が和解する日 両国が共に歩める道がある』
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面白かったです。一気に読んでしまいました。徴用工問題の大法院判決の法理的・歴史的意義について、これほどわかりやすい解説ははじめてでした。出来るだけ多くの人に読んで欲しいです。
2020
橋本治『九十八歳になった私』
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こんな作品は橋本治以外の誰にも書けない。
平川克美『見えないものとの対話 喪われた時間を呼び戻すための18章』
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平川君はここでも僕が前に聞いたのと同じ話をいくつも繰り返している。でも、僕はつい聴き入ってしまう。語るたびに彼の物語は滋味を増し、未聞の深みに達するからである。
石川康宏、上脇博之、冨田宏治『いまこそ、野党連合政権を! 真実とやさしさ、そして希望の政治を』
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安倍政権下で日本は「先進国」から「衰退国」に転落しました。すべての領域が国力の衰微とモラルハザードで蝕まれています。日本再生のチャンスは野党連合による統治機構の立て直しによるしかありません。もう時間はあまり残されていません。
平川克美『株式会社の世界史「病理」と「戦争」の500年』
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僕は平川君の下で働いていたことがある。平川君は親切で、公平で、大胆で、仕事のできる経営者だった。そういう人だからこそ、これほど洞察に富んだ株式会社論が書けたのだと思う。
方方『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』
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中国に言論の自由はないと思っている人たちはこれを熟読すべきだ。言論の自由は、いかなる政治体制下であっても、勇敢で志の高い個人が身銭を切って創り出すことができるということを作者はみごとに証明している。
2021
大橋しん『魔法のフレーズをとなえるだけで姿勢がよくなるすごい本』
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たったひとつの言葉が動きをどれくらい変化させるかは武道の指導経験でよくわかっているつもりだったが、身体の内側まで言葉で変化させる技法についてはこの本からはじめて学んだ。
白石一文『我が産声を聞きに』
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きわだって現代的な物語。この感染症の世界の冷たい手触りを伝えつつ、結婚がもう安全保障でも親密な癒しの場でもなく、「なんだかよくわからないもの」だという現実を容赦なくつきつける。
中条省平『カミュ伝』
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きわめてフェアな立場からの、行き届いたカミュ論。
石井志昴『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』
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この本から得たいちばん貴重な情報は「不登校は成長過程ではごく自然な出来事」ということだった。私自身、小学校は不登校で高校は中退だったけれど、長じてなぜか教師になった。学校への態度は成長にともなってどんどん変わる。学校とのかかわりかたはいろいろあっていいんだよということを子どもたちに教えてあげたい。
橋本治『人工島戦記 あるいは、ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかのこども百科』
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橋本治さんの書くものの多くは『説明』です。それも『自分に対する説明』。だから、絶対に手を抜かない(自分を説得するときに手を抜く人はいません)。『人工島戦記』がこれだけ長くなってしまったのは、すべての細部について自分でも得心がゆくまで徹底的に説明しようとしたからだと思います。
中田考『タリバン 復権の真実』
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中田先生の論考は、現場にいた人しか書けない生々しいリアリティーと、千年単位で歴史を望見する智者の涼しい叡智を共に含んでいる。
竹信三恵子『賃金破壊 労働運動を「犯罪」にする国』
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恐ろしい話を読んだ。日本はもう治安維持法の一歩手前まで来ていることをこの本に教えてもらった。明日は我が身かも知れないと思う。
青木真兵『手づくりのアジール 「土着の知」が生まれるところ』
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青木君たち、やっていることは「けっこう極端」なんだけれど、言葉の手ざわりがとてもやさしい。だから話をずっと聴いていられる。
2022
伊東順子『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』
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映画やドラマを見て、そこそこ隣国のことをわかった気持ちになっていたけれど、この本は韓国のほんとうにわかりにくいところ、『字幕にできない』ことをていねいに教えてくれる。
シャルル・ペパン『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』
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2時間で読める西欧哲学入門。よほどの覚悟がないと書けない本だ。
ベス・デ・アラウージョ『ソフト/クワイエット』
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ワンショット・リアルタイムのスリラーと言えば、ヒッチコックの『ロープ』が映画史に残る傑作だけれど、本作はそれに挑戦している。途中から加速する登場人物たちの暴走と救いのない精神崩壊は『ロープ』を凌駕している。
2023
松竹伸幸『シン・日本共産党宣言 ヒラ党員が党首公選を求め立候補する理由』
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葛藤を通じて成熟するというのは個人でも政党でも変わらない。松竹さんは共産党が成熟した国民政党になることを切望している。本書が生産的な対話の始まりになることを私も願っている。
中貝宗治『なぜ豊岡は世界に注目されるのか』
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コウノトリ、有機農業、演劇、ジェンダーギャップの解消…着眼点はどれもすばらしいのですが、何よりもそれらを貫くのが「深さをもったまちづくり」という哲学である点を僕は高く評価します。その土地の土着の文化と整合しなければ、どんな「正しい」政策も成果を得ることはできません。中貝さんは豊岡の土着の文化が何を求めているのかを皮膚感覚でとらえ、それを政策的に展開できた例外的な市長だったと思います。
光嶋裕介、青木真兵『つくる人になるために 若き建築家と思想家の往復書簡』
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対話相手の知性に対する敬意を示すのは容易なことではありません。「打ち返しやすいボール」を打ち込むことではもちろんないし、かといって「打ち返せないボール」を打ち込むことでもない。そのあわいの、相手が最高のパフォーマンスを発揮できる球筋をピンポイントで狙う技術がふたりとも卓越しています。
松竹伸幸『不破哲三氏への手紙』
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不破哲三さん自身がかつて分派活動を咎められて自己批判したことも、民主集中制を統制の道具として用いることを非としたことも、この本で教えられた。日本共産党の安全保障政策の変遷とその意味について、これほど精密かつ論理的に書かれたものを読んだのもはじめてだ。「共産党もずいぶん苦労してきたんだなあ」というのが私の偽らざる感想である。だから、これは共産党批判の書ではまったくない。
ヴァレリー・ゼナッティ『ジャコブ、ジャコブ』
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この小説は読者を遠い時代の遠い国の、見知らぬ人間の身体に一気に送り込む。彼らの渇きや飢えや痛みを、あるいは悦楽や癒しを、読者は自分の身体にリアルに感じてしまう。けたはずれの文学的才能だと思う。
山本直輝『スーフィズムとは何か イスラーム神秘主義の修行道』
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スーフィズムを著者はこう定義する。「その中心的ストーリーは、“人は弱く、間違いを犯す存在である。しかし修行者は師の助けを通じて人間の精神的完成をひたすら目指す中で、人間を見捨てず絶えず導こうとしているアッラーの愛に気づく”ことである。」その修行の体系はまさにわれわれが「道」というものに近い。
大島新『国葬の日』
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映画に出てくる人たちの語る言葉は、あるものは軽く、あるものは重い。あるものは浅く、あるものは深い。感情豊かな人の言葉はわかりにくくても身体にしみる。現実を動かすのは、たぶんそういう言葉だ。
後藤正文『朝からロック』
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批評的だけれど人を傷つけない言葉。この困難な目標にGotchはまっすぐ向かっている。勇気がなければできないことだ。
田中聡『身の維新』
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幕末から明治にかけての医学と政治のかかわりを医師たちの肖像を通じて鳥瞰した力作。フーコーの『狂気の歴史』の方法が日本にも定着したことを実感させる。
大西良慶、平櫛田中『人間ざかりは百五歳』
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老いるほどに人は自在を得る。この二人の天馬空を往くが如き悠々たる筆致に触れて、私も早く百歳になりたいと思った。
2024
阿部安治『前奏曲集』
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友だちが書いた小説というのは不思議なものだ。語り手は僕の知っている阿部君とは「似ている別人」である。でも、すべてほんとうのことのようにしか思えない。この物語を書いているのは誰なんだろう。
堀田新五郎『撤退学宣言 ホモ・サピエンスよ、その名に値するまであと一歩だ』
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資本主義をさらに暴走させようとする加速主義の時代だからこそ、「ゲームの外側へと降り立つ手順」「世界外への離脱」を探求する撤退的知性が求められている。その鮮やかな実践。
鈴木邦男『鈴木邦男の愛国問答』
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すごい文章だ。こんな文章を書ける人は後にも先にも鈴木邦男しかいないと思う。鈴木さんの声が聴こえてくるようだ。
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同時代を生きた人間として樋田さんがこの記録を残してくれたことに深く感謝したい。若い人に読んで欲しいと思う。人間がどれほど暴力的になれるのかは知っておいた方がいい。
青木真兵『武器としての土着思考 僕たちが「資本の原理」から逃れて「移住との格闘」に希望を見出した理由』
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青木君の文章と思考はつねに揺らぎ、葛藤している。決して単一原理に執着すまいというつよい決意が彼の文体に「過剰なまでの節度」(そんなものがあるのだ)を与えている。
内田健太郎『極楽よのぅ』
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文章を書く上でいちばん大切なのは正直と親切だと思う。でも、なかなかこの条件を満たす書き手に出会うことはない。この本の著者は例外的に正直で親切な人である。読者に対する気づかいが行き届いている。だから、読んでいると心が暖かく、穏やかになる。この本が扱っているのは労働と記憶と死、ほとんどそれだけなのだ。このシリアスな主題をやわらかく、愉快な筆致で描く著者の文体の完成度に僕はびっくりしてしまった。これが最初の本だなんて、信じられない。
林尚之、堀田新五郎『撤退学の可能性を問う』
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既存の知的枠組みから鮮やかにステップバックする「撤退知」。いま喫緊の学的課題は、単一の「正解」を探し出すことではなく、「正解がもう出せなくなったスキーム」から決然と撤退することである。この事業には二つの資質が求められる。知力と勇気である。集められた書き手たちはみなその条件を満たしている。
ラジ・リ『バティモン5 望まれざる者』
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この映画の登場人物たちの中に100%正しい者はいないし、100%の悪人もいない。みんな、それぞれに守るべきものがあり、そのためにそれぞれの仕方で限度を超えた行動をとる。どこまでなら人を傷つけることが許されるのか、どこまでなら感情をむき出しにすることが許されるのか。『人間が人間らしくあることのできる限度』はどこまでか。それについて深く省察することを映画は観客に求める。
デイヴィッド・フィンケル『アメリカの悪夢』
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葛藤する市民の証言を通じてアメリカの悪夢と希望のありかを知ることができる。
2025
竹端寛『能力主義をケアでほぐす』
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竹端さんは正直な人である。正直さは研究者にとって必須の知的資質である。本書を読むと、正直さが知的離陸を可能にすることがわかる。
内田樹帯文(推薦文)一覧
公開日 ─ 2023年11月18日
最終更新日 ─ 2025年2月13日
編者 ─ 神野 壮人
連絡先 ─ jinnoakito@gmail.com