最近読んだ本(2020年11月)
振り返り―アカデミズムにおけるハウツーについて―
この時期は、社会人としてどのように働き、何を目指すべきかを考えるために、ビジネス書を何冊か読んだ。ビジネス書は、章ごとにまとめのページがあったり、問題の階層構造が明確化されていたり、図などのビジュアルに配慮されていたりと、とにかく分かりやすく書かれており、大変勉強になった。
アカデミズムの世界では、木下是雄『理科系の作文技術』・梅棹忠夫『知的生産の技術』・外山滋比古『思考の整理学』などがハウツー本として半ば聖典化されているが、上記の項目を全く満たしておらず、ビジネス本と較べると大変読みづらい。たしかに世の中には、古典など苦労してじっくり読むべき類の本も存在するが、ハウツー本はそれに当たらないはずである。分かりやすければ分かりやすいほど、よい本なのだ。もちろん、花村太郎『知的トレーニングの技術』や戸田山和久『論文の書き方』などはすごくいい本だけれど、こういうものの蓄積がビジネスに較べると少ない。特に、問いを発見し仮説を導くための論理的なプロセスについて書かれた本が少なすぎる。久米郁夫『原因を推論する』などは確かに読みやすいが、あのレベルで聖典化されてしまうようではダメである。
ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』(☆☆☆☆)
・「本を読む」という行為を相対化させてくれる良書。私たちは、本を読むとなると「最初から最後まで読み通さなくてはならない」という思い込みをつい抱いてしまうが、そんなものは捨ててしまってよろしい。と、ここまではよくある話なのだけれど、この本のすごいところは、「読まなくても分かったことになり得る」とまで言い切ってしまうことである。つまり、図書館にある本と本の関係(対立関係や影響関係)を理解し、マッピングすることが重要なのだ、と。自分の視野が狭くなったと感じた時に手に取りたい本である。
岡崎京子『pink』(☆☆☆☆)
・岡崎京子を読むのは、『リバーズ・エッジ』『ヘルター・スケルター』に続いて3作目である。一読したときは魅力がよく分からなかったけれど、読み返したら分かった。とにかく主人公の二人がかわいいのである。
・「資本主義うんぬん」の話はよく分からなかった。まだ90年代という時代の特質を掴み切れていないからだろう。
樋口陽一『リベラル・デモクラシーの現在』(☆☆☆)
・文章は読みにくい。けれど分析の枠組みはエッジが効いている。最初に読んだ時はあまり有効に思えなかったが、よくよく考えていくと的を得ていた、という議論が多い。自民党改憲案におけるネオリベ的要素とナショナリズム的要素の結びつきについて、「順風美俗」というタームで説明する部分などは、これから援用したい。
チョ・ナムジュ『1982年生まれ、キム・ジヨン』(☆☆)
・学部時代のサークルの先輩や同期と呑んだときに、「女性の社会進出と、それを阻む男性社会(「早く家庭に入りたい」女性を含む)」について話が盛り上がっていたので、読んでみた。
・文学としての美的な価値はほとんどない。おもしろくない。
・敷居の低い政治的パンフレットとしては意味があると思う。エリート女性による悲痛な叫びの声を、男性中心社会に届けるための有効な戦略だろう。
・さて、前述の友人たちの話を聞いていると、エリート女性の孤独な闘いについて考えさせられる。それを闘うことは、彼女たちをどのように位置づけるのか?あるいは彼女たちにおいてどのように位置づけ、彼女たちにどのような葛藤と変化をもたらすのか?
・でもまあ、一旦ケアの価値を切り捨てるというリベラル・フェミニストたちの戦略はやはり好きになれない。いますぐにでもどうにかしたいという彼女たちのの切迫した状況は理解できるが、ネオリベ的、あるいは福祉国家的マインドがベースにある限り、自分はビジョンを共有できない。身近に困っている人がいたら協力するだろうが、積極的には共闘できそうにない。
宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』(☆☆☆☆)
・非行少年たちはそもそも認知のプロセスに問題があるため、反省することすらできない、という筆者の主張に衝撃を受けた。やはり自己責任論など何の意味もないし、それを生み出した近代的主体の論理そのものについて我々はもっと深く考えるべきである。
・問題を抱える生徒をなるべく早い段階で発見し、善処しなければいけない、と思わされた。要するに、教育現場に行くことの意義を実感した。
新井紀子『AI vs 教科書が読めない子供たち』(☆☆☆☆)
新井紀子『AI に負けない子どもを育てる』(☆☆☆☆)
・両書については、別の投稿に読書記録を書いた。
・問題提起の書として大変刺激的である。
三島由紀夫『三島由紀夫 レター教室』(☆☆☆☆☆)
・すごく面白い。登場人物の人数と性格の設定、ストーリー、文章の長さ、スタイル等、すべての要素が絶妙なバランスの上に成り立った精密機械のようで、読んでいて心地よさを感じる。この点は、はっぴいえんどの楽曲に通じるものがある。
・登場人物はしばしば、他人の手紙を批評したり、男女の心の機敏について上から目線でものを言う。こうしたいわばシニカルな態度は、僕を自己反省へといざなった。ハッとさせるところがある。
大石哲之『コンサル一年目で学ぶこと』(☆☆☆☆☆)
・コンサル(に限らずビジネスマン)はどのような考え方を基礎にして働くべきか、について書かれている。読書記録は別の投稿に。
・ビジネスで何が学べるか、がクリアーになった。いまの自分に必要な本だった。
読書猿『独学大全』(☆☆☆☆☆)
・内容は素晴らしい。辞書のように使えるという本のスタイルもよい。切り口は『知的トレーニングの技術』と似ているが、それ以上に網羅的であり、かつ仔細に述べられている。
名和高司『コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法』(☆☆☆)
・大石『コンサル一年目で学ぶこと』よりもミクロな視点で書かれている。
・『全技法』と名乗っているだけあって、筆者が「使えない」と判断したフレームワークについても掲載している。なぜ使えないか、という部分まで説明してくれているので、とても参考になった。実践に携わる人によって書かれた、生きた意見を読んでいる感じがする。
・ただし如何せん、本全体の構造がよく分からない。また、章ごとの主張もコロコロと変化するため判然としない。「コンサルにはただ一つの正答がない」からといって、ここまでハッキリしないのもどうかと思う。たぶん文章があまり上手くないのと、思いつきでどんどん書いているのだろう。
伊藤洋志、pha『フルサトをつくる』(☆☆☆)
・「都会か田舎か」の二者択一に陥る必要はない、「フルサト」をつくって両者を行き来しながら生きればいいじゃん、という提案の書。そのための方法論なども書かれている。内容はそれほど濃くないが、実践ベースなので読みやすい。
・見事に二者択一として考えていた自分の視野を広げてくれた。したがって、移住を後押しするための本として読んだにもかかわらず、結果的に移住の意欲が削がれた。
・田舎に定住することによって初めて理解できることもあるだろう、などと自分は批判したくなるが、著者らはそれを意に介さないだろう。というのも彼らは、世界を理解したいという動機をそもそも持っていないからである。単に新しく、楽しく、魅力的な生き方を提唱してくれたのだからそれで十分と考えて、あとのことはやはり自分で考えなくてはならない。
北野唯我『転職の思考法』(☆☆☆☆)
・転職をするときに考えるべきポイントから、そもそもビジネスにとって転職とは何かという点まで、転職のイロハが書かれている。物語の形式をとっていて、取っつきやすい。
・転職という将来の時点から逆算しながら、社会人として何を学ぶべきかを考えられたのでよかった。アタックすべき業界を定めるための思考法については、市場や社会の大きな流れ・見取り図を掴むための方法としても有効である。
高橋留美子『めぞん一刻』(☆☆☆☆☆)
・通読は二度目だが、文句なしのザ・ベスト漫画である。以前に読んだときよりも声を出して笑った気がする。
・「響子さんはいつから五代君のことが好きだったか」という、永遠に議論可能な論点を提供している。この筆致にはとにかく脱帽である。