サンカク[超短編小説]
30年前のその日は、丁度今日のようなかんかん照りだった。正直言ってこんな茹だる暑さで行く気も失せていたが今更ドタキャンなど言い出せず、朝の7時きっかりに公園に集合した。今思えば彼らも同じ考えだったかもしれない。
公園に集合して、W君とT君と歩いて山へ向かう。特に会話もなく1時間程で予定通り山頂に着いたが、そこに感動は無い。お目当てはここから1時間先にいる。奴は山頂のような見晴らしの良い所を好まない。僕等はズンズンと延長線上へ足を運んだ。山を下ると頭上の木の葉が増えて少しずつ涼しくなっていった。
暫くすると、せせらぎが見えた。
「あそこだよ」
W君が呟く。
「ここでアイツを見かけたんだ」
そう、僕らの戦いはまだ終わりではない。ここから奴が現れるまで待つのみ。
じっと息を殺して数m遠くの茂みからせせらぎを見守る。いつ来るのかは分からない。僕とT君はW君の証言だけを信頼してここまで来た。今更引き返すわけにはいかない。羽虫がたくさん寄って来た。苛立ちも募る中、唐突にT君が声を上げた。
「アッ」
せせらぎには20cm程の大きさの、目が痛くなる程に黄色い正四面体が宙を浮いてふわふわと漂っていた。以前にW君から聞いた話によると、それは浮いているのではなくとんでも無く細い足が身体を支えているのだという。
その不規則に漂う様は、無機物には作り出し得ない、明らかに生物的な雰囲気を醸し出していた。
向こうの茂みから現れたそれは、せせらぎの上を通るとバチャンと音を立てて水浴びを始めた。全ての面に水が触れるためだろうか、サイコロのように無邪気に転がり回っていた。
不意にW君が「捕まえてみる」と言って茂みから出た。が、その生き物は直ぐ茂みの音に反応して逃げ出してしまった。その速さはまるで子リスのようであった。
僕らは帰る間どんな会話をしたのか覚えていない。この話を少しでも疑っていたことへの詫びも、サンカクの存在を教えてくれたことへの礼も無かった。
僕らはこれ以上の接点を持つこと無く、中学校に上がる頃には進学先の関係でバラバラになってしまった。
あまり話したことがなくてもすぐに打ち解けられる小学生の頃の、仲が良くも、悪くもない3人。あの話をたまたま共有した3人。恐らく、あのサンカクに出会わなければこの関係性はあっさり忘れていたと思う。正四面体の奇妙な生き物とのたった一度の出会いが、僕等の今にも切れそうな記憶を繋ぎ留めている。
【あとがき】
某社主催の小説大賞で応募したものです。
確か1000文字以内で、テーマが「出会いと別れ」という縛りがあったような気がします。
「伝染るんです。」の登場キャラクターである「丸」から着想を得ました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?