11.寮の日常
私が函館ラ・サールに入学したのは高校からである。今では併設の中学校があるが、当時はそんなものはなかった。だから高校入学と同時に寮での集団生活が始まった。寮の定員は各学年150名、総計450名が収容される。
ここで母校の学園寮のサイトから高1寮生の平日の一日のスケジュールを参考に当時のことを思い出してみたい。まず7時30分に起床して7時35分に点呼となっている。朝の点呼とは、朝起きて脱走した奴がいないか確認し作業が終わって全員自分の房にいるか確認する為のもののことだ。例えば刑務所の基本は点呼で始まり点呼で終わる。しかし、私が寮生活をしていた時にはこのような点呼は無かったような気がする。7時40分に朝食が始まるが、それまでは自由だった。そして8時25分に登校だ。
1年生寮のことは忘れてしまったが、2年生寮、3年生寮の時は、ぎりぎりまで寝起きの悪さでジャージのまま寝て、当時棟続きでつながっていた学校の教室にその恰好のまま朝食抜きで走り込んだことがある。ちなみに土曜日の夕食はいつもカレーライスで、翌日の日曜日の朝食はその残りがあるので早い者勝ちの競争になった。特に美味いとは思わなかったが、いつもホッケばかり食わされている寮生にとってはごちそうだったのであろう。
午前中の授業が終わると、12時半に昼食で、寮生は一度寮に帰ることになる。自宅から通ってきていた生徒はそれぞれ弁当や学校の学食、購買部のパンなどで昼食を取っていた。学校と寮とを結んでいた渡り廊下は狭く、この時間になると大混雑した。寮の食事は、今では株式会社シダックスに業務委託しており、同社の栄養士、調理師が健康な食生活のため力を尽くしているそうだが、私の頃は調理のおばちゃんが調理室で調理していたと思う。味はまあ、それなりだ・・・
午後の授業が終わると部活をしていない者は寮に帰り、入浴(19時半まで)や夕食(18時)を済ませ、19時50分の門限までそれぞれが好きなことをして過ごしていた。門限後は特別な理由がなければ外出禁止で寮に監禁される。言い換えると18時の夕食から19時50分の門限までが各自の自由時間で、私の場合、地下のテレビ室でテレビを見たり卓球をしたり、学校の近くの本屋で「月刊宝島」や「フールズメイト」と言ったサブカルチャー雑誌や音楽雑誌を買いに行ったりしていた。
そして20時からは問題の義務自習が始まる。当時の高1寮には寝室とは別に32人単位の学習のための自習室があった。普通の生徒なら翌日の授業の予習や復習、中には早くも大学受験の準備をするものもあったが、私は全く自習はしなかった。せっかく北海道の函館までやって来て、その貴重な体験を記録するためにその日あった日記をこと細かく、緻密に、日記を書いていたのである。残念なことにその時に何冊も書いた日記はいつの間にか行方不明になり、現在は所持していない。もしも、いま、それを読むことができたら当時の心境などが手に取るように分かるだろう。
と言うことで、私は義務自習が嫌いだった。私はとにかく義務とか強制が大嫌いなのである。唯一の救いは当番制で、2年生・3年生にかかってくる電話当番をすることだった。外部からかかってきた電話を館内放送で2年生寮、3年生に取り次ぐのである。その時は、寮の事務室に待機し、よく大好きな日本地図や世界地図を眺めては未知の国や地域のことを考えていた。
義務自習中は基本的に飲食・私語・音楽は禁止されていて、中学寮では、自習室内常時私語・飲食・音楽・飲食物の持ち込みが禁止されている。堅苦しいことだ。義務自習は一度21時30分に休憩が挟まれ、点呼・連絡事項伝達の後、21時50分から23時まで行われる。
ついでだが、集団生活の特性上、持ち込み物品の規制が行われている。禁止物品の数は多岐にわたる。具体的には、携帯電話、パソコン、テレビ、ビデオ・DVDプレーヤー、携帯ゲーム機、ゲームソフト、麻雀、花札、コンポ、キャラクターカードなどが挙げられ、最近では新たにiPodも規制対象に加えられている。