【ふたりしずか・別話】 第一夜

# 十二月十五日 妙な夢を見たということ


⚫︎紗夜から夏海への手紙
 前略、という書き出しで正しいのかはわかりません。正しい手紙なんて書いたことがないので、文法とかルールとかなってないかもしれませんが、読んでもらえたら嬉しいです。
 そもそもなんで手紙を書こうと思ったのか、なんて、語っても仕方ないかなと思います。だって先輩は、まどろっこしいことをしていると読んでくれなさそうなので。だから、用件だけを伝えます。

 昨日、夢を見ました。先輩が、深い奈落へ落ちていく夢です。
 とても不思議な場所でした。先輩はたった一人で歩いていて、他には誰もいないんです。私はなぜか空からそれを見ているけれど、私の声は決して届きませんでした。
 強い風に飛ばされそうになりながら静かに歩いていく姿は、なんだか巡礼者みたい。でも、巡礼者のような真摯で敬虔なそれじゃなくて、どこか思い詰めた表情で、ただ静かに歩き続けている。まるで、死に場所に向かっている鯨のように。
 どうしてこんな場所に迷い込んだのかはわかりません。けれど、先輩の身に何かあったんじゃないか、と不安になって、つい書いてしまいました。
 何事もなければいいんです。どうぞ笑って破り捨ててください。この話は一切忘れて、今まで通り図書室でなんでもないようなお話をしてください。

 でも、もし。
 もしも、何か思うところがあるのであれば。
 言葉にしなくてもいいので、手紙にて教えて欲しいです。普段は言えませんが、先輩のことが心配です。
 お返事お待ちして、とも言いませんが、書いてくれたらうれしいです。


⚫︎夏海から紗夜への手紙
 突然の手紙の内容に戸惑っています。普段のあなたからは考えられないような言葉が出てきているので、最初は悪戯を疑いました。
 しかし、その内容には覚えがありますので、悪戯ではなくあなたの本気の(?)言葉なのだと捉え、それの答えと少しだけ補足をしたいと思います。
 ただし、一つだけ。
 このやりとりは、手紙の内に留めてください。二学期中にまだ委員会で図書室で会うこともあるでしょうが、その時はこの話を出さないでください。

 あなたが見た夢は、私が見ていた夢と同じです。記憶違いでなければ、私の夢の最後の最後に当たる部分でしょう。確かに私は最後、そんな寂しい細い道で、強い風に煽られて落ちていきました。
 ただし、そこに至る前に歩いていた場所のほうが、もっと寂しい道だったと記憶しています。
 おそらくかつては人が住んでいたであろう島、理由はわからないけれど、島民が立ち去ったのか死に絶えたのかはわかりませんが、誰もいなくなったそこの道をただひたすらに歩いていました。
 辺りは薄暗く、色彩というものが失われたモノトーンの世界。思い返す今だから言えるけれど、とても怖い世界でした。
 けれど、足を止められなかった。どんなに怖くても、私は歩き続けるしかなかったんです。なぜなら、誰もいない、生きているものの気配がない場所のはずなのに、なぜか憶えのある声だけがはっきりと聞こえていました。
「……振り返ってはいけない!」
 その声がずっと、私の背中を押していました。
 そして古びた鳥居に辿り着き、導かれるようにそこを潜りました。以降は、あなたの見てきた通りです。

 なぜこんな夢を見たのか。どうして誘い込まれたのか。理由は全く、思い当たるところがありません。ただ、風の通り道で、私はおそらく一度死んだのかもしれません。けれど、現実に私は生きていて、こうして手紙を書いている。そう考えると不思議なものですね。
 あなたがなぜこれを私に伝えようと思ったのか、そして何よりこのことを知っているのか。気になることは多くあります。
 せめてこれが、一夜限りの夢であることを祈ります。

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