【ふたりしずか・別話】 第五夜
# 十二月十九日 閑話・眠りの庭で夢路へと
紗夜は、静かな部屋で一人、ただ微笑んでいた。
薄ぼんやりとした古い和室の中で、縁側から差し込む午後の日差しが、彼女の姿を浮かび上がらせている。すらりとした足を崩して座り、その膝の上で、夏海を優しく抱いていた。
紗夜は彼女を、丁寧に撫でている。ゆっくり、優しく。大切な秘密の宝物を扱うように。
時折そっと顔を近づけては、何かを囁いたり、ころころと笑ったり。そのたびに、膝の上の夏海が一緒に小さく揺れていた。
「だいすき、です」
柔らかな声が響く。心の音が紗夜の唇から溢れるたびに、膝の上に吸い込まれて消えていく。
「先輩は、わたしだけのものです」
それは、とても愉しげに。
「どこにもいっちゃ、いやですよ。ずうっと、わたしのとなりにいてくださいね」
けれどどこか、駄々っ子のように寂しげに。
「先輩のことを癒せるのは、わたしだけなんですから」
歌うような紗夜の言葉が響くたびに、膝上の夏海が揺れる。夢路へと誘う彼女の声は、ローレライの如く。
「先輩が良い夢を見れますように。願わくはずっと、私の腕の中で」
唇から溢れるのは、あまりにも儚い少女の願い。それは夢路へと至る、蜘蛛の糸。
ここは、二人だけの眠りの庭、すべてから隔絶された揺籃。そこにあるのは歪な温もりと倖せ。
やや低く、しかしはっきりとした祈りは、眠りの庭の静寂に溶けて消えていった。
⚫︎紗夜から夏海への手紙になるはずだったもの
なんとも言えない、不思議な夢です。これは、夢なんです。私自身に、そう何度も言い聞かせている。でなければ、あんなことになるわけがないじゃないですか、どこぞの夢物語じゃないのに。あ、これ夢の話でしたっけ。
でも、私にとっての先輩は、こうであってほしい、とちょっとだけ思ったりしています。
あれ、でも先輩がこの夢を見ているかはわからないんですよね。最近ずっと一緒の夢の中にいるから、それが当たり前になってきてました。そう考えると、ちょっと恥ずかしいかも。
あ、改めて意識したら本当に恥ずかしくなってきました。顔見ておどおどしてても、いつも通りに話してくださいね。
(この手紙を読み返した結果、夏海に渡すことなく破り捨てられたらしい。さりとて書き直そうにも、どうしても筆が進まなかったようだ)
⚫︎夏海から紗夜への手紙
今朝は手紙が入っていなかったので、何かあったのかとも思いました。けれど、放課後に図書室で逢った時、あなたはなんてことない感じだったので、もしかしたら夢の話はこれでおしまい、ということかもしれない。そう考えましたが、今日はどうしても筆を取らざるをえませんでした。もし夢の話に飽きたり、しょうもないと思っているのなら、どうかこの手紙は先を読まず無視して捨ててしまってください。
昨日まではあんなに不思議で不気味な場所にいたのに、今日はなぜか古い和室にいました。半分開いた障子から見える庭は、穏やかな午後の風景といった感じで、どこまでもゆったりと、のんびりとした空気に包まれていました。
現実でも眠っているはずなのに、私はそこでも午後のゆるやかな空気に身を委せ、微睡んでいました。誰かが私の髪をゆっくりと梳きながら、頭を撫でてくれているのです。まるで子供に還ったように、無防備に。
優しい声で私の名前を呼び、あやすように慈しんでくれる。とても心地よい時間でした……
夢は深層心理を映す鏡だというけれども、ちょっと信じられないし信じたくない。しかも、その相手が相手だから余計に、です。
もしこの夢をあなたも見ていたのなら、意見を聞かせてください。昨日までの夢から断絶している上に、あまりに荒唐無稽すぎてどう捉えていいのかわからないので。どうか遠慮せずに。