【ふたりしずか・別話】 第六夜
# 十二月廿日 日常は正常で異常なものか
⚫︎紗夜から夏海への手紙
昨日はすみませんでした。夢の内容がうつろだったので、書いては消しを繰り返して、結局諦めました。
うつろ、というのはちょっと違うかも。確かに、一昨日も夢を見ていました。でも、目が醒めると同時に霧のように消えていきました。でも、とても倖せな夢だった、気がします。
そしてどうやら、だんだんと混じってきてしまってるかもしれません。今度は、夢の中で、手紙を書いていたんです。
見慣れた便箋だから、書いているのは手紙のはず、だけど。文章がはっきりと読めないんです。書いた端から滲んでいって、読み直すことができない。まるで、書かれた紙が濡れて滲んでいくように。
まさか雨漏りかな、なんて顔をあげれば、いつもの図書室だったんです。そこでやっと気がつきました。手紙を書いているのは先輩で、私はその視線を拾っているだけだった。自分で書いていないんだから、何を書いているかはわかるわけない。でも、文字が滲んでいる理由だけはわかりました。
先輩、なぜ泣いていたんですか。
⚫︎夏海から紗夜への手紙
とりあえず、ほっとしているような残念なような。
昨日の手紙は忘れてください。あなたが覚えていないのなら、それはそれでいいことです。変な夢が続いたので、ちょっとだけナーバスになっていたんでしょう。でなければ、夢でないわけがない。そうですよね。
しかし、昨日までの夢が『今ではないいつか、ここではないどこか』だったのに、いきなり身近すぎる場所に移されて戸惑っています。身近な場所になったことで、余計に不気味さが増したような気がしないでもありません。
私が泣いていた、と言いますが、そんなわけ、ありません。大体においてあの雨の日、図書室で手紙なんて、書いていたわけがないんだから。
きっと、見間違いです。それか、違う状況を見ていたんでしょう。私はただ、雨の図書室を見回りしていただけだったのだから。
そこには、誰もいなかった。まあ、学校の図書室なんていつも誰もいないようなものだから、それはある意味で異常ではないかもしれません。
雨と雲ののせいで外は薄暗いし、誰もいないんだから余計な物音がするわけもない。林立する本棚は大型動物の肋骨のように、規則正しく並んでいる。奥まで。まるで、鯨の腹に呑まれたみたい。
そう、わたしは独りだけでした。他に、何もなかった。泣いていたわけは、ないんです。
だって、閑かな図書室は、当たり前の場所でしょう?