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【短編小説】お味噌汁と白玉だんご

 秋と本州の人なら決して言わないだろうというくらい、肌寒い秋。
 それはそう、ここは北海道。そして今日は十月の十五夜で、近所のスーパーやコンビニには特設コーナーができて「月見だんご」やうさぎの形を模した「うさぎぽてと」などのイベントを楽しむスイーツできっと賑わっていることだろう。

「おかあさん、これ、すすき」

 さぁて、これから晩ごはんを作りましょうかというタイミングで、小学生の長女がススキを手渡してきた。満面の笑みでつい受け取ってしまった。

「まぁ、本当ね。これ、どうしたの?」
「すすき。学校の裏山にね、生えてるのをみんなで採ってきた」
「そうなの」

 十月の中旬にもなれば場所によってはススキが自生する。長女いっちゃんはススキ二本をわたしに渡してご機嫌だった。

「きょう、じゅうごやって、せんせいいってたよ」
「うん、いってたよ」

 同じトーン、違う声で双子の兄妹が隣で教えてくれた。幼稚園の年中さんのにっちゃんとにっくん。片手鍋に水道水を入れてチチチ……とガスコンロの火にかけ、それから出汁の素の顆粒をぱっぱっと振り入れた。

「十五夜、知ってるの?」
 と、わたしが尋ねると、双子ちゃんは同じタイミングで揃って答えた。

「しってるよ」
「しってるよ、すすきとかーかざってー、あと、おだんごたべる!」
「おだんごたべる!」

 相槌を打ちながら頭をフル回転させて段取りを組む。おだんごおだんごおだんごと三人が呪文のように言うので、めんどくさくなって豆腐とわかめのお味噌汁でいいやと腹をくくった。わかめは乾燥したやつなので味噌を入れる直前に入れればいい。
 よし、まずは冷蔵庫から豆腐を……。

「おだんご食べたいな、おかあさん」
 と、爆弾発言したのは長女。
「たべたい!」
「つくりたい!」
 と、希望を思いのままに発言するのは双子ちゃん。

 作るだなんて、ははっ、この忙しい時間にまたご冗談を……!

「あ、作るの、知ってるよ! 白玉粉があれば作れる。わたし、この間児童館で作ったもん!」
 長女がまた爆弾発言をしてきた。

 あぁー! 作る流れになってるぅ! まず晩ごはん作らせてぇー!

 わたしの心の叫びはおかまいなく、長女が台所の粉物コーナーをごそごそと探し始めた。興味をそそられた双子ちゃんも一緒に白玉粉を探している気がした。背中を向けているけれど母の勘、それは見事に当たるのよね。

 でもたしか白玉粉なんてしばらく買ってなかったはず……。

「あったぁー!」

 白玉粉、あったんかーい!

 なければあきらめるかと思ったのに、世の中そう上手くはいかないものね。わたしは切った豆腐が鍋の中でぐつぐつ煮えていたので火を消した。えぇと、乾燥わかめは……。

「おねえちゃん、つくってー!」

 ははっ、そんな、ホント気軽に言うよねぇ、子供って。

「いいよー」

 いいのかぁー、いっちゃん。わたしが晩ごはんで忙しそうだから気を遣ってくれたのね、それは嬉しいけど、うちの台所は狭いのよ!

「おかあさん、ごめんね、ちょっとボウル出したい」

 長女のいっちゃんがボウルを取り出す。近くで見たい双子ちゃんが台所に入ってくる。あぁ、味噌を、味噌を溶きたい。その前に乾燥わかめを取り出したい。双子ちゃんが立っているところの引き出しを開けたい。
 あ、白玉粉。粉がどんどんこぼれていくわ。スケールで測らないと水の量もわからないのに、いっちゃんは一体どうしようと思っているのかしら。またこぼれたわ粉。

 バッタンドッタンとおおあらわ。
 うちの台所は大人気。

 結局、粉の重さをスケールで測り直したりなんだりと、どうにか四十分くらいかけて
『白玉だんご(きなこ添え)』『豆腐とわかめのお味噌汁』
 という珍妙な二品ができあがった。

「いただきまぁす」
「いただきまぁす」
「いただきまぁす」
「いただきます……」

 食卓にススキの穂二本を並べ、誰もお月さまは見ていないけれど、肌寒いので暖房をつけたお月見が始まった。みーんなニコニコ。わたしはちょっとお疲れで苦笑い。

 おかわりしたいと途中でなったけれど、残念! さっき白玉粉を全部使い切ったの。うちにはもう白玉粉はない……。

「ただーいまぁーーー」

 玄関から夫の声がした。ふとはたらく母の勘。いや、女の勘。
 子供たちが父親のもとへと駆けていく。

 おかえりなさーい。おー、今日はお月見だなぁ。あ、ススキだな。そうなのー、裏山で採ってきたのー。そうかそうか。

「みんな、喜んでくれ! おみやげだぞー」

 ネクタイを緩めながら夫がニコニコでダイニングまでやってきた。わたし、ちらっと見えちゃったのよ。夫が手にした半透明のビニール袋。

「白玉粉を、会社の人からおすそわけでもらってきたぞ! 食育にいいよって! 皆で作ればきっと……って、あーーー……」

 テーブルの上のいびつな白玉だんごときなこ、わたしの疲れ切った顔を見て、夫は察してくれたらしい。子供たちはもう一度作ろうと手を叩いて喜んでいる。

「悪いけど、あとは……任せたわ……!」
 げっそりとした表情でわたしが言うと、
「分かった、あとは……任せとけ……!」
 と、夫が親指を上に突き出して引き受けた。

 白玉だんごって、粉と同量の水を入れるだけでできちゃうの。それを丸めてグラグラ煮立つお湯で茹でればできちゃうの。
 とっても簡単。……なんだけど。

 台所の流しにも作業台にも床にもあちこち、粉が飛び散る秋の夜。

 今だけの出来事と思いつつも、やっぱり食育って、タイヘンね‼



(おしまい)


初めてシロクマ文芸部さんの企画に参加させていただきました。
(約2,200文字)
トップ絵はふうちゃん様のイラストをお借りしました。
企画、イラストに感謝いたします!

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