優れた理解がある
2024.05.07
ペぎんの日記#37
「優れた理解がある」
社会科で5が付くのが嫌いだった。私は世界の一部だって分かっちゃいない。
国語で5が付くのが嫌いだった。宮沢賢治が伝えようとした世界のどれだけを、私は知れたのだろうか。
英語で5が付くのが嫌だった。スキー場で話しかけてきた外国の人をフルシカトした私。
「優れた理解がある」
成績表の5段階評価。その最高点である「5」の説明にはそう書いてあった。
社会のテストで100点を取ったって、ニュースを見るたびに目眩がするほど、知らない世界があることを思い知らされる。
国語で作者の考えを選択肢の中から選べても、大切なあの人が本当に言いたかったことは、今でも分からない。
英単語のスペルを綴れても、音は喉の手前でつっかえて、出てきてはくれなかった。
腹がたった。何も分かっちゃいないのに、何もできないくせに、何が「優れた理解がある」だ。
大人の世界はハリボテだと思った。少しでも知識があれば、理解のあるやつとして威張って良い。中身を見ていなくても、輪郭だけなぞっておけば博識になれる。
だってそうでしょう。こんな私が「5」なのだから。
「世界の認識なんて、こんな程度でいいんだよ」と、馬鹿にされた気がした。もっと沢山、勉強しないといけないと思ってたのに。
先生って、そんなんでいいのかよ。
もっと教えてよ。私たちが何も知らないってことを。もっと教えてよ。分かった気になっちゃいけないってことを。もっと教えてよ。理解するってことの難しさを。
だって、そんなに簡単なわけ、無いじゃん。この世界。
中学2年生の頃、私は燃えていた。私を肯定する全てに反抗しながら、私を肯定する全てを全身で感受していた。
いつからだろう。評定の5が、ただの数字になったのは。
ただの5という数字に憤りを感じ、5を非難していた中学2年生の頃の自分は、受験期にはもうどこかに行ってしまっていた。
どんな手を使ってでも大きな数字を集め、それらの和をできる限り大きくしていくことで内申点を上げる。
5を取れると喜び、自慢する自分。
そんな中3の自分は、中2の自分に、一体どんなふうに思われただろうか。
中学2年生の私。世界の全てが敵だった頃の私。その当時考えていたことをふと思い出し、突然、焦燥感に包まれることがある。
あの頃の繊細な感性。全てを捨てた行動力。あの頃持っていたものは、今はもうどこかに無くしてしまった。
それでもまだ私の中で小さく燃えている中2の私が問いかける。
本当に、それでいいの?
怖い。あの頃なりたくなかった大人になっていくのが怖い。
あの頃嫌いだった大人と私との違いなど、一切無いように思えてくる。
「優れた理解がある」
その言葉にちゃんと反抗できていた頃の自分の声が聞こえなくなる前に、なりたかった大人になっていかないとダメだなって、
焦れば焦るほど、怖くなるんだって。