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シュレーディンガーの理科準備室
2024.05.15
ぺぎんの日記#45
「シュレーディンガーの理科準備室」
私の学校で、代々まことしやかに囁かれている噂がある。
「理科準備室には鬼滅の刃の単行本が全巻揃っている」
話を分かりやすく書くために、登場人物である2人の先生を
・ケミス先生
・バイオ先生
とする。もちろんこれは偽名であり、2人とも純日本人である。
ケミス先生:
化学の先生。現在も私の通う高校で勤務している。
バイオ先生:
生物の先生。2年前に異動し、今は違う高校で勤務している。つまり私はこの先生と入れ違いで入学している。なので会ったことはない。
事の発端は3年前、ケミス先生が授業に遅れて来たことに遡る。
当時の高2(現在の大学2年生相当の代)の化学の授業を担当していたケミス先生。
授業の時間になっても、一向に先生が教室に来ない。一部の生徒が職員室に呼びに行ったが、職員室にもいない。とりあえず待ってみるかということで、教室でケミス先生を待つ生徒たち。
授業時間も半分を経過したあたりで、教室にケミス先生が飛び込んできた。
そして放った一言(憶測)
「いやぁごめん、理科準備室で鬼滅読んでたっけ、気付いたら授業の時間だったわー。すいません、すいません。じゃ、授業はじめまーす。」
もちろん生徒がそれで納得するわけがなく、その化学の時間はほぼ、ケミス先生への質問コーナーになったそうだ。そのときのケミス先生の話を、
ざっくりまとめるとこういうことらしい。
当時の高3(現在の大学3年生相当の代)の生物を担当していたバイオ先生が、生徒から鬼滅の刃を借りた。
バイオ先生が生徒の流行りに乗れずに授業で滑り散らかしてるのを見かねた生徒が、「僕の鬼滅貸しますよ」と言って貸してくれたのだそう。
学校で受け取った20巻強の漫画。家に持ち帰るのは面倒だということで、バイオ先生は理科準備室の棚に鬼滅の刃を陳列し、授業の合間合間に読んでいた。
そしてそのバイオ先生の行動を目撃したケミス先生。自分も読んでいいかと交渉し、「バイオ先生が読んでいないときは、ケミス先生が読んでも良い」という契約を勝ち取る。
そうして、生徒から借りた漫画を理科の先生二人が理科準備室で読む、という構図が生まれた。
というのが、ケミス先生が当時の高2にしたという説明。
そしてここからが噂の本題。
その鬼滅の刃が、まだ理科準備室にあるのでは無いかと言われているのだ。
真偽は不確かだが、噂に聞く流れは以下の通りである。
バイオ先生の読了を待たずして、鬼滅を貸していた生徒が卒業。
バイオ先生は返すタイミングを失い、そのまま理科準備室に鬼滅を放置。
その1年後、バイオ先生が異動。理科準備室の鬼滅はそのまま。
なぜバイオ先生が鬼滅を異動先に持って行かなかった話になっているのか。
その根拠は、理科準備室がバイオ先生によって私物化されていたことにある。バイオ先生が理科準備室に私物を大量に持ち込み、秘密基地のようにしていたので、当の本人がいなくなった今でも、理科準備室からは度々バイオ先生のものが発掘されるのだそうだ。
そのため、鬼滅の刃がそのまま放置されていてもおかしくないのである。
現在、私たちに化学を教えてくれているケミス先生や科学部の人に聞けば、理科準備室に鬼滅があるのか無いのかくらいは分かりそうなものだ。
でもなぜか、みんな聞きたがらない。
きっと都市伝説は都市伝説のままにしておきたいからだろう。
私たちの代は会ったことのないバイオ先生。そのバイオ先生が秘密基地化していたという理科準備室。そしてその中に置かれているかも知れない、生徒から借りっぱなしの鬼滅の刃。
観測し得ないそれら全てが、噂話によって妙なリアルさを帯び、私たちの想像力を掻き立てる。
シュレーディンガーの猫みたいだなって思う。
本質は違うんだろうけど、なんというか、沢山の人の「こうなんじゃないか」という想像が、重ね合わせの状態で存在している理科準備室。
色んな人の色んな妄想が詰まった理科室を、誰も観測しないこと。
その暗黙の了解を、これからも守り続けていきたい。