めんどくさいが口癖
お勤め時代のある時。
席替えがあって、新しく私の席の前になった子が時々笑うんです。
ん???って思ってたら
「めんどくさいって口癖ですね」
と言われました。
私、言ってるらしい。めんどくさいって!!
気づくと、言ってる言ってる。
ちょっとそれるかもですが、
ゴールや目的、意味を聞いてからの説明じゃないと
仕事のやり方とか聞いてもぜんぜん頭に入りません。
なんのためにやるのか?がとても気になります。
だから
やる意味がないと思う事(たとえ私だけが思うとしても)は
めんどくさい=やりたくない
となります
今から思うと、やりたくない事だらけだったのね
でも、
口癖は出るけど
やりたくないと思っているなどと知らずに
一生懸命頑張っていたと思います。
そんなことを考えていたら、母の言葉を思い出しました。
わたし、幼稚園時代、あさ、制服に着替えるのがめんどくさかったらしく、
自分では(やれるのに)やらないから、母が手伝ってくれてたらしい。
「めんどくさい」って言ってたらしい。
「どうして、また家に帰ってきたら着替えるのに、わざわざ今これを着なければいけないのか」ということを
毎日着替える度に言っていたらしい。
多分、うそでも、こういう理由と言ってくれてたら仕方がないと思えたかな?文句言いながらも着替えたかな?
仕事の時は、文句言いながらもやってたもんな。
あ、
いつもこういうことを考えると極論に思考が飛ぶ。
なんで着替えなきゃいけないのか?
☟
生きる意味、幸せとは?
みたいな。
仕事をしていた時、最後、どうしても許せないことがあった。
解せないことがあった。
他の事はがまんしてあきらめてこれたけど、これだけな無理ってことがあった。
その瞬間は、あきらめてそうするしかないと思っていたし、そうしていたけど、
自分の中の自分が「本当はやりたくない!」って言った。
※抽象的でごめんなさい。めんどくさいからやりたくないって思ったのではないです。
子どもの時、着替えたくなくて文句を言ってた自分は、
本当の自分、本当の気持ちに気づいていたのかな。
生きてく中で
どうして自分の気持ちを封印しちゃうんだろう。
それが大人になるってことだと思ってたのかな。
社会をあきらめてたのかな。
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