見出し画像

『透明人間』【ショートショート(1000文字)】

私は透明人間なのだろう。

確信が持てない理由は、透明人間である自分もまた、自分の姿を見ることができないからだ。

何をそんなと思うかもしれないが、案外、厄介なのである。

つまり透明であることは、ある程度間違いないのだろうとは思うのだが、人間であるかどうかの方が怪しいのだ。

自分の体を触ればわかる。という人もいるだろうが、やはり、そういうわけにもいかないもので、自分の手に触れたものが、箱の中身を当てるゲームの、答えだけいつまで経っても知ることができないような、そんな不条理に苛まれる。

自分の目を通して見た、自分以外の人間の姿を観察してそれと、自分の手に触れるそれを架空の中で比較する。

そんなことを繰り返しているうちに、思いがけず他人の観察力が神業に達していた。

とはいえ、消極的な意味合いで、私は人間なのだろうとも思う。

なぜなら他に該当する”それ“にあたるものを他に知らないから。

他人に触れることはできるし、私の声は他人にきちんと聞こえているのでコミュニケーションを取ることも可能だが、壁をすり抜けたりすることはできない。

あるいは、世界の全てに無視されているような感覚さえする日常の中で、私は今、リムジンカーに乗って仕事場へと向かっている。

私が社長を務めるその会社では、私はすべての社員の、羨望の眼差しを受けるという皮肉な現実がある。

しかし考えてみれば、それもそのはずである。

自分が何者かわからないが故に身につけた、他人への配慮によって会社での役職がどんどん高く大きくなっていった。

それに透明であることを活かして、ライバル会社のプロジェクトを盗み見て、企画の段階でそれをこちらの会社で発表しているのだから。

お陰で、10年連続で最優秀社員賞なるものを渡されており、そろそろ置き場に困ってきた。

『透明さんすごいですね。また最優秀社員賞じゃないですか。』
『私も透明さんみたいになれるように頑張ります。』

周りはそう言う。

仕方ないので私もそれに応える。

『ありがとうございます。でも私なんてまだまだです。』

本心だった。

しかしそんな一言ですら、謙虚だ。人格者だ。と持ち上げてくるので、もうどうしようもなかった。

自分が何者であるのかわからない、私のような物体が、最優秀なのだそうだ。

他人から見える私はどのような姿なのだろうか。


いいなと思ったら応援しよう!