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短篇小説 夏眠

 クジラを盗まないかと男が誘ってきたとき、俺は水槽の回遊魚が左から右に横断している様子を眺めている最中だった。入射する人工的な光に照らされて、からだをくねるたびに背中がビニール紐のように淡くきらめく。群れは全体として面を形成し、局所的な速度の変化は波のように伝播してゆく。すすむにつれて収束してゆく面は、方向を左にかえ反対の切れ端に接続する。トーラス体となった魚たちはそのまま渦を巻くようにあきもせず旋回しつづけ、他の魚がやってきても穏やかにその道をゆずるだけである。
 男は、うすぐらい廊下にぼんやりと浮かぶような黒いGジャンをだらしなく羽織り、両側を鋭く刈り上げたような髪型をしていた。その格好が水族館の雰囲気からあまりにもかけていたので、俺は少し車酔いに似た気分におちいってしまった。胃のなかに異物が入りこんでしまって、からだを揺らすたびにぐらぐらと胃壁を刺激するような感覚。
「クジラを一緒に盗まないか?」
 一人で水槽を眺めている俺に、男は背後からそう話しかけた。あまりにもフランクな口調で話しかけるので、俺は思わず、ああ、いいよ、と二つ返事で応えそうになる。クジラを盗む?
 俺が軽度のパニックになって声を出せないでいると、ちょっとこっちに、と男は俺に背中を向けて廊下をずんずんと進んでいく。
 本来であれば俺は男についていくべきではなかった。しかし男が放つ異質性は誘蛾灯のようににぶく光り、俺は、ふかく考えもせず男の後ろをついていってしまった。
 男はより大きな水槽の前で足をとめた。
「このクジラを、ここから出してやりたいんだ」男は真剣な眼差しで訴えかける。その眼差しのさきにはクジラが一頭、緩慢な動きでこちらに向かって泳いでくる。核弾頭のような流線型の頭部にはいくつかの模様が刻まれていて、それ自体が巨大な建造物の一つにも思えた。先端に近い部分には螺髪のような装飾が密集していて、からだの後ろに向かって波に似た曲線があしらわれている。クジラは左に急旋回をし、その巨躯をガラスにこすりつけるように過ぎ去っていく。ふかく窪んだ目が俺に笑いかけているみたいだった。
「だからクジラを盗むって、あまりにもそれは極端じゃ?」俺は男に向かってというよりも、クジラに向かって話しかけていた。
「インパクトが必要なんだよ」男もクジラに向きなおって続ける。「もちろんこのパウを早急にここから出してやることも必要だが、ただそれが遂行されたからといって私の望みが完遂されるわけじゃない」
 水槽の脇にある解説文には、このクジラがパウと名付けられていることが紹介されてある。
「センセーショナルなニュースにすることで世間に大きな影響を与える。そうして同時的に世界中の水族館や動物園からあらゆる動植物を解放してやりたいんだ。
 奇妙な持ちかけだと思うか? まあたしかに奇妙かもしれんが、奇妙な持ちかけであることとその内容が馬鹿げていることには一体なんの関係がある? ごく自然な形で馬鹿げた内容を持ちかける場合もあれば、奇妙な形でまったく正当な持ちかけをすることだってあるだろうよ。奇妙であることと馬鹿げていることはまったく独立であって、直接に連関することじゃないんだ。
 君が考えていること、たとえばなぜクジラなのかという問いには、私の個人的な事情を差し挟むしかないが、それはここでは特に必要のないことだ。とにかくクジラだけを最終的な対象にしているわけじゃないんだが、かといってはじめの動物を何にしようかと迷っている時間がもったいないから、ともかくクジラから始めようという算段になったんだ」
 俺は、男が一息で話すその内容はともかく、その胡散臭さに嫌悪感を抱かざるを得なかった。世の中のデモやテロは自分が正しいと信じて疑わないこいつのような奴を発端にすべて開始しているような気がしてならなかった。
「あとは、誘われる相手としてなぜ自分なのか、という問いとかか?」男は意地悪っぽく右目を前に突きだしながら訊ねる。「君はどうやら、ただの娯楽や暇つぶしという理由でここへ足繁く通っていないだろう」こんどは反対の目を突き出して、つまり俺の側へより前進しながら核心を突きたくて仕方のない様子でまくしたてる。「君が魚を観察している様子を何度か見るうちに、君なら私の思想に共感してくれるんじゃないかと思ったんだ。
 多くの人間は、実際はこの水族館に魚を見にきてるんじゃない。奴らは水族館を概念として消費してるんだ、わかるか? 水族館という施設が生成する雰囲気を享楽するためだけに奴らは金を払い、魚はその要素でしかない。奴らがなぞるくだらない時間を誤魔化すために、決められた順路をただ歩いて魚を見た気になっている。私はそういった奴らが一番気に入らない。
 しかしまあ、奴らだって人間ではあるんだよ。理解していないなりに生きていて、奴らもまあ、尊重されるべき生物だと納得はしている。しかしそれは動植物だって同じだ。彼らだって奴らと同じ程度には尊重されるべきじゃないか? だから私は、とりあえず私の使命としてこれを実行するしかないんだ。だからなあ、手伝ってくれよ、頼むから」
 とにかく俺はこの場を後にしたかった。まだ水族館に入って一時間も経っておらず、回数券の一枚が無駄になるとしてもこの男は明らかに不審だった。
「思想とか、そういうのよくわからないので失礼します」言い切るがはやいか、俺はほとんど駆け足で出口へ向かっていた。
「ナカムラケンジだ!」男が吐き捨てるように名乗ったその名前が、俺の耳元にしばらく反響しつづけた。

 ナカムラケンジのせいで中途半端な時間になってしまい、無理に時間を潰そうとあれこれ苦心した結果、帰りの電車はほとんど帰宅ラッシュとかぶってしまった。引き出すタイプの補助シートに座っていると、乗り換えの多い駅でもみくちゃにされた。与えられた自分のちいさなスペースで文庫本を読んでいると、車窓から差し込む一瞬の青い光が、手元の文庫本の上を走った。驚いて窓の外を見やると、すっかり暮れてしまった夜闇にほのぐらく浮かぶ住宅街の名残と、速度をもって遠のく踏切の音が絡み合っていた。ややあってさっき見た青い光は踏切のそばに設置された自殺防止を目的とする街灯だったことがわかる。かつてある時期に集中して各地に設置された青い街灯は、自殺志願者の精神をリラックスさせ踏切の飛び込み自殺を踏みとどまらせるという論文が出て以降、それを大義名分にどんどんと建設計画が推進されていたが、再実験されたところその信頼区間の広さからして首をひねらざるを得ないという結論に落ち着いた。最終的には撤去の予算を組むよりもそのまま街灯としての役目を全うしてもらうほうが都合良いと判断したのか、風変わりな街灯としての地位を獲得してしまった。俺はむしろ、この青い街灯をみるたびに気分が落ち込む気がしていた。
 文庫本の文字を目で追いながら、上滑りして思考が脱線する。散らばった意識をかき集めて再度文字に集中しようとしたとき、また文庫本の上を青い光が走った。それは昼間にみた水槽に差し込む人工的な光に似ていた。

 人工的な光は水のなかでバラバラに溶けていた。水槽のなかの水泡を通り抜けるごとに四方へ反射し、うねるように底のほうへと消えていく光。ガラスの奥に、それを眺めているかすかな自分が映る。光のゆらめきに合わせて自分の姿が歪み、背景とガラスの向こう側が同化する。小学校の頃、遠足で水族館に行ったことがあった。その頃は日本で初めてクジラを水族館で飼育するというニュースが一世を風靡しており、平日だというのに多くの人間が辺鄙だった水族館に詰め寄せていた。
 クジラは想像していたよりも小さかった。もっと巨大な水槽のなかでゆうゆうと泳ぐクジラに圧倒されると想像していたのだが、案外こぢんまりとした水槽だというのが最初の印象だった。それとも、屈折した水槽を正確に認識することができず、誤った空間把握をしてしまったのだろうか。
 パウがガラスに近づくたび、多くの客は感嘆の声を漏らした。それから口々にパウに対する感想を交換しあい、またパウが近づくまで待つ、ただこれの繰り返しだった。俺が最前列に繰りだしたとき、パウはなかなかこちらに来なかった。奥の壁に近い位置で、じっと俺たちのことを睨んでいるみたいだった。引率の教諭が、もう眠たいのかな、と子供たちを納得させる口調でガラスから離れようとしたとき、パウは尾びれを大きくくねらせて、これまでにない速度で近づいてきた。他のクラスメイトたちはすでに歩きはじめていて、パウが近づくのに気がついているのは俺だけみたいだった。それからパウは、向きを急激に変えて泳ぎつづけた。俺の目と同じ高さに、パウの窪んだ目があった。その目は、やはり俺に笑いかけているみたいだった。目の周囲には多重に切れ込みがあって、その最奥には黒く濁ったガラス玉が埋め込まれている。俺は、そのときに初めてパウの大きさに圧倒された。俺が認識できる濁った目と周囲数メートルの表皮から、その全体像を想像することは小学生には難しすぎた。そのとき初めて、俺はパウと向き合った気がした。
 パウが過ぎ去ってしまったあとから、パウが引き連れた波の音が高まってすぐに落ち着く。遠くのほうからやってくる波はガラス面をほとんど貫通する勢いではっきりと聞こえる。波は砂浜に打ち上がる。
 水に差し込む光は夏の日差しになっていて、海岸に容赦なく降り注ぐようになっていた。俺は突然に足を自覚する。裸足の下にあるあたためられた砂粒が指のあいだから溢れる。そのまま海岸沿いに数歩歩いてみることにした。海側になっている右耳から波の音が直接届く。遅れて海の匂いがする。周期的な海の音と独立して、巨大な物体がうごめく水の音が聞こえてくる。
 クジラだ。クジラが遙か先で確かにその身を知らせるかのように水を掻き分けていく。あれはパウかもしれない。パウは海と同化してしまいそうな濃い青のからだをしていた。海面から顔の上部を少し出し、やっと息継ぎをする。その息遣いまでもが、海の音に混ざって音を奏でる。しばらくして、音が二重三重になる。他のクジラが合流したのだ。彼らはお互いを認識すると、自らの起こす波でじゃれあっているように見えた。他のクジラがたてる波にそって、パウはその身を揺らす。それからその波に逆らって新たな波をつくり、他のクジラのからだを揺らしてみる。しばらくその応酬を続けていたら、遊び飽きたのか、彼らは一斉に別の方向へと泳ぎ去ってしまう。
 俺は自由に飛び回るようなクジラを最後まで眺めていたかったが、意識はそれ以上続かなかった。

 目覚めると、自宅のベットの上にいた。昨晩、電車からどうやって帰ったのかの記憶がほとんどないが、どうやら自力で帰宅し風呂にも入らず寝てしまったらしい。クジラを夢で見たのは初めてではなかった。
「起きた? 朝ごはん食べるでしょ? 何時に大学行くの?」彼女は1Kのちいさなキッチンでせせこましく朝食を作ってくれていた。
「来てたのか」
「あんたが毎朝何も食べてないってグチるからきてやったんでしょうが」彼女は長い髪を後ろでひとまとめにしている。「それにしても風呂にも入らずそのまま寝るなんてどうかしてる」
「昨日の記憶がほとんどないんだ」
「お酒?」
「違う、一滴も飲んでない」
「疲れてるのよ、もうすぐ諮問会でしょう。根を詰めすぎなんじゃない」彼女はこちらを見向きもせずにそう言い放った。猫のリーが呼応するように鳴き声をあげる。
 彼女にナカムラケンジの話をするのは何故かためらわれた。彼女とナカムラケンジはもちろんなんの関係もないし、彼女を巻き込んでしまうことに気が引ける思いもあった。
 それから彼女は、じゃあ私は仕事だから、と足早に家を出ていってしまった。彼女が去った部屋には彼女が作ってくれた目玉焼きと、スーパーの安売りで購入し今晩にでも食べるつもりだった厚切りのハム、それから洗面台には忘れていった化粧品の一部と、わずかに彼女の匂い。至るところに彼女の痕跡がくっきりと読み取れ、もう自分の部屋ではなくなってしまったみたいだ。俺は空白の隣で、研究室へ向かう準備をはじめる。

 研究室は必要以上に冷え込んでいた。コンピュータを冷却するためだとか冗談めいて言われるが、実際は自分たちが払っている不当に高いと感じられる学費の元を少しでも取ろうとしている。
 おはようございます、と発したつもりだったが、かろうじて聞き取れるレベルに崩した形になってしまう。ほとんど意味の聞き取れない単語が背中を向けた何人かから帰ってくる。彼らはみな画面に向かってなにかを打ち込んでいて、大体の画面には黒い背景に白や青の文字が浮かんでいる。どうせみんな、午後には集中力が切れて雑談が混じりがちになる。今のうちにできるだけ作業を進めておきたかった。
 俺は自分の席に座り、リュックに入れていたノートパソコンを広げて備え付けのディスプレイと接続する。自動的に学内のWi-Fiと接続し、開きっぱなしにしていたウェブサイトにリロードがかかる。世界と繋がっている感覚。ワイヤレスな情報の送受信とともに、俺自身も社会に接続される。ここにいることを許される理由。数理的なロジックと離れたところで、俺はときどき、俺自身の論理を組み立てようと試す。俺がここにいて、心からしたいと思うのかわからないような研究をして、やがて社会に出る。この俺を動かす論理はなんだ?
 いつもこのあたりで、面倒になって考えるのをやめる。しおりを挟むみたいな感覚で、思考を閉じる。でもしおりではそのページのどの行までを読んでいたかまではわからないから、いつも同じ部分ばかりを読んでいるような気分になる。
 くだらない思索をやめて、先日まで取り組んでいたサーベイの続きにかかる。サーベイは基本的に、世の中に存在している論文のなかから自分の理論を補強したり足がかりにしたりできるようなものを見つける作業だ。検索窓に関連する単語を英語で入力し、タイトルから関係のありそうなものをピックアップする。それら一つひとつに著者がいて、彼らが存在する研究室と大学があって、長い年月をかけて執筆された論文を読んだ査読者がいて、そんなことをいちいち考えていてはきりがないので、単なる文字の記号として読み捨てていく。昔は英語で書かれた論文を自分で読むしか手立てがなく、英語力の良し悪しがそのまま実績の良し悪しに直結するような時代もあったようだが、今では無料の翻訳サイトを介しておおかた日本語で読みすすめてしまう。原文を見返すのは明らかな誤訳が認められたり翻訳調すぎてニュアンスが掴みづらかったりした場合のみである。おかげで今でも英語はほとんど話せない。
 ふと、ヒットした先行研究の著者の名前に違和感を感じた。引用した際に本文では「et al.」に隠れて載らないぎりぎり三人目、ローマ字だから気づくのに時間がかかったが、それはナカムラケンジだった。「Mathematical Modeling and Comparative Analysis of Migratory Patterns in Pelagic Fish, Including Cetaceans, Based on Size」、鯨類を含む遠洋性魚類のサイズに基づく回遊パターンの数理モデリングと比較分析といったところだろうか、彼が著者として名を連ねていたのはそんな論文だった。アブストで提示されている手法は自分の提案手法とあまり関連する気がしなかったが、はじめのページをとりあえず翻訳機にかけてみる。ふと時計を見て、今日は教授とのミーティングが入っていたことを思い出す。

 扉をノックして、教授が返事をする。失礼します。部屋のなかに入って教授が作業を切り上げるまで椅子に座って待つ。この時間が一番苦手に感じる。
 教授の机はホワイトボードを目仕切りにして向う側にあるので、部屋の入口からは教授の姿は確認できない。ホワイトボードには消しそこねたいくつかの数式の切れ端と、学部生数人の名字が隅の方で連なっていた。みな優秀な後輩で、コンペに出るメンバーだろうか。左手には壁一面に展開する本棚と、見慣れたいくつかの専門用語を冠した書籍。
 教授の部屋はいつも湿度が高く、生乾きの洗濯物の匂いがする。鼻をつまむのは失礼なので、なんとか我慢をする。そうすると次第に慣れてくるのだが、部屋から出るとさっきまでの異臭に自分がすっかり順応してしまっていることに気がつく。正常な状態を体験して、その差異で異常に気がつく。今はまだ、順応しきれないからだの軋みを感じている最中だった。
「お待たせしました」教授が奥からやってきて、自分と向かい合った椅子に座る。その拍子にちいさなホコリが舞い上がり、教授の禿げ上がった頭上に乗った気がした。細身の割に蓄えた無精髭が威圧感を醸し出している。
 卒業研究の進捗について報告する。自分の考えている方向性と同じような研究、発展させる立脚点になりそうな研究、方向性はやや異なるがアイデアは利用できそうな研究なんかを、つらつらと挙げていく。先行研究という文脈のなかに自分の研究を配置しようとしている行為に、俺は高校の世界史の授業を重ねていた。やけに肥えた教師が第二次世界戦争でドイツ軍とソ連軍との戦いについて熱のこもった論を展開しているとき、俺は俺の先祖がそのときどこで何をしているのかに思いを馳せていた。おそらく日本にいるのだろうが、果たしてそれは今の俺とどれほどの距離があるのだろう。ドイツがソ連を裏切ったとき、俺の祖先は誰か別の人間を裏切ったりしていたのだろうか。空間的な距離と時間的な距離を同時に考えようとするとき、俺自身は宙に浮いたような感覚になることがある。切り取られた空間を破線で繋いで、過去の俺や俺の先祖と、いま現在の俺とを斜めに繋ぐ。時間を細切れにして、複雑な折れ線グラフのように自分の位置がせせこましく移動する。まるで今朝の彼女みたいだ。彼女が作ってくれたのはスクランブル・エッグだったか?

 教授に誘われて、夜はいつも行く居酒屋になった。普段ならあと二三人は一緒にいるはずだったのだが、何故か今日は教授と俺の二人だけだった。教授は酒を飲むときもかならず車で向かう。車内は趣味の悪い紫色のライトと輸入車特有の接着剤のような匂いで俺はほとんど吐きかけていた。さきほどから教授は、大学の経営体制がどうのと愚痴ばかりをこぼしていた。もちろん俺の預かり知るところではないので、適当に流しておく。教授の口臭に集中すると、胃のむかつきは不思議と治まっていた。
 車は大学の駐車場からバイパスに出る。まばらなヘッドライトを後方に見送り、全国のどこにでも遍在しているようなチェーン店が目立つようになる。どこにでもあるチェーン店は、それ自身はどこでも見たことがあるのに、その順列で地域特有の景色を形成する。だからこの沿道の風景は、全国のどこでも見られるような気がして、実はここにしかないんじゃないか? 道路脇から生えているカラフルな看板は、七十キロの速度で通過しても判別できてしまう。あらゆるPやINの文字と左向きの矢印は、夜のバイパスを適当に染め上げていた。
 信号に引っかかってゆるやかに減速をすると、窓の外にテントがあった。欠けたように更地になった土地に赤い幕で目仕切りされた白いテントが建てられ、スーツを着た大人たちが忙しなく出入りする。両手には紫色の紙袋を下げ、近くに路駐した黒のバンとの間を行き来している。俺はその一部始終から目を離せなくなっていた。教授がなにか言っていた気がするが、独り言のような気もする。大抵は、俺が返事をしないとわかると黙ってしまうので問題ない。

 着いたお店は、研究室では雑に居酒屋と称されているが、その実態はレストランとバーが一体となった店舗である。周辺の店と比較して少し価格帯が高く、どの席も半個室という特別感や大学からの距離感もあいまって教授はこの店をいたく気に入っている。平日の夜はいつも駐車場が空いているので、入り口に最も近い四番のスペースに白いBMW5シリーズのセダンは停まっている。教授が車を離れると、主人に留守を預かった大型犬のように、サイドミラーを畳んでヘッドライトを落とし、眠りについた。
 俺と教授はあいている席に案内された。店員は押し黙ったままハンディを携えて待機している。教授は席につくやいなや生ビールを二つとガーリック・シュリンプを注文する。店員が仕切りのカーテンを閉めて出ていってしまうと、用意されたおしぼりで頭頂部まで磨き上げてしまう。俺はそのあいだ、一言も発することはない。俺は白いテントと紫色の紙袋を両手にさげたスーツの大人たちを思い出していた。彼らはなんだってこんな時間にスーツを着ているのだろう。いや、スーツを着たサラリーマンならこの店にもいるかもしれないが、彼らはおそらくサラリーマンではない。サラリーマンが紫色の紙袋を両手に黒のバンと白のテントの間を往来するだろうか。彼らはなにをどこに運搬していたのか。もしかすると、彼らはナカムラケンジの関係者なのではないだろうか。ナカムラケンジが実行しようとしている不穏な作戦を成功に導くため、彼らが隠密的に下準備を行っている可能性はないか。
「先生、ナカムラケンジってご存知ですか?」俺は、テントと論文という細い接続を辿った。「先行研究として紹介するにはまだ内容をしっかりと読めていなんですが、鯨類なんかの回遊パターンをサイズ要因込みでモデリングしているらしく」
「どこかで聞き覚えがあると思いましたが、ナカムラ君ですか。彼はうちの研究室のOBですよ」
 彼は六年前に俺と同じ研究科を修士で卒業したのち、バイオ系の企業で研究員として従事していた。そのときに書かれたのがあの論文だったらしい。しかし数年前にその企業を退職してからは音沙汰がなく、一部では危険な新興宗教にはまってしまったのではないかと噂されるほどだったという。
「彼にはなかなか手を焼きましたよ。こちらがどんなアドバイスをしてもほとんど聞き入れてもらえない、それも本人は修正したと思い込んでいるので、修論の改稿は彼が一番多かった」教授は店員が持ってきたガーリック・シュリンプをつまみ、尻尾の部分で噛み切ってしまう。「しかし、彼の方向性にそうような助言をすると、途端に内容のクオリティが上がるんです。彼はすでに頭のなかで形になっていない理想的な論文を完成させていて、それをうまく言語化するのに手間取っているといった様子でしたね。
 言語はいつでも嘘を孕んでいるんですよ。ここでの嘘というのは、理想との乖離と表現してもいい。脳内で思考するとき、言葉をつかって論理を組み立てていると思っているでしょう? でも実際は少し違う、言語と非言語のあいだの、中途半端な部分をつかって我々は思考しています。だから、それをそのまま表出することはできないし、してはいけない。非言語の部分を厳密な論理で埋めなければならないわけですね。ここで嘘がまじる。どんな人間も、非言語を完璧な言語に置き換えることはできない、できないからこそ、非言語で思考しているわけですからね。
 ナカムラ君は、非言語で思考する割合が非常に高かった。だからそれを論文という形にするのに苦労していた、という感じでしょう。その手助けがどれだけ私にできたのかは、まだわかりません」
 教授は、もうビールもガーリック・シュリンプもすべてたいらげてしまっていた。

 教授はそれから、運転代行業者に連絡をして自分の車を他人に運転してもらう。自分が金をだして購入した車を、更に金をだしたうえで他人に運転してもらうのはどんな気分なんだろう。俺は、弟に貸したままのゲーム機のことを考えていた。一緒に乗るかと訊かれたが、家も近いですし、少し酔ってしまったので夜風に当たりながら帰ります、と断った。これ以上あの湿った匂いを嗅がされるのはごめんだった。
 帰路の途中、彼女が買い物袋を下げている後ろ姿を目にした。俺は驚かせてやろうと、足音を潜ませながら彼女に近づいた。彼女は後ろを確認することもせず、なんの前触れもなく足を早めた。ほとんど早歩きの速度になって彼女は後ろを振り返る。それから、なんだ、と安堵した表情に緩める。俺は、振り返ってすぐの彼女の目が脳裏に焼き付いていた。完全な恐怖。途中まで、俺だとわかって逃げているのだと思っていた。しかし、あの目は完全に、生存本能からくる目だった。殺されないように、手を出されないようにする目。俺と彼女は、あまりにも住んでいる現実が異なっていた。
 それから、奇妙なことが立てつづけに起こった。
 朝、なんとなく流していたニュース番組で聞き覚えのある地名を聞いたときはぎょっとする。近くの川に野生のクジラが迷い込み、死んでしまったというニュースだった。川とクジラという二つの単語は、結びつけるにはやや遠かった。しかしそれでも、見にいけるだけの距離で起こった出来事なのだからと、彼女は俺を連れ出した。現場にはすでに俺達同様、多くの野次馬が詰め寄せていた。人の隙間から一瞬、クジラを見た瞬間、俺は夢で見た海岸とその川を重ね合わせていた。水面に浮かんで微動だにしないクジラは、そうでないとわかっていてもパウであるような気がしてしまう。クジラは、背中のもっとも盛り上がった部分だけを水のうえに出して浮かんでいた。水面に浮かぶ黒い影は、専門知識がなくてももう亡くなっているのだということを伝えるような色をしていた。
 しばらくして、彼女に別れを告げられた。そして、飼っていた猫のリーが死んでしまった。
 これらをなにか大きな一つの物事、たとえばクジラを盗もうとナカムラケンジに提案されたことなどに結びつけるのは強引なのだろうが、どうしても同じ根から分化した物事であるような気がしてならない。有り体にいって、ナカムラケンジとの出会いがすべてを壊してしまう契機だったように感じている。一度にたくさんのものを失ったことによる喪失感に耐えかねて俺はもう一度水族館に行こうと決意した。彼女と別れてからすぐに彼女の勤務先に向かうのはあまり得策と思えないが、この曜日に彼女は出勤していなかったはずなので問題ないだろう。

 受付で回数券の一枚を渡して、もう回数券が残り一枚になってしまった。俺は頭のなかで、あと何回この水族館にくるのかを考えた。少なくともあと二組は買うだろう。俺は歯磨き粉を買う感覚で回数券を購入しているが、入口の近くで泣きながらねだっている、当日券しか買ってもらえない子供なんかを見ていると、自由と責任というありきたりな単語が浮かんでくる。
「ニュースなんかで犯罪者の名前の後に括弧付きで年齢が出るだろ。あれなんか見て自分の歳に近いと、俺も大人なんだなって気がしてくるわけよ。もう少年法で守られていない、自分で自分のケツは拭かなくちゃならないくらいにはなったんだなって気持ちになる。被害者には申し訳ないけど、俺はそうやっていかなくちゃしゃんとしてられないわけ。
 でももし、もっと未来、自分が子供を持ったとしてさ、いや、もしの話であって、今どうこうってわけじゃないけど、とにかくもし、子供ができて、時間のトロさを考えると自分の子供もまた自分と同じような環境で育っていくんだろうみたいな錯覚に陥るんだわ。責任もないけど自由もない、まっさらの状態でまた一からはじめるのかって。でも、両親の時代のことを考えるとそれははっきりとした錯覚なんだよ。今の子供はベビーカーでYouTube見てんだぜ? 責任のない自由を手に入れはじめている。つまり俺たちの子供は俺たちの時代とはまた別なところで育っていくんだし、俺たちだってその一端を余生で感じるんだろうなってなんとなく思うわけよ」
 俺がそうやってべらべらと脳から言葉を濾過せずに取り出しているとき、彼女は黙ってうなずく。いや、うなずいていたのは仮想の彼女であって、本当はちがう反応だったかもしれない。そうだ、そのことで彼女と喧嘩したことがあった。

 きっかけは本当に些細なすれ違いで、しかしおそらく大抵の痴話喧嘩がそうであるように、どちらかの態度にどちらかが気に食わなくなって、普段の我慢も爆発してもうこれ以上ないってくらい敵意を剥き出しにして文句をぶつける。相手を傷つけにいく。言う必要のないことまで言ってしまう。言われたほうも、心当たりがまったくないわけでもないからついカッとなって言い返してしまう。
「俺はリーの飯が無くなりそうだから買ってきてほしいって頼んだだけであって、ペットシーツまでは頼んでない」
「だからって自分で持って帰れっていうのは酷いでしょ」彼女は近所のスーパーで安売りされていた、緑色のパッケージをしたふわふわした立方体を抱えている。
「リーは今使ってるやつじゃないと嫌がるんだよ。これがうちにあったって──」
 彼女は持っていたペットシーツの袋を俺に押し付けながら「でももう少し親切にしてくれても──」
「俺が話してる途中に割ってくるなよ!」俺は押し付けられた袋を壁に投げつけながら叫ぶ。「俺は話しながら考えてるんだから、遮られると脳をぶちぎられるみたいでイライラする」柔らかい音を立てながら床に落ちた塊とリーがじゃれている。
「途中で遮るのはあなたもでしょう?」
「頼むから放っといてくれ。一人になりたい」
「私は前もって用意された台詞を喋っているわけじゃないの、その場で心を動かして反応しているの。あなたが期待した反応をしないのは当然じゃない? あなたはあなた自身と話しているわけじゃないのよ」
 大抵の痴話喧嘩がそうであるように、翌日にはこともなげに仲直りを果たし俺は彼女とセックスをしたが、しかし彼女の言葉は硬いほうのマジックテープみたいにざらざらと俺の心を刺激したままだった。ずっと俺は、彼女を自分の鏡うつしだと思って接してきたのか?
 
 イワシでも見て心を落ち着けようとしたが、水槽のガラス面には赤い字でメンテナンス中と書かれたラミネート加工のA4紙が貼られているだけで、背後の暗い水中にイワシの姿はなかった。
 クラゲの部屋は雰囲気を出すために暗くしてあった。しかし多くの水族館がクラゲの展示に力を入れていて、SNSでどれだけ拡散されるかを競っているような様子にもかかわらず、対比してここのクラゲはどれも味気ない。入り口を除く部屋の三面に四角い窓枠が数か所ずつあって、他の部屋とそれほど大差のない解説文が近くに貼付されているだけだった。それでもクラゲ本体の持つ頼りなさというか儚さのお陰でなんとか普通の水槽との差別化は図れているが、部屋の薄暗さはその雰囲気作りに貢献できていない。部屋に入ってくる客が必ずといっていいほど天井を見て、電灯が正常かどうか確かめてしまうくらいだ。
 それから肺魚の水槽はいやに明るい。つぶした粘土みたいなこの魚は、魚にもかかわらずエラではなく肺でほとんどの酸素を取りこむ。肺があるから息継ぎをするために水面に出なければならないが、肺があるから乾季に水が枯れても地中で生きつづけることができる。肺魚は夏眠をする、と横に掲げられた解説文に書いてあった。夏に土の下で眠りつづけるのはどんな気分なんだろうか。
 展示を見ながら気分を紛らわせていると、廊下のさきで彼女と誰かが仲睦まじげに話しているらしかった。よく見ると相手はナカムラケンジだった。一度しか会ったことがないが確信があった。なんとなくそんな気がしていた自分がいる。彼女と別れた喪失感を癒やすためにこの水族館を選択している時点で、彼女にまつわるなんらかの出来事が起こってほしいと心のどこかで期待していたのかもしれない。しかし、彼女がなぜナカムラケンジと知り合いであるのか、そのことに俺は納得がいかなかった。俺は見かねてそこから逃げ出す。
 
 また回数券を無駄にしてしまった。あと一枚になってしまった回数券を財布にしまいながら、俺は自宅へ帰ってきていた。
 部屋にはまだしまうことのできていないキャットタワーが西日を浴びていて、俺はどうにもすべて破壊してしまいたい衝動に駆られた。部屋の隅には青いペットシーツのなかに一つだけ緑のパッケージが紛れていた。リーはもういない。肺の病気で突然死んだ。彼女と別れてすぐだった。金がなかったから合同火葬で済ませてしまったので遺骨は手元にない。俺はリーのお気に入りだったネズミのぬいぐるみを拾って、もとの箱に片付けてやった。
 キッチンで夕食を作っていると、インターホンが鳴った。通販の覚えはない。扉の向こうには彼女が立っていた。
「荷物はもう全部返したろ」俺は扉を開けずに叫んだ。
「話があって、入れてほしい」
 期待していなかったわけではなかった。彼女から一方的に別れを告げられて、考え直すにはちょうどの期間が空いていた。
「私、クジラを自由にする集団に入ろうとおもってるの」
「ナカムラケンジか?」自分でも驚くぐらいの速度で反応していた。もうほとんど確信に近かった。
「ナカムラさん、知ってるの?」
「おまえが水族館で話してるのを見た」
 ナカムラケンジが持ちかけてきたクジラ窃盗は、同様に他の人間にも声をかけて実行される予定であり、自分だけが特別では無かったというショックが俺のなかを満たした。俺はショックを受けているのか?
「なんだ、見られてたか」彼女は恥じ入るような素振りをみせる。「それでね、知り合いにも勧めてほしい、これからはとにかく人手がいるからって言われて」
 まだ俺が、彼女の知り合いに含まれているという事実に複雑な感じがした。俺のなかの彼女は依然として彼女であり、もちろん知り合いなんだろうけれど、知り合いとして断定するにはまだ少し時間が足りないような気がする。しかし、俺とのつながりが立ち消えたわけではないことへの安堵もある。
「どうしてクジラを盗もうとする?」
「インパクトが必要なんだって」
「じゃなくて、おまえ自身がそこに加担する意味」
 彼女はペットシーツで喧嘩した日と同じような目を一瞬して、それから少し考え込んで「飼育員だから、かな」
「飼育員だからこそ、そういった行為の危険さがわかるんじゃないのか?」俺は一体何に怒っているのだろう?
「それは違う、素人だけでやると危険だから、私が必要なんじゃない」
「けどおまえ、クジラの担当じゃないじゃん」
 彼女は勝ち誇ったように「イルカとクジラに明確な境界はないのよ」
 彼女がここまで食い下がってきたのはペットシーツの一件以来だった。なんだか俺は面白くなってしまって、来週あるというその集団の会議に参加することになった。

 会議は市外の雑居ビルのなかで行われた。誰が管理しているのかもわからない、塗装の剥がれた白っぽい建物だ。建物を入ってまず階段があり、踊り場には事務所の階数をしめすちいさな立て看板や、ハンドメイド店の営業時間が載ったポスターなどがあった。
 四階につくと、彼女は慣れた足取りで廊下を進んでいく。天井の隅にはクリーム色の配管が這っていて、扉ごとに汚れたガラスに包まれた電力メーターが設置されていた。扉の近くにはパイプ椅子やカラフルなパイロンなんかが放り出されていて、それぞれの部屋の勢力範囲が漠然とあらわになっていた。
 四階にある会議室はどちらかというとアパートの一部屋に似ていて、俺は他人の家に無断で上がり込んだような気持ちになった。部屋の中央に配置された、円卓というよりちゃぶ台に近い背の低いテーブルの周りには見知らぬ顔ばかりが並んでおり、ナカムラケンジはいないようだった。
「ナカムラさんは手の離せない用事があって本日は参加しません」
 俺は余計なことを考えないようにしようとスクランブル・エッグのことだけに集中した。菜箸がフライパンの上を自在に動き回るのは多重振り子の挙動と似ている。俺はどうも似ていることばかりに気がいってしまう。連想ゲームみたいに頼りない共通点をたどってどんどんと別の場所に移動する。ものごととものごとをつなぐ薄い線はクラゲの口腕のようにひらにらと生まれでてきて、ぴたっとどこか別のものごとと結びつく。
 一緒に来ていた彼女はいつもと雰囲気が違った。なんというか、目が違うのだ。信心している目。目はいい。人の心がわかる気がするから。もしかすると、ナカムラケンジが率いる集団は相手の目をみて心を読んでいるのではないだろうか。
 奥に座って、ナカムラケンジが不在であることを伝えてきた女性は、俺と彼女を一番手前の空いている場所に座らせた。座布団も何もない、床にそのまま座れということだろうか。
「時間がないので早速始めてしまいますね」女性は俺たちが座り始めてもいないうちから口をひらいた。「まずは我々の作戦を明確に共有しておかなければなりません」
 ちゃぶ台の周りに座る五六人ほどが大げさな動きでうなずきを繰り返す。
「我々の究極的な目標は、全動植物の解放と居住地の明確な区分けです。そのためにはあらゆる人類と動植物の理解を得なければなりません。
 そもそものはじまりは家畜でした。移住をくりかえしながら狩猟や採集を続けていた我々は、より効率的に、そして安定的に食糧を確保するために定住をはじめ、動物を家畜化して食糧を備蓄するようになりました。ここまでの動機は非常に単純です。しかし、差し出すものがない。我々は自然から動物を食糧として頂戴しているにもかかわらず、その食い尽くす勢いは留まるところを知りません。挙げ句に、希少な動物は生け捕りにして見世物にする始末です。我々はこの罪を償わなければならない。
 そのために、まずは囚われている動植物を解放し、つまり全動物園・植物園・水族館を解体し、続いて地球上の居住エリアを再構成して人の住むエリアと各動植物が棲むエリアを区分します。
 もちろん、我々は食糧がなければ滅びてしまうため、動植物から一定の援助は受けます。具体的には、現人口から算出された必要最低限の食糧に値する動植物の移譲。対価として、彼らへの食糧に値する最低限の人間を彼らに差し出します。
 我々は、あまりにも長い間、弱肉強食という歪なピラミッドの上で胡座をかきすぎている! 肥大化した頭蓋をもった生物は、やがてその重さに耐えきれずに転倒する。その未来を防ぐために、今こそ動植物のとの共生を目指そうではないか!」
 ちゃぶ台の周りに座る五六人ほどがぱらぱらと拍手をした。俺は隣にいる彼女の顔を見るのが恐ろしかった。たとえどんな顔をしていても、その顔に、目に、意図を読み取ってしまって彼女への考えが変わってしまうことが恐ろしかった。水族館の飼育員として働く彼女と俺の恋人だった彼女とナカムラケンジを信心する彼女と、今の彼女を構成する比率はどれくらいだ?
 それから、究極の目標へ向かうべく人類の総意を一つにするため、インパクトのある事件を起こすというところからは、はじめてナカムラケンジに会って聞いた話と概ね同じだった。パウを水族館から救出する。
 彼らはしきりに救出という単語を繰り返した。我々のやっていることは正義であり、正義の名のもとに実行されたあらゆる行為は不問となる。どこかで薄々気づいている後ろめたさから目を背けるように、彼らは具体的なプランを詰めていく。
 俺のなかではむくむくと、いっぽうで別の正義が育ちつつあった。このままこの集団と形だけはともにして、計画のぎりぎりで裏切るというのはどうだろう。俺は水族館の正義とこの集団の正義と、どちらが正しいかを判別するほどの客観性はない。だがしかし、ここで俺が彼らの計画にいっぽうでは賛同しながら、もういっぽうでは阻止するという立場を取ることは、どちらの立場にも属さない第三の立場として成立しうるのではないだろうか。三はいい数字だ。日本の権力だって三つに別れている。じゃんけんだって三つに別れている。三はいい数字だ。お互いがお互いに牽制をしあい、いいバランスが取れる気がする。
 休館日である水曜日の直前は飼育員の気が緩みやすいという彼女の意見が採用され、決行日は来週の火曜日の深夜に決定した。俺は水曜日こそ水族館は営業しておくべきじゃないかとも思ったが、なにかに採用されることはなさそうだったので黙っておいた。
 会議が終わって、それから彼女は、再度俺の家に寄るといいだす。彼女はもう俺の恋人ではない。

 いつものキッチンで、彼女はせせこましく料理を作っている。甲高く響く、菜箸とフライパンがぶつかる音はどうしても祖母を思い出す。手洗い場の下に掛かっているタオルがぼさついていて、椅子の脚は靴下を履くみたいにひらひらした布が取り付けられていた。壁には複雑な形が繰り返される青いパッチワークが飾られていて、これらはすべて祖母が自分で縫い上げたりものたちだった。
 彼女はスクランブル・エッグを作り上げていた。目の前に出された瞬間、彼女がスクランブル・エッグを作るのは初めてのことだったと気がついた。彼女がいつも作ってくれるのは目玉焼きだった。
「パウは不自由なのかな」彼女は玉子の塊を半分に切断しながら訊ねる。
「不自由だから救出するんじゃないのか」
「私たちは全動植物の自由を望んでいる。でもそこにパウの意志はないじゃない? 全体の総意は、個々の意志を全部足した結果に過ぎないわけじゃない。そこにいくらか別の向きが混ざっていても、結果だけみたら何もわからないと思う。パウ自身はどう思っているのか、そのことを、私たちはもう少し考えるべきなのかな」
「ナカムラはどう思っているんだろうな、そのあたりについて」俺はそのことについてあれこれ考えるのが面倒だった。

 決行日まで俺は、ひたすらに研究室でナカムラケンジの書いた論文を読みつづけていた。鯨類を含む遠洋性魚類のサイズに基づく回遊パターンの数理モデリングと比較分析。鯨類は正確には魚類ではない。しかし魚類と同様の見た目であり、水のなかに棲んでいる。彼らの論文の目新しいところといえば、分類学的ではなく系統学的なグループに従ってモデリングの対象を決定したことと、体長を主としてモデリングの変数に組み込み汎用性のある射程の広いものにしたことくらいだろうか。正直に言ってどちらもそこまで革新的なアイデアではないし、すでにやりつくされているものでもある。おまけにモデルの精度も荒い。
 ふと、ナカムラケンジがパウにこだわるのはこの論文のせいなのではないかと思い当たった。どういうきっかけでナカムラケンジがクジラに目をつけ、研究の題材にしたのかはわからないが、ナカムラケンジの根底にはクジラがすでにあって、それが無意識ながら現実に表出する形でこの論文や、ナカムラケンジの率いるグループが成形されたのではないだろうか。もしくは、ナカムラケンジのなかでクジラが重要な位置を占めるきっかけがこの論文自体で、別の誰かがこの論文の題材としてクジラを持ち込んでからナカムラケンジはクジラに固執するようになった。どちらもありえる話だった。いずれにせよ、クジラという概念は人を媒介して次々に伝播している。そして俺のところまで回ってきた。パウは、ナカムラケンジにとってどのような存在なのだろう。パウは、俺にとってどのような存在なのだろう。パウは遠足で俺に笑いかけてきた。パウは俺の夢に頻繁に現れる。パウは川で死んでいた。
 なんだかパウが俺の人生まで侵略してきたような気がして、俺は論文のPDFファイルを閉じた。黒いデスクトップには、歪んだ俺の顔が映っていた。
 
「自分の人生を薄っぺらいと自嘲する人が稀にいますが、あれだって一種の見方に過ぎません。四次元立体を三次元に現出させるとき、その特異さを際立てるために時間経過と第四軸を関連させることがありますが、そう、CTスキャンのように、あれは三次元を二次元化させるため、第三軸と時間を同期させているのですね、同じことです。どこかの場面で平面のようにみえる図形だって、その正体はより広がりを持っている可能性がある。社会的に評価される一面がないことを卑下するのは勝手ですが、あなたも同じ目線から物事を見る必要はないのですよ」
 少数のゼミが終わりかけの段になって、教授が締めに入る。ほとんどの人間は話を聞いておらず、早く切り上げて研究室に戻りたがっている。いつもは特に口数の少ない教授も、ゼミの締めだけはなぜかよく口が回る。そして大抵が、どこから派生したのかわからない無関係の話題を経由して、よくある一般論に着地する。まるで俺みたいだった。俺は教授に対し、不気味な親近感を抱いていた。

 俺は決行日の前日、同期生と飽きるまで酒を飲みつづけていた。同期生には、明日はなんの予定もないから朝まで飲めると豪語していた。頭の片隅にはパウと彼女と、会議室の女とナカムラケンジがいたわけだが、俺はこのまま正常に明日を迎えたくはなかった。居酒屋は騒々しく、隣の席では女子大生が甲高い声でなにやら口走っている。相当に酔っているが、人のことを言えないほどこちらも酔っていたので、俺はそのテーブルをじっと見てやった。甲高い女の隣にいる奴と目があう。そいつはどこか彼女に似ていた。彼女は、じっとこちらを見つづけている。同期生の一人がなにやら俺に話しかけているらしかったが、俺は無視して甲高い女の隣の女を見つづけた。それに気がついた同期生が今度は囃し立てはじめたが、俺はそれにも無視を決めこんだ。向こうのテーブルはこちらの様子に気がついていない。女は突然立ち上がり、トイレに向かっているらしかった。俺はそれを合図だと思い、俺も彼女のあとをつけようと立ち上がる。
 それから、俺は酷いめまいがしてその場に座りこんでしまった。結局、女はトイレから帰ってこず、隣のテーブルも俺たちのテーブルも別々に会計をして解散となった。同期生の一人が俺の様子を心配してほとんど家の前まで送ってくれた。

 部屋を出て、ああ春だと思う。俺の部屋は依然として凝り固まった冷たい色をしていたのに、それが、朝めざめた俺を辟易とさせていたのに、外に出てみると柔和な空気が漂っていた。風が性質を変えている。音のひと粒ひと粒が転調していて、ここからが盛り上がり時であることをかたくなに伝えてくる。天気予報アプリで最高気温が二十度を超えることはわかっていたので、先週よりも羽織る服装を一枚少なくしてきた。だが数字は俺に具体的な色を教えない。最高気温であることをしめすためだけに用いられている赤色と、具体的な春の空気の色は明確に異なっている。
 これは春の夢だった。まだ俺のなかの一部分が、春と夏のあたりをうろついている。現実では、もう本格的に夏が始まっていた。

 水族館の前には、彼女も会議室の女もナカムラケンジもすでに集合していた。昨日の居酒屋の女だけがそこにはいなかった。ナカムラケンジははじめて声をかけてきた日とほとんど同じような格好をしていた。ナカムラケンジとはほとんど会っていないのに、もう何度も親交を重ねているような気がしてくる。ナカムラケンジは集まっている人間の頭数を手早く数え、適切な人物に適切な指示を出した。俺は、一般客に紛れてスタッフを撹乱する役を任された。
 最後の一枚になった回数券を、俺は受付に渡す。受付は券の有効期限を一瞥して、俺をなかへと通す。俺は入口近くに展示してある写真スポットやイベントの水槽をすべて無視して、パウのところまで最短距離で向かった。思わず走り出してしまいそうだった。
 相変わらず小さく見える水槽のなかでは、パウがもうこれで十分だといった様子で泳いでいた。パウはこれから自分自身が盗み出されることなどまったく知らない様子だった。
 俺はスマートフォンの画面をつけたり消したりして現在の時間を確認した。予定の時刻までに少し余裕があったが、定刻のタイミングでスタッフの気をひけていたらいいはずなので、俺は少し早目に手近なスタッフに声をかけた。
「すみません、息子が迷子になってしまったようで、一緒に探してもらえないでしょうか?」
 スタッフは息子を持つには少し若すぎる俺の相貌を一瞬だけ訝しんで、それから多少わざとらしく、本当ですか、大変だ、と驚いた演技をしてみせた。
「私がパウに見とれていたばかりに、目を話してしまったんです」
 パウ、とスタッフが口元だけで呟き、水槽のほうに目を向けた。名前を呼ぶのは適切でなかったかもしれないが、それでもスタッフを引きつけなければならない。スタッフは何度も館内放送を流そうと提案してくれたが、俺は、息子は大きい音を嫌がるからとかなんとか言って俺の目に見える範囲に置いておいた。今このスタッフを控室に戻すのはまずい。
 俺がスマートフォンで時間を確認しようとすると、館内の照明ががくんと暗くなった。廊下の電灯はスイッチが消えたように軽い音をたてながら消え、水槽のなかの照明は巨大な電力を落とすように大仰に消えた。暗闇のなかで、水槽の水を回転されるモーター音だけが響く。予定通りだ。
 俺はスタッフの目が慣れてしまう前に、頭のなかでなんどもシミュレーションをした通りの道順を駆けた。走り出したかった衝動を解放する。途中で何度か客にぶつかったが、向こうはうめき声のようなものをあげるだけで無視すればよかった。
 STAFF ONLYと書いてあったはずのドアを勢いよく開け、彼女に教えてもらった通りの角を曲がる。
 バックヤードの一部はまだ光がついたままだった。水槽のシステムと連携しているために照明を落とせない部分があるとは事前に聞いていたが、これではもし俺が追われていたらすぐに追いつかれてしまうだろう。天井に這う無数のビニルパイプと、張り出した水槽の反対側を横目に、鉄製の階段を駆け上がる。
 階段を上った先にある扉を開けると、室内プールのような開けた場所に出た。水の上には向こう岸まで通ずる橋がかかっていて、その上に合羽のような防水性の衣服に身を包みヘルメットを被った多くの人間が水のなかを覗いていた。衣服はどれも紫色だった。会議室の女はそのなかに混ざり、水中に向かって指示を出していた。
 近くにいた人間に手渡された合羽を俺も着て、橋の上に登った。
 目線が上がるまで気が付かなかったが、天井の一部が開いていて、そこから巨大なコンテナがクレーンに吊られた状態で室内に入り込もうとしていた。クレーンの全貌はこの位置からは見えない。水中にはマリンスーツを着た人間が十人以上おり、コンテナが沈むスペースを確保するために魚たちを誘導する役に徹していた。
 俺は目を凝らして、水中で彼女とパウを見つけた。彼女は、パウにぴったりと寄り添いながらパウの背中をさすっているように見えた。パウが大きすぎて、角度によっては彼女が完全に隠れてしまう。
 コンテナは静かに水中に沈み込んだ。それでもその大きさから波が生まれ、水槽の端のほうでは壁に水が打ち付けられていた。
 コンテナの一部が開いて、中に水が入り込む。上から見ると水の流れが川のようだった。水のなかに現れる川。水はシンプルなモデルで複雑な挙動をなしていた。そこに四人がかりでパウが誘導される。彼女はパウの右前で、パウの顔に手を当てながら泳いでいた。
 コンテナのなかにパウが入りこんでしまうと、コンテナの開いていた面が閉められてしまう。コンテナのなかで、パウはからだをくねらせた。随分と窮屈そうだった。
 俺は、橋の上でただその様子を眺めることしかできなかった。第三の立場としての威勢は完全に衰えていた。コンテナに収まるパウを見ていると、それが本来、もっと早くに施されるべき処置であった気がしてくる。俺は、まるっきりこの集団にほだされていた。もしかすると、この集団にさえも属しきれていなかったのかもしれない。俺がおこなった従業員の撹乱という役は本当に必要だったのか? 自分を抜きにして速やかに計画が実行される様子をみて、どうしてだか自分が子供扱いをされている気分になった。ナカムラケンジは、もう十分に人手に困っていなかった。あとは、同志を集めればそれでよかった。俺たちを無理に計画に巻き込んだのは、共犯感覚を俺たちに埋め込むためか? そうであるならば、やはり俺は第三の立場として立ち上がらなければならない。
 しかし、育ちつつあった別の正義はまったく萎えていた。ただ白いテントと黒いバンを往復するみたいに、無為な時間を過ごしているにすぎなかった。概念として消費している。ナカムラケンジの言葉を思い出す。
 それからコンテナが引き上げられ、水族館の外に運び出される。角からなかの水が漏れ出し、海の匂いがした。先導する会議室の女に連れられて、俺たちも水族館の外に出た。
 水族館の外には、黄色いクレーンが長い首を伸ばしていて、その先にパウの入ったコンテナが吊られていた。近くにはタイヤが八つもついているトラックが待っていた。
 マリンスーツを腰のあたりまで脱いだ彼女が俺の近くにやってきた。
「トラックまでの救出はひとまず成功したわ」空中のパウを見ながらつぶやく。
「これだけ大規模にやって大丈夫なのか?」
「私も含め、うちの職員も何人か噛んでいるから大丈夫よ」一仕事を終えた彼女は、なぜか食事を終えて満腹になった彼女に似ていた。「あんまりゆっくりはしていられないけどね」
 相変わらずコンクリートからは大量の水が溢れていて、コンクリートの床に跳ねていた。俺たちのなかで共有される、ゆるやかな爽快感とうしろめたい犯罪意識は、最後まで計画を実行しきる原動力になっていた。

 トラックについていく形で、俺は黒のバンに乗りこむ。車は山間を抜け、大学の近くのバイパスを走り抜けていた。すっかり日は暮れていて、俺は教授と二人で乗った白いBMW5シリーズのセダンを思い出していた。チェーン店の看板は前のコンテナを載せたトラックを同様に照らす。水はもう漏れていない。パウはまだ生きているだろうか。俺はすっかり水のなくなったコンテナのなかで干からびてしまったパウを想像する。それから、川で死んでいたあのクジラを思い出す。あのクジラはどうして海から川に入りこんでしまったのか。

 すいていた路面に赤いブレーキランプが目立つようになり、バンは減速した。運転手の男が窓をあけて前の様子を確認する。
「まずい、検問だ」男がそう呟くと、車内の誰かが唾を飲みこむ音が聞こえた。レーンは徐々に減線され、ルートを変えるにはあまりにも遅かった。助手席の女が電話をかける。どうやら前のトラックに乗っているナカムラケンジに、判断を仰いでいるらしかった。
 俺は突然、車内でかかっていたラジオに気をとられた。バンに乗り込むときからかかっていたはずだが、俺はそこで初めて、ラジオがかかっていることに気がついた。進行役の男がやけに陽気な口調でリスナーから送られてきたメッセージを読み上げていた。俺はいらついて、運転席の後ろから手を伸ばして周波数を変えてしまった。一瞬のノイズがかかり、ラジオでは交通情報が伝えられていた。
「こちらは交通情報です。本日、地域内で飲酒運転の取り締まりが行われる予定です」バンは警察車両の隣で停止し、ヘルメットをして反射材のついたベストを着ている警官が、窓をあけろ、とジェスチャーをする。「警察署からの情報によりますと、夜間から明け方にかけて、主要な交差点や幹線道路、また一部住宅街で検問が設置される見込みです」

 前のトラックに追いついたとき、開けっぱなしの窓からは海の匂いが入りこんでいた。夜の海は空よりもくらく沈んでいて、向こう岸に点々とならぶ街明かりとあわせて、なんだか誰かの口のなかみたいだった。
 入江に到着し、俺たちはクジラを海に帰すことにした。クレーンが再び首を伸ばし、コンテナを黒い海に沈めていく。コンテナの口があいて、なかからパウが出てくるのを見守る。パウは、まだ元気そうだった。パウは夢で見たみたいに、しばらくその場で波とじゃれあい、やがてなにかの調子が整ったみたいに遠くへ泳ぎ去ってしまった。すべてがナカムラケンジの計画通りに進んだ。何事もなく水族館からパウを盗み出し、海へと返すことに成功した。俺はただ、この集団のなかで藻掻くこともできず、その一部始終を傍観することしかできなかった。彼女が再び身につけたマリンスーツを脱ぎながらこちらへ近づいてきたが、もう俺は彼女と喋りたくなかった。

 俺は新しく回数券を買うことにした。束になった券を財布に入れようとすると思ったよりも厚みが出て、そうか、俺は回数券を買うのが久しぶりだったのか。
 クジラのいない水槽は大きな穴の空いたように落ちくぼんでいた。水槽は、クジラを飼うにはあまりにも小さすぎるように感じたし、我々の立てていた計画もあまりに稚拙に感じた。本当に作戦は成功したのだろうか。はじめからクジラの盗む計画などすべて嘘だったのではないのか。
 ナカムラケンジは、あれから一切姿を見ていない。彼はおろか、今回の計画に関わったすべての人間が、俺の前から姿を消した、もちろん彼女も含めて。これは、俺のほうが姿を消したと理解するほうが正しいのかもしれない。

 それから俺はイルカショーの広場に向かった。まだショーの合間の時間で、最前席で熱心に写真を撮りつづけている女性と、後ろのほうで眠りこけているおじさんしか観客席にはいなかった。
 俺は中央あたりの席に座り、ぼんやりとステージを眺めていた。
 職員がイルカに餌を与えながらリハーサルをしていた。職員は彼女ではなかった。

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