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三十三度七分

 熱ってなんだか浮かれてる。
 体がずっと数ミリ世界とずれている気がして落ち着かない。早く寝なさいと母親に叱られても、普段見ることのできない平日昼間のテレビ番組に釘付けで何も聞こえていない。高揚感と倦怠感がないまぜになって、余計に熱が上がってしまう。
 例えば、病気になると体温がどんどん下がる世界だったらどうだろう。ほどんど温度を感じない体温計を脇に差して、皮膚と皮膚の間にある違和感で体が徐々に傾く。丸みを帯びた先端の金属部分は、もぞもぞと僕のパーソナルな部分を探って動くように感じられる。するとくぐもった電子音が数回繰り返され、僕は裾から手を突っ込んで自分じゃない部分を探す。
 三十三度七分。かなりの低熱だった。
「あら、かなりの熱。近くの病院きょう開いてたかしらね」母親が金属板の上に指を滑らせ病院を探している。
 僕は曇りかけた小窓の向こうにある三桁の数字を眺め、あとから体調が悪くなる。いつもこの順番だ。体の不調は内側から湧き出てくるものなのに、外側の「客観的」とかいうものの目で判断をくだされてから初めて不調に気がつく。それは母親だったり体温計だったりするのだけれど、とにかく僕じゃない誰かや何かが僕に向かって、僕のことを決定してくる。これがどうしても嫌だった。
「午後から空いているらしいから、今は外で走ってきなさい」僕の部屋から勝手にジャージを取り出してきてくるのを無視して、僕は寝室に向かった。
「熱がないんだから運動してなきゃだめでしょう?」
 なだめるような母親は、すごく困った顔をしていた。
「今は寝たい気分なんだ」僕はそれを見ていられなくて、頭の先まで布団をかぶって狸寝入りを決め込んだ。
「まあ暖かくしているならいいわ、午後には起こすからね」
 扉が閉まる音がして、布団の端を首元まで下げる。指の先が寒さで震える。逆に暑くなってきたような気がして布団を足蹴にすると、舞い上がった埃が朝日にきらめいていた。

 どうも、熱を逆にしても同じみたいだった。ずっと世界とずれていて、毎朝の違和感が収まった頃にはその時の気分なんか綺麗さっぱり忘れて。
 早く学校に行きたいな。

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