WHOが緊急事態宣言!医師が教える『エムポックス』の正しい知識と予防策
1. エムポックスとは何か|基本的な知識を押さえよう
1-1 エムポックスの歴史と背景|どのようにして広がったのか
エムポックスの歴史は、1970年にアフリカのコンゴ民主共和国で初めてヒトに感染したことで始まりました。このウイルスは、元々はアフリカの特定の地域で、サルなどの動物から人に感染することが多かったため、アフリカの熱帯雨林地域で流行していました。
しかし、2022年になると、アフリカ以外の多くの国でも急激に感染が広がり、世界的な問題となりました。このとき、特に男性同性愛者(MSM)の間で、性的接触を通じた人から人への感染が増えたことが特徴です。
エムポックスには、強い毒性を持つクレードIと、比較的弱い毒性を持つクレードIIの2つのタイプがあります。現在、世界中で流行しているのは、クレードIIbというタイプで、致死率は1〜3%とされています。
エムポックスは、まだ治療法が確立されていないため、感染を防ぐための予防がとても大切です。天然痘ワクチンがエムポックスに対しても効果があるとされますが、1980年に天然痘が根絶されて以降、ワクチンの接種が中止されたため、感染が広がりやすくなっていると言われています。
1-2 エムポックスの症状|初期症状から重症化するケースまで
以前のアフリカでの流行時の症状
エムポックスに感染すると、まず38度以上の高い熱が出て、その後に発疹が現れます。
発疹は、最初は赤い斑点(紅斑)として現れ、その後、少し膨らんだ丘疹、さらに水ぶくれ(水疱)や膿がたまった膿疱になり、最後にかさぶた(痂皮)に変わっていきます。
発疹は、体の中心(体幹)から手足の末端に向かって広がります。
特に顔、手のひらや足の裏、口の中、性器、目の周りに多く見られます。
2022年以降の流行の特徴
以前のように必ず発熱やリンパ節の腫れが見られるわけではありません。
発疹は、赤い斑点や水ぶくれ、膿がたまった状態、潰瘍(傷)、かさぶたが一緒に現れることがあります。
全身に発疹が出る人は約39%にとどまり、多くの人は発疹が少なく、10個以下しか出ないこともあります。
発疹は、肛門や性器、口の中、手足や胴体に多く見られますが、手のひらや足の裏にはあまり出ません。
その他の症状として、だるさ、筋肉痛、頭痛が見られることもありますが、全員に出るわけではありません。
合併症(エムポックスにかかると起こる他の病気)
エムポックスは通常、軽い症状で治りますが、子ども、妊婦さん、免疫が弱い人(例えばHIVに感染している人)は、症状が重くなることがあります。
症状が重くなると、皮膚の病気がひどくなったり、脳や脊髄が炎症を起こしたり、心臓や肺の病気になることがあります。特に、免疫が弱い人は重症化しやすく、死亡のリスクも高くなります。
1-3 エムポックスの感染経路|どのようにして感染が広がるのか
エムポックスは、もともとは動物から人に感染する病気でしたが、2022年以降、人から人への感染が主な感染経路となっています。特に、性交渉のときに皮膚や粘膜が接触することで感染するケースが多く見られます。感染の詳しい方法は以下の通りです。
皮膚や粘膜の直接接触
エムポックスの患者さんの発疹や傷に触れると、その皮膚や粘膜から感染することがあります。飛沫感染
患者さんが咳やくしゃみをしたとき、その飛沫を近くで浴びることで感染することがあります。物を通じての接触感染
感染者が使った寝具やタオル、衣類などに触れることでも感染することがあります。無症状の人からの感染
症状が出ていない人からも、体液を通じて感染する可能性があると言われていますが、まだはっきりした証拠はありません。
また、エムポックスの感染者には男性同性愛者(MSM)が多いですが、このことが特定の人々への差別や偏見につながると、適切な医療を受けることを妨げ、感染の拡大を防ぐのが難しくなるため、注意が必要です。
2-1 エムポックス予防の基本|日常生活で気をつけるべきポイント
感染者との濃厚接触を避ける
エムポックスにかかっている人と近づかないことが大切です。特に、その人の皮膚の発疹や体液に触れないようにしましょう。性的接触に注意する
エムポックスは性交渉を通じて感染することがあります。不特定多数の人と性交渉をすることは感染のリスクを高めるので、注意が必要です。手洗い・手指消毒をしっかりする
エムポックスウイルスは石鹸やアルコール消毒液でやっつけることができます。外から帰ったら、こまめに手を洗ったり、手指消毒をすることを心がけましょう。リネン類(タオルやシーツなど)の取り扱い
エムポックスウイルスは物の表面で長く生き続けることがあります。感染者が使ったタオルやシーツは、直接手で触れないようにして、洗濯するときは適切な洗剤と温度でしっかり洗いましょう。ペットとの接触に注意する
エムポックスは人から動物にも感染することがあります。もしエムポックスに感染したら、ペットと接触しないようにしましょう。
その他の注意点
ワクチン接種
日本では、天然痘ワクチン(LC16ワクチン)がエムポックスの予防に効果があるとされています。感染するリスクがある場合は、ワクチン接種を検討しましょう。正しい情報を得る
エムポックスに関する正確な情報は、厚生労働省や国立感染症研究所など、信頼できる機関から得ることが大切です。ネット上の情報を鵜呑みにせず、しっかりと確認しましょう。
2-2 エムポックスワクチン|接種が必要な人とその効果について
エムポックスワクチンは、天然痘ワクチンである「LC16ワクチン」が使われています。このワクチンは、エムポックスの予防に効果があるとされていて、日本では特別な研究として、エムポックスにかかりそうな人に接種されています。
誰がワクチンを受ける必要があるの?
エムポックス患者と濃厚接触した人
もしエムポックス患者と濃厚接触(つまり、感染しやすい距離で接触)した場合、このワクチンを受けることが勧められています。どのくらいの接触が「濃厚接触」になるかは、保健所が調べて決めます。重症化リスクが高い人
赤ちゃんや小さな子ども、そして免疫が弱い人(たとえば病気で免疫力が落ちている人)は、エムポックスが重症になるリスクが高いので、ワクチンを受けることが重要です。
ワクチンの効果
高い予防効果
天然痘ワクチンは、エムポックスに対して約85%の予防効果があるとされています。これは、ワクチンを受けた人の多くがエムポックスにかかりにくくなることを意味します。
2003年にアメリカでエムポックスが流行したとき、昔天然痘ワクチンを受けた人たちは、エムポックスに対する免疫ができていたことがわかっています。
ワクチンの種類
日本では「LC16ワクチン」が使われています。欧米では、「MVA-BNワクチン」という名前のワクチンも使われています。
その他の注意点
ワクチンの接種方法
LC16ワクチンは「二又針(にまたばり)」という特別な針で接種します。接種の方法や注意点は、国立国際医療研究センターのウェブサイトで動画も公開されています。ワクチンの入手方法
LC16ワクチンは、通常のお店では売っていません。特別な場合にだけ接種されるので、ワクチンを受けたい場合は、医療従事者や保健所に相談してください。ワクチンを受けるときは、最大で3,100円の自己負担がかかります。
3 エムポックスの治療と対応
対症療法が基本
エムポックスの治療では、病気の症状を和らげるための「対症療法」が行われます。多くの場合、エムポックスの症状は数週間以内に自然に治ります。支持療法と痛みのコントロール
患者さんの体を支えたり、痛みを和らげる治療が中心です。例えば、薬で痛みを抑えたり、体を休めたりします。重症化リスクがある場合
小さな子どもや妊婦さん、免疫が弱い人(例えばHIVに感染していて治療がうまくいっていない人)では、病気が重くなることがあります。このような場合、皮膚の病気がひどくなったり、脳や心臓、肺に問題が起きることがあります。重症例の治療
重症になるかもしれない場合、日本では「テコビリマット」という薬が特別な研究として使われています。さらに、もっと重症になった場合には、「ワクシニア免疫グロブリン」という治療法も準備されています。
感染した場合の注意点
接触を避ける
エムポックスにかかったら、病気が治るまで21日間、人やペット(特に哺乳類)との接触を避けましょう。また、発疹が消えてから8週間は、性的接触を控える必要があります。消毒の重要性
エムポックスのウイルスは、アルコール消毒や石鹸で簡単に殺すことができます。ただし、ウイルスは環境中で長く生き続けることがあるので、感染者が使ったタオルやシーツなどには不用意に触れないように注意しましょう。
3-2 エムポックスの治療薬について
テコビリマット
何の薬?
テコビリマットは、アメリカで天然痘を治療するために承認された抗ウイルス薬です。この薬は、エムポックスの治療にも使われています。安全性は?
健康な人を対象とした試験では、テコビリマットは安全に使えることが確認されています。日本での使用方法
日本では、エムポックスの治療薬としてテコビリマットが特別に輸入され、国立国際医療研究センター病院など全国の7つの医療機関で使用できる体制が整えられています。この薬は、特定の臨床研究の一環として使われています。
ワクシニア免疫グロブリン製剤(VIG)
何のために使う?
テコビリマットを使っても症状が良くならない場合や、重症化しそうな患者さんには、ワクシニア免疫グロブリン製剤(VIG)が使われることがあります。これも特定の臨床研究の一環として提供されています。
どうやって治療薬を入手するの?
エムポックスの治療薬は、現在、特定の臨床研究としてしか提供されていません。そのため、薬を使うには、これらの研究に参加する必要があります。詳しいことは、医療機関に相談してください。
4 緊急事態宣言の意味|WHOがエムポックスに対して発表した背景
エムポックスは、もともとアフリカの特定の地域で流行していた病気でした。しかし、2022年になると、エムポックスがアフリカ以外の多くの国々で急速に広がり始めました。短期間で117カ国に広がり、9万例以上の感染が確認されたため、WHOはこの状況を非常に深刻に捉えました。
このような急速な感染拡大に対処するため、WHOは世界的な健康危機として2022年にエムポックスに対する緊急事態宣言を発令しました。この宣言は、各国に対して迅速な対応を求め、感染拡大を食い止めるための国際協力を促すものでした。
その後、各国の対策が功を奏し、2023年5月にWHOはエムポックスの流行が収束に向かっていると判断しました。これを受けて、緊急事態宣言は解除されました。
2024年8月14日に再度エムポックスの感染が広がっていることを受けて1年3ヶ月ぶりに緊急事態宣言が出されました。
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