画鋲を踏んだことありますか?
漠然と自由に憧れた子どもの頃。
想像できることには限りがありました。
小学生の頃からそうだったんです。
いつも他の人の視線やどう思われているかが付き纏っていて、何かを発言することさえ何度も頭の中で大丈夫か確認しないとダメでした。
もし地雷を踏んだら一瞬で終わる。
友達やクラスメイトに仲良くしてもらわないと自分の価値がなくなる。
嫌われるようなこと言わない。しない。
目立つ事もしない。同じ考えじゃないと。
外される。生きていけない。
中学生になった時、私は息が詰まりそうでした。小学生の頃からの友達は居ましたし、幼なじみも居て、一見すると普通の生徒です。
だけど違和感がものすごくあったんです。
同じ年で同じスタートランに立っているはずなのにハッキリとしたパワーバランスが見えていたからです。
なぜ私が、他人からどう思われているか執拗に気にしていたかと言うと、小学6年生の頃に「たらし」とクラスの女子に言われていたことを知った時からです。
ん?たらし?それってどういう意味?
女たらしとかそういうやつ?
という事は私は女子だから男たらしってこと?すぐに意味を理解しました。
自分の心臓の音が早くなるのを感じ、身体中が熱くなって、教えてくれた友達の顔が歪んで見えました。
悪気があって教えてくれたんじゃないのは感じていたのですが、知りたくなかったなぁとか、何でわざわざ言いに来るんだとか思いました。
だけど問題はそこじゃなくて、なんで普通に過ごしてきてこう言われなきゃいけないか。
でも、私は思い当たることがあったんです。
小学校低学年からずっと変わらない私は男子の友達も居て、ずっとサッカーが好きで休み時間は男子に混ざって一緒に遊んでいました。
放課後に集合して遊んだりもして……
それ自体がいけなかったんじゃないんです。
一緒に遊んでいたメンバーの中にその女子の好きな人が居たということです。
私が仲良くサッカーしている様子が調子に乗っていると思われていた。
それを聞いてから3回に1回くらいは断るようになって、男子から「サッカーもう好きじゃないん?」とまで言われて泣きそうになったのを覚えています。言えないから。
私がそれを言うともっと状況は絶望的になるとわかっていたからです。人としてこの世に生まれて10年と少しで悟りました。仲間が多い方が正義なんだと。外されたらこのコミュニティで私という人間は存在を無かったことにされる。
そして私の味方だと言う友達は好きな人が居るから一緒にサッカーしてるのかと聞きました。
どうして偶々好きになったサッカーで仲良くなったのが男子だとそうなるんだろう。
友達なんだから好きに決まってるけど、彼女たちが聞いてる好きは意味が違う。
それから、関わるのがめんどくさくなってサッカーをしなくなりました。
女子の輪にも入らなくなりました。伝わるかわかりませんが悪意がある雰囲気や視線ってわかるんですよね。言ってる事と思ってる事が違うのは読み取れます。
小学校でそんな事があってから、中学校では失敗しないように、目立たないようにしようと決めていました。
それがまた自分を縛り始めていたんですね。
私は昔から女子の偏ったパワーバランスで成り立っている、薄っぺらいお友達ごっこが気持ち悪いと思っていたんですけど、なんか吹っ切れてしまって、中3でやらかしたのです。
嫌い合ってるし、陰で悪口を言い合っているのに都合の良い時だけ友達と言い張る彼女たちに教えたのです。お互い本当はこう言い合ってるよ!と……
そして目立たないようにと思っていましたが、体育祭のブロックアピールで好きなダンスがあって、夢中になり、ブレイクダンスを男子と仲良く練習したり。
それに、音楽も好きでインディーズバンドの話をしたら毎回話しかけてくれる男子が居たり、お笑いの話をしたり、サッカーの話ができる男子が居たりと……本当に何の裏もなく話せる男子数人と友達になりました。
あれだけ目立たないように頑張ってきたのに、性懲りも無くまたやってしまったのです。
でも、もう限界でした。好きな事を好きと言えず、上下なんて元々ないのにビクビクして機嫌を窺いながら適当に合わせる日々。
それに、なんですぐに男女に分けたがるんだと不思議でした。友達に男女を分ける必要があるのかと。確かに話が合うのは男子が多くて、女子の友達は皆サバサバした子が多かったです。他と合わなくて当たり前なのかもしれません。
皆同じじゃないといけないって誰が決めたのか?なんで、小学校でのスローガンが「みんなちがって、みんないい」だったのか?
目に見えないものに縛られて矯正されていく感じがして、都合の良い多数決にも違和感がありました。
そうやって吹っ切れてからの私が標的になるのは面白い程に自然な流れでした。
屋上の入り口に呼び出されて、6人くらいに言い上げられたり、クラスの女子全員からの総シカト。シューズに画鋲。男子は普通に話しかけてくれて話すんですけど女子の視線を感じてか段々遠ざかっていきました。
それでも関係なく話しかけてくるのは幼なじみの男子でした。母親同士も雰囲気が合っていてサバサバした感じで、よくお互いの家の話をしていました。それに離れたクラスに女子の幼なじみがもう1人と双子ちゃんが居ました。
私には仲間が居る。大丈夫。
だけどある日の朝、教室に行く途中で吐きそうになったんです。頭がグルグルして階段を降りて真っ直ぐ学校を出てうちに帰りました。
頭では大丈夫だと、もう関係ないと、私は強いから!と思っていても、全く関係ない女子にも居ない者とされたのがキツかったのかもしれません。
以前、1人ぼっちだった転校生をお弁当の時間に仲間に誘った事があるんです。直感で次のターゲットにされるなとわかったから。
そうです。標的、ターゲットはローテーションで入れ替わります。
あんなに「話しかけてくれてありがとう」って言っていた転校生でさえ、誰もいないところで話しかけたのにジッと下を向いて一言も喋りませんでした。
自分の番が来るのが怖い。そして来てしまったら我慢して耐えて、自分の番が終わって仲間に戻った後は同じように次のターゲットをいじめ出すのです。痛みはわかるのに。
この場所に居る意味があるのか?
何を学ぶ為にあるシステムなんだろう?
当時の私は…枠からはみ出さずに同じ思考で同じように行動できて、見たくないものは見えないフリをする事を学んでいく場所だと思うしかありませんでした。
そして学校に行くのを辞めました。
最初は本当に体調が悪くなって朝になると必ず熱が上がるんです。段々、母も気がついて、「学校どうする?」と聞いてきて「行かん」と答えるとじゃあ付いておいでと、外回りの仕事に連れて行ってくれました。
何も聞かずに「そこまで行きたくないんだったら別に行かんでええよ」と言って、休ませてくれて、家から連れ出してくれました。
私の場合、理由を詳しく聞かれないのが救いでした。私は長女で一番上です。もう随分小さい頃から親の前で泣いてません。と言うか、泣き方がわからないのです。言葉が消えそうで。それにお姉ちゃんなのに情けないという小さな意地がありました。
私が不登校になってから毎日、クラスが離れている幼なじみが学校帰りにうちに来るようになりました。「学校行こう」とか「高校同じとこ行こう」など本当に毎日来てくれました。
双子ちゃんの1人は「ぶっ飛ばしてあげようか」なんて笑いながら言ってくれて思ったんです。
沢山の人に好かれようとするより、自分を大切にしてくれてる友達を一生大切にしよう。
そう思えてから少しだけ学校に行く気になって、登校してみたりはしました。
ただ、教室には入れなくて、朝から帰るまでカウンセリング室でプリントをしたり保健室に居たりしました。担任の先生はサッパリした先生だったので少しだけ事情を話すと受験のことだけしっかりしたら後は大丈夫だと言ってくれました。
私の場合、誰の目に見てもわかる、親身になって相談にのるような先生じゃなくて良かったんです。良い先生に見えて、めんどくさそうなオーラみたいなのがわかると残念だから。
でもサバサバしてるようで、不器用な優しさが感じ取れたから担任がこの先生で良かったと思いました。
ずっと気にしてくれていた幼なじみとは、一緒に詩を書いたり、歌詞を作ったりしてました。彼女はピアノができるので歌も上手かったのです。私はダンスや映画も好きで、2人で芸能界に挑戦してみる?なんてよく話してました。
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結局私は不登校のまま、住んでいる街より田舎にある高校に幼なじみ2人(同じクラスの男子も)と一緒に入学しました。双子ちゃんは市内の学校で離れてしまいました。
高校は本当に楽しかったです。クラスで上下なんてないし、皆アホだし、細かい事気にしないし、恋愛はあったけど、男子だろうと女子だろうとクラス全員がそれぞれの個性を認め合って居ました。
好きなことを言うのが楽しかったです。
サッカーが好きだと言うと皆でやろうと言うし、ダンスが好きだと言うと好きな人が集まるし、バンドが好きだと言うとバンドやろう!ってメンバーが集まって来たり。
演劇部にも入ったりしました。中学生の頃ハブられて辞めたバレーボールもしました。
あの頃のビクビクしてた自分に言いたいのは、勝手に決められて押し込められた場所を抜け出したら、世の中捨てたもんじゃないと思える日が来る!そのまま自分の直感に従え!
だから自分を大切に思ってくれてる人まで遠ざけないで。
実は高校卒業間近で知った事実なんですが、毎日私の家に来てくれていた幼なじみは同じ時期にクラスでいじめに遭っていたのです。私よりも壮絶な…でも彼女は反撃もしていました。毎日シューズに入れられる画鋲。あるからダメなんだと思いクラスの画鋲を全部持って帰ったり。それを当時の私には一言も言わず、ただ一緒に頑張ろうと言ってくれた。私はこの先何があっても彼女の一番の味方で居ようと心に誓いました。
そして、小学校で出会って25年以上、今も一番の親友であり、幼なじみであり、家族のような存在です。
ただ、皆必死だった。それはわかる。
でも、負けたのは相手を傷付けていないと自分を保てなかった方だということ。
ここまで私の目線でお話しましたが、もしかしたら相手にも何か心に闇があったのかもしれません。でも、私には何も伝わりませんでした。
長くなってすみません。
読んで頂きありがとうございます。
また更新します。
peco
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