ポルノグラフィティ「君の愛読書がケルアックだった件」をイメージした小説2
あの日以来、新井さんを目で追う機会が増えた。そこから知り得た情報といえば、新井さんは窓の外を見ることが多いことくらい。そして僕はある日の出来事から、その理由を少しだけ知ることになる。
あの日僕は仲の良い友人が風邪で休み、話す相手がいなかったので、その友人から借りていた本、ケルアックの”路上”を読んでいた。僕は小説が好きでも、ケルアックが好きでもない。ではなぜそんな僕がこの本を読んでいるのかというと、好きなバンドの曲名にケルアックという言葉が使われていた。調べてみると小説家の名前だということが分かり、小説好きの友人に聞いてみたところ、本を持っているということで借りてみたのだが、なかなか面白い。僕は小説を読むのに夢中になっていた、その時。
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえた後、ドンッと誰かが僕にぶつかった。その弾みで読んでいた本は床へ落ちた。
「うわ!?えっ?新井さん!?大丈夫?」
突然のことに驚いたが、ぶつかってきた人物が新井さんだと分かった瞬間、怪我はないかという心配の方が勝った。床に座り込んでいる新井さんに手を差し伸べる。
さっきまで新井さんと話をしていたであろう友達も謝りながら駆け寄ってきた。
「大丈夫。ありがとう。友達とふざけてたら体勢を崩しちゃって…ごめんね。あ、読んでた本が落ちちゃったね。」
そう言って床に落ちた本を、新井さんは拾ってくれた。拾った本を見て、新井さんの動きが止まる。
「?新井さん?どうし…」
「今井君、ケルアック好きなの!?」
「えっと…」
好きと言える程、ケルアックを読んでいない。今日初めて読んだんだ。だけど新井さんと話が出来たことが嬉しかったのと、新井さんの期待に満ちた顔を見た僕の口から出た言葉は—·····
「好きだよ。」
「ホント!?実は私も好きなの!嬉しいなぁ。路上以外には何を読んだことある?孤独な旅人とか?」
人気者の新井さんではあったが、どちらかというと大人しいイメージで友達と話をしている時も、聞き役の方が多い感じだった。だから、こんな風にグイグイきたことに驚いた。それくらいケルアックが好きなのだろう。
僕が面を食らっていると、新井さんは我に返った後、ちょっと恥ずかしそうに下を向いた。
「ごめんね。同じ小説家が好きなのが嬉しかったから。今度ゆっくり話が出来たら嬉しいな。」
そう言って僕に本を差し出した。
「僕も!今度ゆっくり話しようよ。」
新井さんは嬉しそうに笑った後、友達とその場を離れていった。
これは僕にとっては事件だ。あの新井さんと話が出来ただけでなく今後も話をする機会が作れた。新井さんと話が出来たことと、あの笑顔が頭から離れなかった僕はしばらく胸の高鳴りが治まらず、再度読み始めた小説の内容が頭に入ってくることはなかった。